表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/108

Epilogue:「――Set sail――」

 ――――晴天。

 久方ぶりの雨を経験した翌日、ヘレム島周辺の空は透き通るような青空に包まれていた。



「本当に、良いんですか?」

「何よ、アンタが言ったことでしょ?」

「それは、そうですが……」



 だがそんな気持ちの良い空の下、リデルが見ているのはアーサーの浮かない顔だった。

 2人がいるのは、島の砂浜。

 アーサーが舟を押していて、そしてリデルが舟の中にいた。

 そう、リデルが舟に乗っているのである。



「まぁ、正直な所を言うと……家が半分燃えちゃったから、割と本気で生活できないのよ」

「な、なるほど」



 雨のおかげで火はほとんど消えたが、それでも島の北側と東側一帯は見事に燃えてしまった。

 そして運の無いことに、リデルの家の一部も焼け落ちてしまったのである。

 父のお墓に至っては、最も火勢の強い場所にあったために今でも入れない。

 そんな環境下で暮らしていける程、リデルは自然派では無いつもりだった。

 自然少女カントリーガールも、そこまで人間をやめていない。



(……もちろん、それだけでも無いでしょうけど)



 アーサーが思うに、例え家が燃えていなくてもリデルは島に残れなかっただろう。

 昨日沖に流したアレクフィナ達は、「覚えていろ」と言った。

 大公国の魔術師である彼女達に知られてしまったと言うことは、もはやこの島は外界から隔絶された孤島では無いと言うことだ。



 リデルはさとい、その可能性を考えついていないとは思えない。

 しかし、本人はそんなことを言わない。

 何故か、と問われれば、リデルはきっとこう答えただろう。



「フィリア人のアーサーだって、ソフィア人の私に何も言わなかったじゃない」



 ……と。

 最も、会話が無い以上、お互いの考えを知ることは出来ないが。



「それに、何だったかしら?」

「はい?」

「理由もなく、ただパパの言うことを聞いてるだけじゃダメ、なんでしょう?」



 はて、自分は口に出してそう言っただろうか。

 そんなことを思いつつ、完全に水上に押し出した舟に飛び乗るアーサー。

 片足が使いにくいだろうに、良くやる。

 舟がガクンと揺れたが、先端の縁に手を置いて身体を支える。



 葛藤が無いわけでは無い。



 リデルにとって、ヘレム島は何よりも大切な「家」だ。

 「家族」もいる。

 離れるのは、寂しい。



「ごめんね、パパ」



 知りたい。

 知りたくて知りたくて仕方が無い。

 外の世界の一端を知ってしまった以上、己の好奇心を隠すことなど出来ない。

 知りたい、外の世界の何もかもを。

 父が何故、島の外に出ることを禁じたのかも。



「……あら?」



 その時、リデルの手元に一匹の小鳥が降りて来た。

 舟の縁に足を乗せて、ついばむようにリデルの手の甲を打つ。

 ……まさか、ついてくるつもりだろうか?

 空には群れがあり、まるで見送るように鳴いていた。



「おや」



 今度はアーサーが声を上げた、リデルの背中にリスを一匹見つけたからだ。

 大きな尻尾を震わせながら、リデルの肩に昇って頬を膨らませている。



「わっ?」



 再びリデルの声、彼女の視線は自分の胸元に寄せられていた。

 具体的には、服の胸元から這い出て来た一匹の蛇に。

 鳥に、リスに、蛇。

 旅のお供だ。



 それに、リデルは笑顔を浮かべた。

 寂しかったが、寂しくはなくなった。

 帰れという気は無い、そんなことに意味は無い。

 まぁ、アーサーは蛇が出てきた瞬間に表情を引き攣らせていたが。



「あ、あのぅ……」



 最後に声を上げたのは、最後の乗船客だ。

 ルイナである。

 彼女ももちろん、一緒に島の外へと出てきていた。

 この中で一番の年上のはずだが、リデルの背中にくっついているリスを見て手をうずうずさせている。



「あの、リデルって呼んでも」

「…………」

「……あぅ」



 ルイナが声をかけると、リデルはアーサーの背中に隠れてしまった。

 がっくりと項垂うなだれるルイナ。

 グラグラと揺れる舟の上で、アーサーは苦笑するしかない。



「ああ、ところでリデルさん。そのぅ、髪飾りの件なのですが」

「うん? ああ、知ってるわよ。これ本当は首にかけるものだってことでしょ?」

「え、あ、いや。それだけじゃ無いんですが……」

「パパがいなくなって髪を切ってくれる人がいなくなっちゃったから、仕方なくこれで」



 アーサーの視線は、金の髪の中から見え隠れする首飾りに向いている。

 肩越しに見えるそれは――けして蛇は見ない――アーサーの持つものよりも、遥かに透明度の高い赤い宝石。

 アレクフィナとの戦いの最中、赤の輝きでもって火炎からリデルを守った石だ。



 アリウス鉱石、魔術の源となる石、それもかなり純度の高い高級品。

 何故、リデルがそれを持っているのか。

 あるいは<東の軍師>が所有していたのかとも思うが、12年前の段階で所有していたとすると、いろいろと面白い想像をしてしまうのだが……。



(……まぁ、そう言うこともあるのですかね)



 自分の胸元で揺れる木製のネックレスをちらと見て、アーサーはそう思った。

 それから、ふと気になっていることを聞いた。



「リデルさん。僕が言ったことなので、こう言うのもなんなんですが……外に出て、何をしたいですか?」

「そうね、やっぱりいろいろな物を見たいわね。島では学べないいろいろな物を! そして……」

「そして?」



 アーサーの言葉に、リデルはにっこりと笑った。

 それは金髪と相まって、太陽のような印象をアーサーとルイナに与えた。

 未来への希望に満ちた明るい声で、彼女は言った。

 幼い頃から持ち続けていた、己の夢を。




「私は、世界最高の軍師になるのよ!!」




 ――――この年、この季節、この日、この瞬間。

 アナテマ大陸は、1人の少女をその広き懐へと迎え入れた。

 少女1人の影響力は、少女自身にしか与えられない。



 だが、もし仮に。

 少女がもし、未来において己の影響力を己の外へと放つことが出来たのならば。

 この年、この季節、この日、この瞬間を、どう呼ぶべきなのだろうか。

 それは、未来を知る人間にしかわからない……。



 ――――……今は、まだ。


最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

何とか年内に一章を終わらせることが出来ました、これも皆様のご声援のおかげです。

次回からは、舞台がぐっと広くなります。

何しろ島から大陸ですものね、それは広くもなろうと言うものです。


上手く設定を扱いきれると良いのですが。

それでは、また次回。

良いお年を!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ