Prologue3:「――Gemini――」
――――川を渡りたい。
そう言った男を奇異の目で見つめていた船主も、袋一杯に詰まった金貨を見ると笑顔を浮かべた。
「このご時勢に向こう岸に行きたいって、変わった奴だな。まぁ、金さえ貰えりゃ何でも良いがね」
それっきり、船主は何も言わずに船の操作に専念し始めた。
だがその船には帆も無ければ櫂も無く、それでも真っ直ぐに動いていた。
しかも不思議なことに、向かい風の中でも少しも速度を落とさすに進んでいる。
そもそも船主は帆を張らなければ櫂で水面を漕ぐこともしない、代わりに彼は小さな部屋に入り、奇妙な道具を触っていた。
鉄とは違う金属で出来た箱状の物体がいくつもあって、その隙間からは赤い光が漏れている。
赤い光が強くなると、船底で何かが音を立てるのがわかった。
「…………」
船に乗り込んだのは男だけでは無く、小さな女の子も一緒だった。
薄い金の髪に菫色の瞳の少女は、足の裏に感じる船の振動が気に入らないようだ。
船自体の揺れとも相まって、フラフラと頼りない。
「……大丈夫か」
男が少女を抱き上げ、腕の中に収める。
右腕にお尻を乗せるような体勢で抱き上げられた少女は、真ん丸な目で男を見上げた。
自分と同じ色の髪と瞳の彼を、まじまじと見つめている。
一方の男もまた、外套の隙間から少女を見ている。
「……!」
少女が何かを言いかけたその時、彼女は眩しそうに目を細めた。
水面が夕陽の光を反射し、光が少女の顔を打ったからだ。
そちらの方向を苛立たしそうに睨む少女、意外と気難しいのかもしれない。
水面に反射する夕陽の向こうに、少女は2つの街を見た。
それらは、川の両岸にあった。
どちらも大きく、賑やかで、かつ同じような作りに見えた。
とても似て見えるそれらは、しかし明確な違いも持っていた。
片方は赤い光に溢れ、もう片方は灰色の煙を吐き出し続けている。
少女達の乗る船は、前者から後者へと向かっていた。
「……?」
何かを感じ、言葉にしようとしたのだろう。
振り向いた少女はしかし、首を傾げた。
似て非なる2つの街、まるで双児のようなそれらを見つめる男の顔を、不思議そうに見る。
男の瞳はどこか、哀しげで。
子供ゆえかどうなのか、少女はそれを敏感に察したようで。
だから向こう岸に到着まで、どちらも何も言わなかった。
夕焼けに彩られる双児の街並み、両者を隔てる川、その中央で。
「…………」
男はただ、哀しげな瞳で両岸の街を見つめていた。
この時の男が何を考えているのか、少女には知りようも無かった。
仕方が無い、未だ彼女は何も知らないのだ。
この時点では彼女はただ無知で、何の力も無く、小さく儚い存在でしか無い。
まだ、今は。
しかしいつか、いつか必ず彼女は、自らの意思でこの光景を見。
自分だけの想いを、抱くことだろう。
――――そして、時は流れる。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
さて、ここから3章に入ります。
なかなか思い通りに描かれてくれない物語ですが、いよいよ世界が広げられる、かもしれません。
それでは、また次回。