Epilogue6:「――Please hold me――」
夕刻には、ひとまず落ち着くことが出来た。
結局『施設』から脱出出来た人間は3000人近くに上った、ただ無秩序に避難した者や健康とは言い難い者が多かったために、病気・怪我をしている者が相当数いた。
ただ物資や鉄馬車等も相当量見つかっているので、移動の目処が立っているのが救いと言えば救いだった。
「リデルさん」
荒野が赤く染まる中、リデルは『施設』が見下ろせる崖の縁にいた。
膝を抱えて座り込むその姿は、やはり小さい。
半ばが崩れた岩盤の下に埋まった『施設』、彼女はそれをじっと見つめていた。
元々華奢な体格だったが、島を出た頃に比べて少し痩せたようにも思える。
何を、考えているのだろう。
蛇をお腹と太腿の間に通し、肩にリス、頭の上に鳥を乗せている。
ファンシーなように見えるが、しかし軽い雰囲気は無い。
「――――死ぬのね」
「え?」
言葉が見つからない内に、リデルの方が先に声をかけてきた。
「戦で策を立てると、人は死ぬのね」
「……そうですね」
「でもアレクセイは、策を立てなくても死ぬって言ったわ」
策を立てても、立てなくとも、人は死ぬ。
それは一つの事実ではある、単に死ぬ人間の数と顔ぶれが変わるだけだ。
だからリデルが躊躇っても躊躇わなくとも、「人が死ぬ」と言う事実は変わらないのだ。
つまり、自分の手でやる覚悟があるのかどうか、と言うことだ。
「ルイナとハウラは、私が策を立てなければ死ななかったと思う?」
「それは……」
「……そうよね、ごめん。わかるわけ無い。わかるわけ、無いのよね」
胸が、痛んだ。
「リデルさん、もし」
だから、アーサーは言った。
それはずっとアーサーの胸に燻っていたことで、だが無責任に過ぎるから、口には出来ずにいたことだった。
けれど今、こんなに小さな背中を見せられて――口に出さずにはいられなかった。
「もし、もし良ければ……島に」
リデルの故郷の島まで、送り届ける。
そう口にしようとした時、リデルが振り向いた。
その瞳の強さに続きの言葉を言うことが出来ず、息を呑んだ。
ぱしんっ
気が付いた時には、頬を張られていた。
それは「ぱしん」と言うよりは「ぺしん」と言った方が正しいくらいに弱いものだったが、それでも衝撃は強かった。
ただ頬を打たれたと言うことより、リデルの表情の方に衝撃を受けたと言った方が正しい。
「リ、リデルさん」
「……ッ」
もう一度、叩かれた。
最初は振り向きながらの跳躍で叩かれ、2度目は爪先立ちで逆の頬を打たれた。
やはり、力は弱い。
やりにくかったのか、服の襟に掴みかかってきた。
支えられないわけは無いのに、何故か後ろに倒れた。
「……ッ。……ッ。……ッ」
1度、2度、3度。
馬乗りのような体勢で、頬を打たれ続けた。
1度打つ度に、リデルの目尻から透明な雫が散った。
打たれることよりも、そのことの方がアーサーには衝撃的だった。
リデルは、言葉は発さなかった。
いや口は開くが言葉にはならなかった、まるで言葉が胸につかえてしまったかのように言葉にならなかった。
次第に、打つのは頬では無く胸になった。
握り締めた手を、上体を起こしたアーサーの胸に何度も叩き付けてくる。
「うっ、ふっ……くっ」
「リ、リデル、さん」
「う、うぅ~~……っ!」
それも、回数を重ねるごとに弱くなった。
10秒に1発の頻度だったものが、30秒、1分と伸び、最後には叩いた姿勢のまま止まった。
ふるふると震えながら顔を押し付けてくるリデルに、アーサーはどうして良いかわからない様子だった。
ただ、責められていることはわかった。
動物達も、少し離れた所から様子を窺っていた。
気のせいでなければ、こちらかも責められているような気さえした。
動物は物を言わない、だからそれは転じてアーサーがそう思っていると言うことだ。
彼は片手を地面につけ、もう片方の手を当ても無く彷徨わせたあげく。
「………………すみません」
「ん゛ん゛っ!」
ようやく、リデルの頭と言う居場所に落ち着いた。
それからしばらく、2人はそのままの姿勢でいた。
しばらく――――リデルが泣き止み、渾身の一発をアーサーにお見舞いするまで。
2人は、そのままでいた。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
6章も終わり、次はまた別の国に行く7章です。
とりあえず7章を経れば、アナテマの世界の世界の形が見えてくると思います。
何しろ次は、これまでとは180度違う世界観になる予定なので……。
それでは、また次回。