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Epilogue3:「――Information diffusion――」

『旧王都クルジュ、自立を宣言する――――』



 その報は、数日の間にアナテマ大陸全土に広がった。

 北に、東に、山に、海に、南に、西に、街に、村に。

 それは小康から膠着へと移行しかけていたアナテマ大陸を激動の時代へと引き戻し、覚醒させるには充分な威力を持っていた。



 <東の軍師>が起こした東部叛乱から、すでに20年。

 それからの20年間は、ソフィアとフィリア、2つの文明の衝突の時代だった。

 大公国ソフィア辺境フィリアの、生存権を巡る鬩ぎ合いの時代だった。

 激動から小康へ、小康から膠着へ――――そして。

 時代は、再び激動へと戻る。



  ◆  ◆  ◆



 ――<ソフィア人達の帝国>、アムリッツァー大公国・公都トリウィア――



「公王陛下」



 白の壁、金の装飾、青の調度品。

 それら3つの色調で整えられた賢覧豪華な広間、その中央に傅くのは白銀の女性騎士。

 さらりと流れる金糸の髪を頬に触れさせながら、彼女は告げた。



「南にて、変事が」



 告げた先、12段構成の階段上に設えられた黄金の玉座がある。

 玉座に沈み込むように座しているのは、床まであろうかと言う程の長い白髪を持つ老人だった。

 節くれだった老齢の身体をシルクの衣装と宝石の装飾品で包み、皺だらけの顔は白く量のある眉と髭に覆われているようですらあった。



 彼は白銀の女性騎士の言葉に、深い、深い溜息を吐いた。

 眉の下に除く菫色の瞳は老いに澱み、身じろぎする度に身体の軋みが聞こえてきそうだ。

 公王と呼ばれた男は、息を吐き出すような、掠れた声で言った。



「……公女は、どうしておるか……」



 その言葉に、白銀の女は深く頭を垂れた。



  ◆  ◆  ◆



 ――同アムリッツァー大公国・魔術都市ティエル――



「…………」



 カッ、カッ、カッ、カッ。

 ヒールが大理石に打ち付けられる音が、リズム良く響く。

 それは女の足音だ、美しい女だった。

 鋭い足音に表されているように、鋭い美貌を持つ女だ。



 頭の後ろでアップに纏められたボリュームのある金髪に、薄い眼鏡の奥で光る菫色の瞳。

 襟元まで閉じるタイプの衣装はローブと軍服の混合服、黒の手袋とブーツと肌を隙無く隠している。

 だが美貌よりも、その手に持っている物に目が行くかもしれない。

 それはどこか本のようにも見えたが、その割には金属質な作りをしていた。



「……………………」



 彼女は黙したまま何も語ること無く1枚の扉を開き、室内へと進んだ。

 そこには、赤い星空が広がっていた。

 外では無い、壁・天井に散りばめられた宝石は全て<アリウスの石>だ。

 薄く煌く高純度の赤い宝石は、真っ暗な空間を幻想的かつ不気味に浮かび上がらせていた。



「おや」



 そしてその中心にいた存在は、足元へと向けていた視線を上に上げ、訪問者へと笑みを向けた。



「何か用かな、同志イレアナ」



 訪問者たるその女性は、胸に手を当てることで応じた。

 最後まで、一言も発することなく。



  ◆  ◆  ◆



 ――<フィリア人達の辺境砦>、バルロップ連合・聖都エリア・メシア――



「聖女フィリアよ、どうか私達をお導き下さい」



 最奥の壁には、巨木に寄りかかる美しい女性が描かれていた。

 どう言う仕組みになっているかは不明だが、薄く輝いており、芸術と言うよりは神々しさを感じるような壁画だった。

 アーチ状の円天井の下には無数の長椅子が並べられており、大理石と色石の床に赤絨毯が敷かれた清潔な空間。



 そこは礼拝堂だった、いや規模から言って聖堂と言うべきだろうか。

 壁画の前、聖堂関係者のみが入ることが許される大理石の柵の向こう側に彼女はいた。

 頭に乗せているとんがり帽子からはシルクの白布が伸びており、少女の小さな身体をマントのように覆っていた。



「――――嗚呼! そう、フィリア人!」



 礼拝堂の突如響くヒステリックな叫びに、祈りを捧げていた少女がビクッと身を震わせた。

 振り向けば、そこには長く波打つ黒髪を持つ女がいた。

 彼女は両手を掲げると、怯える少女の前で叫びを続ける。



「フィリア人にこそ永遠の繁栄が相応しい、あの御方の申された通り――――そうでしょう?」



 女はいったい、誰に問うたのだろうか。



  ◆  ◆  ◆



 ――<文明の外側>、統一ミノス王国・王都ミュスガイア――



「王様、おーうーさーまー!」



 木々の葉がざわめきを立てる森林……いや、色の濃い植物と言い無秩序に生えた木々と言い、森と言うよりはジャングルと言った方が正しいだろう。

 甘い芳香を漂わせる花々や、奇妙な姿をした動物や昆虫、そしてそれらが腐り落ち醜悪な匂いを放つ土。

 そこはまさに、未開の地だ。



「おーうーさーまー!」



 そんな世界を、ぴょんぴょんと猿のように枝から枝へと飛ぶ存在がいた。

 それは小さな子供のようで、その跳躍には迷いが無い。

 彼は誰かを呼びながら木々の間を縫うように跳躍し、やがて一本の木の枝の上で止まった。

 やけに太い枝の上、彼は破顔した。



「王様!」



 言葉の先、深い峡谷があった。

 剥き出しの岩壁を晒した険しい山々と網の目状に広がる支流、青と緑に覆われた大自然がそこに広がっていた。

 そして森林の出口、その崖に立ち峡谷を見つめる位置に男がいた。



 筋肉質な身体を毛織物の衣装に包んだその男は、精悍な眼差しを峡谷の向こうへと向けていた。

 彼が何を見ているのかはわからない、が、一つだけわかっていることがある。

 その方角は、双児都市がある方向だった。



  ◆  ◆  ◆



 ――<双児の都>、旧フィリアリーン聖王国・旧王都クルジュ――



「畜生が!」



 甲高い音を立てて、花瓶が割れる。

 不純物の混ざりが無い陶器だったのだが、それも砕けてしまえば意味が無い。

 そして総督公邸の通路に響き渡るのは、女の唸り声だ。



「フィリアの連中、特にあの小娘。許せない、許せないねぇ……!」



 腹いせに割ったのだろう、だが花瓶を一つや二つ割った所で彼女の腹の虫が収まるはずも無かった。

 もどかしさに腸が煮え繰り返りそうだが、それを解消する術が無い。

 今のアレクフィナは、そんな様子だった。



「姐御、アレクフィナの姐御――ッ!」



 そんな彼女の下に、部下の――細い方だ――が慌しく駆け寄ってきた。

 彼はアレクフィナの姿を認めると、泡を食ったような表情で言った。



「ほ、本国から通信が――――!」

「……本国だぁ?」



 その単語に、アレクフィナは顔を上げた。 

 浮かべた表情は、疑念だ。

 本国からの干渉、今まで音沙汰が無かったと言うのに、突然。

 何か、特別な事情でもあるのだろうか。



  ◆  ◆  ◆



 ――――そこは、アナテマ大陸の何処か。

 一言で言えば、崩壊した岩山、とでも言おうか。

 緑の無い、剥き出しの岩壁のみが存在する山岳地帯だ。

 そしてその山は、半分以上が崩落している。



 無事な側の岩壁は直角に近い急斜面でもあるのだが、そこには無数の穴が開いていた。

 それらは洞窟のようだが、いくつかの穴には人の姿がちらほらと見える、どうやら山に住み着く部族か何かのようだった。

 そしていずれも身体が大きく、2メートル近い身長の屈強な男が多かった。

 しかし全て地に倒れ伏し、洞窟の一部は黒煙を吐き出すための穴と化している。



「……ぐ……」



 一方で崩れた側の山には、より多くの人間がいた。

 いや正確には、岩山の中にいた人間達が、崩れた瓦礫の中から這い出て来たと言うべきだろう。

 崩れた山の範囲は軽く1キロを越えており、中に何人がいたのかなど考えたくも無かった。

 そしてそこに顔を出していたのは、老齢に差し掛かっているように見える割に逞しい身体つきをした男だった。



 瓦礫の中から這い出て来た彼は、他の人間に比べて煌びやかな衣装を身に纏っていた。

 ただそれも今や所々が破れ、頭からは血を流している。

 う這うのていとは、このことだろう。

 不意に、彼の上に影が落ちた。



「――――テイ族のヤシャン王だな」



 目を見開く、次に彼が目にしたのは大地だった。

 不思議だった、赤の閃光が走ったと思った瞬間、彼は空を飛んでいたのだ。

 数瞬の後、彼は「ああ」と気付く。

 ……飛んでいたのは、彼自身の首から上、つまり頭だけだと言うことに。



 一方、族長の首を刎ねた者――女だった、茶色の髪で、ローブと軍服の混合服に身を包んだ女――は、ゆっくりと足を下げた。

 表情は、特に動かない。

 そして女が背を向けた次の瞬間、彼女の身長を越える血柱が立ち上った。

 首を失った族長の身体から噴き出したもので、不思議と女の身には一滴も返り血がつかなかった。



「<魔女>よ」



 音も立てずに崩れた山を降りていると、同じ衣装を纏った別の人間がいた。

 その手には書類らしき紙があり、女は風の中を進むかのようにそれを手にした。

 一瞥する。

 鉄面皮のように動かなかった表情が、ピクリと動いた気がした。

 書類をその場に放り捨て、踏みつける、次の瞬間には書類は細切れになり、風に乗って消えた。



「――――クルジュへ」



 女が呟くように言えば、そこかしこから軍服とローブの混合服を纏った者達が姿を現した。

 彼ら彼女らは一糸乱れぬ動きで女の後につき、従うように動き出した。

 向かう先は、双児の街。



 こうして世界は一つの街を台風の目とし、激動の時代へと逆走を始めた。

 その街の名は、クルジュ。

 望むと望むまいとに関わらず、今、世界はクルジュを中心に回ろうとしていた。

 それが20年前の大火の再来となるのか、それともただの小火で終わるのか。



 それはまだ、誰にもわからなかった。


最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

3章終了、次章以降に徐々に出てくるだろうキャラクターの一部を放出、風呂敷を広げた気分ですが、はてさて。

それでは、また次回。


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