Epilogue8:「――Proclamation――」
その街は、辺境に近い小さな街だった。
小さいと言ってもそこはソフィア人の街、人々は豊かさの中にある。
しかし普段は遊行に興じている彼らが、今日はどこか様子がおかしい。
「おい、聞いたか!?」
「ああ、聞いた。本当なのかな?」
「公王府から出てる布告だろ? なら間違いないよ!」
通りには無数の人々が繰り出し、手に甘味や買い物袋を持ちながら歩いている。
そんな彼らが今興味を引かれているのは、通りの所々に掲げられている掲示だった。
地方の官吏が朝から街の至る所に貼り出していて、今では街中がその話題で持ちきりだった。
それは例えば、街の外からやって来た人間であっても例外では無かった。
彼女は街に入った途端にその話題に触れたし、人々と同じように掲示を見、そして布告を確認した。
そこに書かれていることを読み、そして理解した。
「なぁ、あんた。この布告どう思う? いきなりだもんなぁ」
薄汚れた外套に身を包んだ少女――まるで、山から降りて来たばかりのような――に声をかける者がいた、街の住人だ。
彼らは互いが同じ人種であることがわかれば、余所者だろうと気にしたりはしない。
同じソフィア人、分かり合えぬはずが無いと信じているためだ。
「うーん、そうねぇ……」
外套は薄汚れているが、僅かに覗く金色の髪は少しも傷んでいない。
凹凸の少ない小柄な体躯は少年のようにも見えて、ようやく淑女らしさの兆が見えてきたかどうかと言う年頃だ。
ただ一つ、首元のフードの隙間から顔を覗かせるリスの存在が彼女の存在に疑問符をつけていた。
彼女は掲示板に貼られた布告、つまりは紙に指先で触れた。
それまでガヤガヤと騒がしかった人々は、その突然の行動に注目した。
そして次の瞬間、愕然とし、また騒然とした。
「全っ然、面白くも何とも無いわ……!」
少女の手には、半分程に破かれた布告の紙が握られていた。
さらに両手でグシャグシャに丸めた後にポイ捨てする様など、何か恨みでもあるのかと思える程だった。
「お、おいあんた。不味いよ、これ公王府の……って、おーい」
ふんっ、と鼻を鳴らして立ち去る少女を、呆然と見送った。
少女――リデルは、顔のすぐ横で羽ばたく鳥に視線を向けながら、不機嫌そうに呟いた。
「ベルとヴァリアスが結婚……?」
それは、さっきの布告に記されていた内容だった。
公都において、大公国唯一の公王位継承権保持者の姫と協会の<魔女>の婚姻の儀が執り行われるのだと言う。
リデルの知る限り、あの2人がそのような仲だったとは到底思えなかった。
脳裏に浮かぶのはベルの素直な笑顔と、ヴァリアスの薄っぺらな笑み。
「全っ然、面白くないわ」
同じ言葉をもう一度呟いて、リデルは雑踏の中へと姿を消した。
次に表に出る時、彼女はどこの街にいるのだろうか。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
正式に8章が終わりまして、次は9章です。
次回も宜しくお願い致します。