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8-4:「決闘と花嫁」

 クロワは、ここのところ旧市街の市壁に登ることが多くなっていた。

 市壁に登り、郊外の畑を眺めるためだ。

 そうしてゆっくりと過ぎる時間を、クロワは好ましく思っていた。



「ようし、引けぇ――――いっ!」

「「「おおぉ――――っ!」」」



 今は、畑を広げるために、農夫達が馬に引かせた木製の農具を押して地面を耕している様子を見ていた。

 いくらか和らいだとは言え、元々は荒れていた土地だ。

 雑草の根は深く、土は乾いていて固い。

 木製の農具で耕すには酷な土地だが、数頭の馬に農具を引かせて何とか耕していた。



「ラウド殿もすっかり農耕馬の扱いに慣れてしまったな」

「馬の扱いに長けている奴は旧市街にはあまりいないからね、助かってるよ」



 布で額に汗を拭いながら、マリアが言う。

 彼女は毎日、郊外の畑と旧市街の中枢を行き来している。

 ウィリアムは専ら石油事業の管理を行っている――それも、石油の性質上かなりに注意を要する仕事だ――ため、その他のことはマリアが駆け回るしか無かった。



 と言って、彼女にそれを疎んじている様子は無かった。

 何故なら彼女は覚悟してそれを行っているのであって、それに対して泣き言を言うつもりは無かった。

 そうしなければならない理由があり、また彼女にとってクルジュは故郷だった。

 今は亡き友と故郷のために、彼女は今を懸命に生きようとしているのだった。



「ここは良い街だ。貧しいが気力に満ちていて、今日よりも明日を考えさせてくれる」

「そう言ってくれると、助かるよ」

「いや、本当にそう思う。かつてに比して、この街の雰囲気は格段に良くなった」



 市壁の上から見えるのは、荒れ地に少しずつ広がる畑、徐々に整備されていく街――1年前には想像も出来なかった、街らしい街の姿だ。

 1年前まで、この旧市街は本当の地獄だった。

 クロワは、そしてマリアは、誰よりもそれを良く知っていた。



 それが今、このような形で人の住む街として甦りつつある。

 本当に、何が足りなかったのだろう。

 青年が少女を連れて来る、たったそれだけのことでどうしてここまで変わったのだろう。



「……あいつらは、何してるかな」

「上手く行けば、今頃はミノスの地に入っている頃だろう」



 2人は何とは無しに顔を上げて、青く澄み渡った空を見上げた。

 空は、そして大地はどこまでも繋がっている。

 空を見上げ大地を踏みしめている限り、離れていても心は同じと信じることが出来る。



「リデル殿もアーサー殿も、きっと頑張っているさ」

「ああ、そうだね。きっとそうだ」



 そうして2人は、遠くの地にいるだろう仲間を想い、空を見上げた。

 あの2人も今頃、同じ空を眺めているのだろう。

 そう、思いながら。



  ◆  ◆  ◆



 これはいったいどう言う状態なのかと、リデルは思った。

 身体が重くて腕一本動かすのも億劫おっくうだ、こんな経験は初めてである。

 服が重くて動けない、と言う経験は。



「ねぇ、ちょっと。私はいつまでこうしてれば良いわけ?」

「そうですねぇ、王様がお迎えに来るまでですねぇ」

「だから、それはいつなのよ」

「花嫁さんはねぇ、旦那様が来るまで家を出ちゃいけないんですよぉ」



 今のリデルの状況を説明するには、2つのことを知れば事足りた。

 まず1つ、彼女はあの宴での出来事の後に軟禁状態に置かれた。

 軟禁と言うか、ムバーラザの村はずれにある建物で待つように言われたのだ。

 理由は、この家に一緒にいる老婆が言ったように「花嫁は家で待つ」と言うしきたりがあるからだ。



 そしてもう1つ、こちらはより物理的な理由だ。

 今リデルは厚手の毛織物の衣服に身を包んでおり、これは何枚も重ねてきているため、毛布を重ねて巻いている時のような重みを感じるのだ。

 しかも綺麗だが重いばかりの石飾りをじゃらじゃらとつけていて、これが重い、全部合わせるとリデルの体重と同じ程度になると言うのだからたまらない。



「いや、だから私は花嫁さんじゃないんだってば」

「ああ、そうなのかい」

「そうよ! だから出て行っても大丈夫なの!」

「でも、花嫁さんは家にいないといけないからねぇ」



 家の中は中央が広く、壁に沿うように家具が置かれている造りだ。

 高床式であることを除けば円柱型の建物なので、壁は丸く天井は尖がっている。

 家具は植物で編んだ籠等が主流で、床には動物の毛皮、壁には剥製が飾られている。

 この村が周囲の山や森と共に在ることが良くわかる、普段なら目を輝かせて見たかもしれない。



「あ~~も~~」



 さっきも言ったが、リデルは小柄で皺くちゃの顔をした老婆と一緒にいた。

 彼女はリデルがこの家に軟禁されると同時にやってきて、隅に座ってぼんやりとリデルの相手をしている。



「しゅ、しゅー」



 いや、リデルを囲むようにとぐろを巻いている大蛇と、膝の上に乗っているリスと鳥は別だ。



「だからね、おばぁちゃん。私は王様のお嫁さんなんかじゃないのよ!」

「へぇ、そうなのかい?」

「そう! わかってくれた?」

「でも、花嫁さんは家で旦那様を待つものだからねぇ」



 ループである、何度説明しても聞いてくれない。

 まさか老婆に実力行使と言うのも後味が悪いし、外に出てもこの衣服では素早く動けない。

 また、1人で山を越えるような真似をする程馬鹿でも無い。



 フラストレーションは溜まる一方であって、しかも座るばかりでは解消のしようも無かった。

 この状況はいつまで続くのか、リデルはついに耐えかねてフルフルと震え始めた。

 そして、わーんと叫ぶように。



「ア――サ――ッ!!」



  ◆  ◆  ◆



「あ、はい?」



 呼ばれたような気がして、アーサーははっと目を覚ました。

 どうやら地面に倒れていたようで、まず視界に飛び込んで来たのは濃い色の木々だ。

 幹と枝が太く、濃い緑色の葉が何段もの層を形成している、鬱蒼うっそうとした森。

 その中の小さな空間の地面の上で、アーサーは身を起こした。



 その時、ずきんと頭が痛んだ。

 頭を抑えつつ周りを見渡せば、やはりそこは森の中だった。

 アーサーがいるのは四角く場所を取られた空間で、四方を木のツルで囲まれていた。

 それらを見渡して、アーサーは「ああ」と自分の状況を思い出した。



「……また、気絶していましたか?」

「うん、もうばっちり」



 すぐ横にしゃがみ込んでいたイサーバが、呆れたような顔で頷く。

 どうやら呼んでいたのは彼だったようで、アーサーは頭を振って意識をはっきりさせた。



「どうする? もう王様との勝負まで時間無いけどさ」

「どうするもこうするもありませんよ」



 そう、どうするもこうするも無い。

 頬についていた泥を取ろうと袖口で拭えば、そもそも袖口が泥で汚れていたことに気付く。

 大陸側に比して湿度の高い環境で、気のせいか身体も重く感じる。

 疲労が無いわけが無い、いやむしろ、体調も良く無い。



「やらない選択肢が無いんですから。だったら、これはやらなくちゃいけないことなんです」

「まぁ、気持ちは買うけどさ。と言うか、キミが負けたらボクも死罪だし」



 立ち上がるアーサーを見上げながら、イサーバは溜息を吐いた。



「でもなぁ……」



 それは、深い深い溜息だった。



「キミ、センス無いよ。正直に言ってさ」



 そうはっきり言われてしまうと、流石にむっとした気持ちにもなる。

 とは言え、イサーバの言葉に誤りが無いのも事実だった。

 アーサーは今、目の前の困難を解決する術を持たなかった。

 これは戦略とか知力とかそう言うことでは無く、「ただ、無い」と言うのが正しい。

 何故なら、ヤレアハ王がアーサーに求めた勝負方法と言うのが……。



「決闘とか、そう言う勝負事に向いて無いんじゃないかなぁ。性格的に」



 決闘。

 ヤレアハが求めたのは、一対一の決闘だった。

 そしてアーサーは、この「不慣れな状況」に戸惑いを隠せずにいるのだった。



  ◆  ◆  ◆



 イサーバの目から見て、アーサーは一言で言って「お上品過ぎる」と感じた。

 それはアーサーの戦闘技術の大本が、王宮(・ ・)で学んだ物であることと無関係では無いだろう。

 しかし今回に限って言えば、そうした「お上品さ」は邪魔でしか無かった。



「さっきにも言ったけど、ボク達の決闘のルールは単純なんだよ。でもだからこそ、単純な強さが要るんだ」



 ミノスに伝わる決闘法は、イサーバが言う通り単純なものだ。

 一言で言うと、6メートル四方の狭い空間で殴り合う、以上だ。

 強いて言うのであれば、降参するか、明らかに勝負が決したと衆目が判断すれば勝負ありとなる。

 なお、この判断は死と言う結果でも変わらない。



 当然だが、魔術の使用は厳禁だ。

 するとアーサーは拳一つで戦うことになるわけだが、ここで一つ問題がある。

 彼は、実戦で格闘をしたことが無いのだ。



「やっぱり、ヤレアハ王は強いんですか」

「強いなんてもんじゃないよ。4年に1度、ミノス中の強い奴が集まって大会があるんだ。それで、そこで勝った奴が次の大会まで王様になるんだ」

「ミノスでは、王位を子に継がないんですか!?」



 普通、王になれる者は決まっている。

 血統によって継承されていくからだ、大公国がそうで、アーサーの国でもそうだった。

 例外は宗教国家である連合のような体制だろうが、それでも教皇の継承にはある程度血縁と言うものが関係してくる。

 しかし、ここミノスでは全く別の論理で王位が継承されるらしい。



「新しい王様は、前の王様の奥さんと結婚するんだ」



 そして、その家族形態も実にユニークだった。



「ボクは王様の実の子だけれど、兄さん姉さんの半分くらいは前の王様の子供だよ。でも決闘大会で王様を決めるようになってるから、父親が誰とか生まれた順番がどうとか、そう言うのはあまり気にならないんだ」

「な、なるほど……それで、ヤレアハ王はその前の大会で勝ったと言うわけなんですね?」

「それだけじゃないよ。今の王様になって、もう20年王様の交代が無いんだ」



 つまり、ヤレアハが最低でも5回の決闘大会に勝ったと言うことを意味する。

 それだけ強いと言うことで、アーサーは早速心が挫けそうになった。

 でもそんな泣き言を言うと叱ってくるだろう少女のことを思い出して、やるしか無いと思い直す。

 とは言え、これはなかなか厳しい状況だった。



 今は自由を認められているアーサーだが、決闘に負ければその限りでは無いだろう。

 加えてリデルがヤレアハの妃にされるのだと言う、それだけは止めなくてはならない。

 止めなくてはいけないのだが、先にも言ったようにアーサーには致命的なまでの格闘経験の不足がある。



「ボクに気絶させられてるようじゃ、王様にはとても勝てないよ」

「うーん……」



 思い出して欲しいのは、今までアーサーが魔術を使って戦いを潜り抜けてきたと言うことだ。

 摩擦係数を操作する、リデルは地味と評したがこれがために勝利を得てきたことも確かだった。

 だからこそ、困ったことになっている。

 彼が例えばクロワのように敵兵を薙ぎ倒したことがあっただろうか? 答えはノーだ。

 アーサーは、足を止めて誰かと殴り合ったことが無い。



 しかもヤレアハとの決闘まで時間が無い、と言うか明日だ。

 アーサーの「今の」強さを証明する必要があるためで、決闘に備えた準備によって勝利することは求められていないからだ。

 考えれば考える程、頭が痛い。



「とにかく、練習しかありません。イサーバさん、もう一度お願いします」

「うん。まぁ、ボクの命もかかってるからさ。一度でも何度でも付き合うよ」

「ありがとうございます」

「良いって、ボクのためでもあるんだからさ」



 今はとにかく、少しでも勝率を上げるようにしなければならない。

 そう思い、アーサーはイサーバを相手に構えを取った。

 イサーバ曰く、「お上品な」構えを……。



  ◆  ◆  ◆



 ある花の花弁を乾かし細かく砕くと、ある独特の強壮効果を生むお香が出来上がる。

 それに火を入れるのはいつもセーレンの役目だ、そしてヤレアハはこれを寝所でも食堂でも、室内であれば使うことを非常に好む。

 この芳香を香った「お相手」が、とても盛り上がるからだと言う。



『――ッ、――――ッ!』



 艶めいた叫びが室内から漏れ聞こえてくる。

 ミノスの家に扉は無い、分厚い布か植物の根を編んで作ったかけ物を仕切りとして使うのが一般的だ。

 だから遮るものはほとんど無く、部屋の外で立っているセーレンにも中の様子は筒抜けだった。



 やがて最初の叫び声が小さくなり、次いで別の声が聞こえ始める。

 どちらも女の叫び声であって、似たような間隔で後の声も聞こえなくなっていった。

 それから少しして、仕切りの布が揺れ、中から1人の男が出てきた。



「さて、あの王子と俺の息子はあれからどうした?」

「練習してる。王様との決闘の」

「ほう、練習か」



 何事も無かったかのように歩き出す王の背を、セーレンが追った。

 どこに向かうつもりなのかを聞くつもりも無い様子で、ただついていくと言った動きだった。

 ただ、ついていく。

 それは、この2人の男女の関係を表している行為なのかもしれなかった。

 ヤレアハは顎を撫でながら思案するふりをして、そして言った。



「どれ、新しい嫁の様子でも見に行くとするかな」



 その言葉に、セーレンはちらと視線を向けた。

 視線から感情を読み取ることは出来ないが、どこか感心していない様子を窺えた。



「どうするの?」

「さて、どうするかな。まぁ、とりあえずはあの娘の様子を見てから決めるとしよう」



 ミノスでは婚姻の時、妻となる女は家を出て夫となる男を待つことになっている。

 待つ場所は村はずれの家――村のご意見番の老婆が住んでいる――と決まっており、ミノスでは同じ部族内で同じ日に結婚する夫婦と言うのは存在しない。

 新たに誕生する夫婦は1日に1組だけ、そう言うしきたりだからだ。



 村はずれとは言え、そして王のお膝元とは言え、さほど広くない村だ。

 家々を繋ぐ橋を渡ればすぐにもつく、途中で擦れ違う女を口説くのは明らかに余計な行動であったとしてもだ。

 若い娘はそれに喜び、男は呆れつつも非難することは無い、それは彼がミノス一強い男だからだ。

 そしてその全てに、セーレンは黙って待つことで応じた。



「欲深は身を滅ぼす」

「わかっているよ。それに俺が本当に欲しいものは昔から一つだけだ」

「そう」

「そうさ」



 そうこうしている内に、2人は目的の場所に到着した。

 村はずれにあるその家は他に比べて高く作られていて、家に入るには長い階段を登らなければならなかった。



「お前はここで待っていろ」

「わかった」



 この家に入れるのは男は夫となる男のみ、女はご意見番の老婆を除き妻となる女だけだ。

 だからセーレンをその場に待たせて、ヤレアハは階段を登り中と外を隔てる分厚い布の前で立ち止まった。

 それから、何事かを考えるように空を見上げる。



 空には何も無いが、ヤレアハは何かを見るように目を細めた。

 1分、何の間なのかは不明だが、彼は1分の後に視線を目の前に戻した。

 そして、その時だった。



「あ」



 中から1人の少女が布をめくり上げて、こっそりとした動きで出てこようとしてきたのは。

 何というか、実に、狙ったかのようなタイミングで。



  ◆  ◆  ◆



 よもや、逃げ出そうとしたタイミングで鉢合わせるとは思わなかった。

 リデルは口惜しさを隠すことなく、ぶすっとした表情で元の位置に座っていた。

 当然、毛織物や石飾りもセットである。

 しかもだ、目の前で鉢合わせになった当の男が声に出して笑っているのである。



「笑ってんじゃないわよ」



 その憤懣ふんまんたるや、想像を絶するものがあった。



「……笑うなって言ってんでしょうが!!」

「くはっ、くっくっくっ。いや悪い悪い、あんまりにも絶妙なタイミングだったもんでな」



 ヤレアハは目尻に涙すら浮かべつつ、片手を「まぁまぁ」と言うように上げるばかりだ。

 どうやらよほどツボに入ったらしく、しばらくまともに話すことも出来なかったが。



「まぁ、ちょうど良いわ。アンタには聞きたいことがあったのよ」

「ほぅ? 何かな、俺は妻の要求には応じる優しい夫だからな」

「私はアンタの妻なんかにならないわよ」

「そうか、ならばお前の言うことには何も応じられないな。いや残念だ」



 何と言うか、いちいちカチンと来る男だ。

 だがリデルは、この男に聞いておかなければならないことがあった。



「アンタ、何であんな嘘を吐いたのよ」

「嘘? さて、何のことかな」

「イサーバに手紙を持って行かせたのを知らないとか、そんなわけ無いでしょ。あいつ、アンタのことを本当に尊敬してたのよ」



 イサーバは良くも悪くもわかりやすく、素直だ。

 しかも視野が広くなく、自分の意思でミノスの外に出ようと言う発想すら無い。

 そして死を告げられても王への信頼を失わない、そんな少年だ。

 だから、王であるヤレアハ以外の指示無くミノスの外に出るはずが無いのだ。



 冷静になって考えてみれば、そうとしか考えられなかった。

 それを前提に考えを巡らせれば、つまりヤレアハが意図的にこの状況を作り出したと言うことになる。

 次に考えねばならないのは「何のために?」と言うことだが、これはヤレアハの胸の内にしか答えが無い問題だった。



「知りたいか?」

「そうね」

「なら教えてやろう。ただその代わり」

「その代わり?」



 ヤレアハはずいっと身を寄せると、訝しげな表情を浮かべる少女に言った。



「王の秘密を探れるのは、王に近しい者だけと古来より決まっているものだ。特に男と言うものは、近しい女にはつい自慢話をしてしまうものだからな」

「……つまり何? 悪いんだけど、私は回りくどいのは嫌いよ」

「気の短い娘だな」

「五月蝿いわね、だから何よ」



 不機嫌そうに先を促すと、ニヤリとした笑みと共に言葉が返って来た。

 指を一本立てて、まるで教え諭すかのように言う。



「――――俺と一夜を過ごして貰おう。そうすれば、俺が秘密にしていることもわかるだろうさ」



 言われたリデルは、悪い顔をしている相手に対して小さく目を見開いて見せた。

 石飾りがちゃらりと音を立てて、それが彼女の心の動きを表しているかのようだった。

 逡巡と疑念、そして得心と決心。

 やがて小さな唇を開き、リデルは答えた。



「……わかった」



 それに対して、ヤレアハは満足そうに頷くのだった。



  ◆  ◆  ◆



「キミ達ってさ、どんな関係なの?」

「はい?」



 湿った枝を集めて火をつけると、燻るような匂いと音がする。

 それでも、冷ややかな夜には十分な暖を取ることが出来るだろう。

 焚き火の上に乗せられているのは、兎だろうか、小動物の肉が置かれていた。

 パチパチと音を立てて焼かれているそれは、どこか生臭い。



「いやさ、おかしいじゃん。キミ達って、王様と仲良くなるために来たんでしょ? あの子が王様のお嫁さんになればさ、キミ達にとっても良いことなんじゃないの?」

「うーん」

「ああ見えて、王様はお嫁さんに優しいよ。これは本当」



 そうなのかもしれない。

 ヤレアハは女を愛し、女のために戦をすることを厭わない王なのかもしれない。

 それはミノス中の部族から妻を娶っていることと無関係では無く、妻のために戦をすることは妻の出身の部族を重視していることを意味するからだ。



 そう言う意味では、リデルがヤレアハの妃になることには意味があるのかもしれない。

 いやむしろ、有効なのかもしれない。

 とは言え、自分の死罪がかかっているのにそう言うことを言うのは、イサーバもイサーバで肝が据わっていると言うか何と言うか。



「ボクらにとって、死ぬって言うのは生きるって言うのと同じことだからね」



 それもまた、フィリア人のアーサーには良くわからない考え方ではあった。



「もしかして、キミ達って恋人だったりするの?」

「いや、そう言うわけではありませんよ」

「じゃあ何で? 別にキミがそんな頑張る必要は無いと思うんだけどなぁ」



 同じでは無いが、かつてクロワにも似たようなことを聞かれた覚えがある。

 どうしてと言われると、アーサーとしても答えに困る。

 何故なら彼にとって、それはあまりにも自然な行為のように思えたからだ。

 彼女を島から連れ出した義務、のようだと思っている。



(でも、そう言ったらリデルさんは怒るのでしょうね……)



 そこにだけは、確信があった。

 もしかしたら泣かせてしまうかもしれない、そんな風にも。



「まぁ、良いけどさ」



 イサーバは肩を竦めて、手に持った枝を突っ込んで火の中の肉を引っ繰り返した。



「でもさ、今のままじゃ王様に勝つなんて出来っこ無いよ」

「う、うーん。それは確かに、そうかもしれませんが……」



 目下の所、アーサーにとっての困難はそれだった。

 ヤレアハとリデルの婚姻を認めず、またイサーバを死なせず、そして盟を結ぶためには勝利が不可欠だ。

 だが、そのための技術と自信が圧倒的に不足しているのだった。




「ったく、しょうがねぇなぁ」




 その時だ、2人がいる森の一隅にもう1人の男が現れた。

 容貌からしてミノス人のように見えたが、どうやら肌は塗り物で、髪は染めているとわかった。

 つまり異国人、そして今この村にいる異国人となれば男の正体はおのずとわかる。



「アレクセイさん!」

「よう、王子様。相変わらず苦労してるな」



 アレクセイはそう言うと、やや痩せた顔つきでどっかりと座った。

 どこで何をしていたのかはわからないが、一応、事情については把握しているらしい。



「お前さんじゃ、あの王様には勝てないだろうよ。お前、ケンカ弱そうだもんな」

「そうは言っても、勝てないことにはどうにもなりませんから」

「そうムッとするなって、俺様に良い考えがあるんだ」

「考え?」

「こう見えて路地裏のケンカじゃ負けなしだったんだ。ケンカのやり方ってもんを教えてやるよ」



 自信ありげにそう言うアレクセイに、アーサーは胡散臭さそうな表情を向ける。

 それからアレクセイは、彼の言う「ケンカのやり方」を話し始めた。

 はたしてそれが必勝の法となるのか、それがわかるのは、決闘のその時にならなければわからない。

 そして、その日はすぐに訪れる――――。


最後までお読み頂きありがとうございます。

男なら勝ち取って見せろということで、次回はアーサーが頑張ります。

しかしながらリアルが少々忙しいため、次週の投稿をお休みさせて頂きます。

読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、次回の投稿は4月10日となります。

それでは、また次回。

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