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2-6:「ソフィアの力」

 ――――獣は。

 獣は、獲物を獲る時にこそ頭脳を使うとされている。

 特に肉食の獣にその傾向が強く、彼らは空腹を満たすために己の全能力を傾けている。

 そしてそれは、人間であってもそう違いは無い。



「あ、おい……あれ!」

「あ、アイツら、戻ってきやがったのか!?」



 2人の少年少女を送り出してすぐ、村人達は彼らの存在に気付いた。

 昨日に比べて随分と数が減っていたが、間違いようは無い。

 最初は、やはり恐慌が勝りかけた。

 何しろ昨日追い払ったばかりなのに、遠目にあのみずぼらしい、それでいて恐ろしい飢民の姿が見えたのだ。



 一方で飢民の立場からすれば、戻って来るしかなかったのである。

 近隣の他の村や町に行けるような体力は無い、ならば同じ村を狙うしか無い。

 彼らはそう考えて、そしてそれでて、昨日自分達を一番痛めつけた相手が村を出るのを待って行動した。

 今度は正門から並んで入るのではなく、村を囲むように周囲から近付いて。



「怯むことはねぇ! また追い払えば良いんだ!」

「そうだ、戦うんだ!」

「あんな奴ら、すぐに追い返してやる!」



 最初は恐慌に陥りかけた村人達だったが、すぐに持ち直した。

 昨日の勝利が、彼らを強気にさせていた。

 だが哀しいことに、彼らが勝利を得たのは彼ら自身の力によってでは無かった。

 リデルとアーサーと言うイレギュラーがあって初めて、得ることが出来た勝利なのだから。



『良い? 絶対に正面から戦っちゃ駄目よ』



 はたして彼らの何人が覚えていただろう、リデルと言う少女が言っていた言葉を。

 正面から戦わず、まず罠に嵌めること。

 相手の動きを単純化させ、それでいてこちらは行動の自由(フリーハンド)を得ること。

 こちらのとっての当然が、相手にとっての意外であるようにすること。



 すなわち、奇襲。



 奇襲こそが勝利の必要条件であり、勝算の無い正面衝突は絶対に避けるべき。

 リデルはそう言って、そしてその指示に従った上で、村人達は勝利を得た。

 犠牲は「たった」1人、だが今、その犠牲の少なさが彼らを慢心へと導いていた。

 自分達は強く、相手は弱いと言う錯覚を生んでいた。



「昨日だって勝てたんだ、今日だって勝てるさ!」



 そんな保障は、どこにも無い。

 そして一日で築かれた慢心は、やはり一日で打ち砕かれるものだ。

 ――――つまりは、そう言うことだった。



  ◆  ◆  ◆



 酷い言い方になってしまうが、ルイナはこう言う時にどう行動すべきかを知っていた。

 経験則で知っていた。

 具体的には、滅び行く村の中で自分がすべきことを。



(疫病神って言われても、仕方ないかもしれませんね)



 自嘲気味にそう思うのは、人生で二度も滅びに直面したためだろう。

 生れ落ちて19年、フィリア人の平均寿命から考えれば、十分に成人と見なされる年齢でもある。

 それとある意味での慣れが合わさった時、彼女の行動は決定された。



 まず、子供達を集めた。

 世帯数の少ない小さな村だ、集めた所で10人程度である。

 そしてその子供達を、早い段階で隠した。

 場所は村の外、畑に隠れるようにして進んだ。

 子供達の隠し場所は、農耕用の牛舎である。



「この中に隠れていてね、大丈夫、ここにいれば安全だから」



 牛を放し、あえて扉を開けっぱなしにし、そして肥やし入れの樽を壊して撒いた。

 何と言ったか、そう、「空城の計」だったか。

 あえて城門を開け放つことで云々と、リデルがアーサーに――悲しいことにルイナにでは無い――話していたような気がする。



「大丈夫、大丈夫だから」



 枯れ草の中に子供達を次々に隠す、何度も村に戻り少しずつ連れ出す。

 当然、危険を伴う。

 何故なら村はすでに飢民によって蹂躙じゅうりんされていて、火の手が上がっているからだ。

 村人達の抵抗は、物の十分ほどで瓦解していた。



「……ッ」



 注意深く牛舎の陰から顔を出せば、粗末な建屋から見える村は、まさに滅びに瀕していた。

 青空を赤く染める程の火、時折聞こえる獣じみた叫び声、火の陰で蠢く人影……。



(今、外に出るのは不味いですね……)



 軍学に通じていなくとも、それくらいはわかる。

 火の手は村の中に留まっている、柵と堀が塞き止めているのだろう。

 だが火の粉は飛ぶから、田畑が燃えないと言うわけでも……。



 ……皮肉なことだが。



 本当に皮肉なことなのだが、ルイナがそれに反応できたのはリデルのおかげだった。

 何かと自分の前を擦り抜けていく、逃げていくリデルを見ていたからこそ。

 自分の脇を擦り抜けていこうとしていた男の子を、捕まえることが出来た。

 咄嗟とっさのことで、ルイナ自身が驚いてしまった。



「出てきたら駄目!」

「うるせぇ! 父ちゃんの仇だ!」



 それは、あの男の子だった。

 先の戦いでの「たった1人の」犠牲者、その子供。

 ルイナが一番気にかけていて、だからこそ最初に連れ出した子供った。

 飛び出しかけたその男の子を、彼女は捕まえ抱き留めた。



「離せ、離せよ! あんな奴ら、俺がみんなやっつけてやる!」

「馬鹿なことを言わないで!」

「何だよ、お前には関係無いだろ!」



 悲鳴のような声を上げて、ルイナは腕に力を込める。

 だが、それで大人しくしてくれるわけも無い。

 子供とは言え男の子、なかなかどうして力が強い。



 仕方が無いと言えば、そうなのかもしれない。

 父親を死なせた――殺した、とよりはっきり言ってしまえば良いのかもしれない――飢民達が目の前にいるのに、いやもしかしたら直接の仇がいるかもしれないのに、自制できる方がおかしい。

 まして、子供である。

 だが離せない、危ない上に手間が増え……。



「……痛ッ」



 がりっ、と鈍い音が身体の内側に響いたような気がした。

 咄嗟に手を引けば、細い手指に小さな歯型。

 噛まれた、そう理解した時には男の子はすでに飛び出していた。

 赤く張れた掌など気にしていられない、逡巡しゅんじゅんするように牛舎の中を見る。



「ここに隠れていて!」



 不安に泣き声を上げる他の子供達に、後ろ髪を引かれる思いがする。

 だが飛び出した男の子を放ってもおけない、だからルイナも飛び出した。

 男の子よりも慎重に周囲に気を配りつつ、それでいて急いでだ。



 外に出れば、田畑の向こうに燃える村が見える。

 鼻についてくる嫌な臭いに顔を顰めるが、気にしてはいられない。

 左右を見渡して男の子を探す、小さいだけにもう見えなくなってしまっていた。

 どちらに言っただろう、方向を間違えればそれだけで終わりだ。



「うわぁっ!?」

「そっち!?」



 声がして、ルイナはそちらへと駆け出した。

 聞こえてきた声が切羽詰っていたように思うから、急いだ。

 そして、悪いことにその予感は当たっていた。



「あ……!」



 田畑に備えられているあぜ道、そこにあの男の子が転がっていた。

 もちろん、男の子だけでは無い。

 実りや野草を喰らっていたのだろう、飢民が何人かいた。

 彼らは口から唾や泡を飛ばしながら何かを喚いている、男の子は腰が抜けてしまっているのか、その場から動けずにいた。



 助けなければ、と足を早める。

 でもどうする、腕力には自信が無いと自信をもって言える。

 ならば大声でも上げるか、野生じみた飢民にそれが通じるか。

 と、考えている間にも。



「やめて!」



 叫んだ、だがすでに遅い。

 飢民達が、ルイナの見ている前で男の子に――――。



「へぶぁっ!?」

「ぐぎぇっ!?」

「ぬぁらっ!?」



 ――――触れるか触れないか、の直前。

 まさに直前のことだった、飢民達が悲鳴を上げて前のめりに倒れたのだ。

 下敷きになりかけた男の子が、小動物か何かのように後ずさりそれを避ける。

 何事が起こったのかと、視線を上げれば。



「あ……」



 そこに、いた。

 よほど急いで来たのだろう、息せき切らせて彼がそこにいた。

 ブラウンの髪に翠の瞳、手を布で巻いて赤い石を隠している。



「アーサー!」



 名を呼んだ少女に、彼は曖昧な微笑を浮かべて見せた。

 背中に、燃える村と畑を抱えながら。



  ◆  ◆  ◆



 どうしてこんなことになってしまったのか、実の所はアーサーにもわからない。

 何しろ12年前の戦乱では彼もほんの子供だったし、それからのフィリアの民は坂道を転がり落ちるばかりだったのだから。

 ただ、このままではいけないと言う認識だけがあった。



「ふっ……――――ッ!」



 身体の動かし方は、子供の頃に習った。

 拳を振り抜き、相手の身体に当てた瞬間に石の力を使う。

 摩擦係数を高めたことで、相手の身の皮と肉を削り、高熱が意識を刈り取る。

 クルクル回転しながら地面に倒れ伏すのは、当然だがフィリア人だ。



 飢えて飢えて、理性を失った哀れな者達だ。

 そして何よりもアーサーの気持ちを沈ませたのは、その中に老若男女の差が無いことだった。

 男も女も、子供も老人も、皆等しく飢えていて、皆等しく村人を襲っていた。

 身体の一部を欠損させて息絶えていた誰かを見つけた時、何となく見覚えがある気がしたのは――おそらく、気のせいでは無い。



「ぐがあああぁぁぁっ!?」

「――すみませんね」



 それでも、アーサーのやることに変化は無い。

 ミギッ、と頭蓋の砕ける音を足裏に感じながら、飢民を踏み潰して進む。

 ルイナ達にはまた隠れてもらって、その間に事態の収拾を図るつもりだった。

 村にまで辿り着けば、そこかしこから救いを求める声が聞こえる。



 助けましょう、そう思う。

 自分にはその義務がある、だが自分は救世主では無い。

 あるはずが無い、だから。



「う、うわあああぁぁっ!?」

「た、助けてくれぇっ!」

「いやああぁ!」

「……!」



 堀を飛び越え――皮肉なことに、先の戦いで死んだ飢民達を埋めたことで低くなっている――柵を潜り、村の中へと駆け込む。

 立ち止まることは無い。

 そのまま飛び込み、数人の村人を襲っていた十数人の飢民を薙ぎ払う。



「ハァッ!」



 大地を滑る、風を切る、拳の先に生々しい打撃の感触。

 中央の1人を殴り飛ばし、跳躍すると同時に両足を広げ左右の飢民を打ち倒す。

 着地と同時に石の力を使い、魔術を発動。

 あり得ない動きと速度で移動するアーサーに、瞬発力の無い飢民達はついて来れない。



 石の力、魔術。

 飢民達が成す術も無く打ち倒されるその姿は、アーサーに複雑な感情を抱かせる。

 ソフィアの力で、フィリアの民が倒される。

 しかもそれをしているのはフィリア人である自分なのだ、嫌でもそうなろうと言うものだった。



「大丈夫ですか!?」



 襲われていた村人の方を振り向き、そう問いかける。

 倒すべきもフィリア人で救うべきもフィリア人、本当にどうしてこんなことになっているのだろう。

 12年前までは、それでもまだマシな状況だったというのに。



「あ、あ、あ」

「た、たすけて……」



 不味いな、今日何度目かの言葉を胸中で呟く。

 これが災害現場であるならば、アーサーは膝をついて肩を掴み、相手を落ち着け安堵させるための行動を取っただろう。

 だが、現実にはそれをしているような余裕は無かった。



 ここにいるのは数人ばかり、残りの村人の内何割か――非常に嫌な言い方であることを自覚しつつ――はすでに助けに行く意味が無い。

 それでも、まだ何人かは救い出せるはずだった。

 なればこそ、彼らにばかり構っていられない。



「良いですか皆さん、僕は他の方々を助けに行かなければなりません。わかりますね?」

「い、いやだ! 行かないでくれ!」

「置いていかないで!」



 だから、ここでこの数人ばかりのために足を止めている暇は無い。

 今こうしている間にも、救いを求める声は炎の中から聞こえているのだから。

 同時に、獣のような十数の叫び声も。

 だが現実には、アーサーは己の身体に縋り付く村人達を払えずにいる。



 説得しようにも半狂乱でしがみ付いてくるものだから、それ自体は無理も無いのだが、動けずにいた。

 まさか彼らを殴って黙らせるような真似も出来ない、だから、非常に困っていた。

 彼らを連れ歩くか? 馬鹿な、それでどうやって村人を守ると言うのか。



(ルイナさんの時も、そうでしたね……)



 リデルと出会う直前、賊に襲われた海の村での介入のことを思い出す。

 あの時は、救えたのはルイナ一人、治癒まで2週間のおまけ付き。

 そして今は、あの時よりも条件も状態も悪いのだ。

 どうすることも出来ない。



(それでも、どうにかしなければならない)



 すぐ側の家屋の柱が焼け折れたのだろう、横倒しに崩れた。

 倒れた家屋の向こう側に、また10人近くの飢民がいた。

 それらをじっと睨み据えて、恐怖の悲鳴を上げながら自分にしがみ付く村人達に頬を引き攣らせる。

 自由に動けすらしない、まったくもって絶体絶命だった。

 大公国の魔術師すら撃退してのけたと言うのに、飢民の群れの前では自慢にもならないような気がした。



(手は、ありますが……)



 手に、いやグローブに巻いた布に触れながら、考えた。

 最初と同じ手を使えば、おそらくは行ける。

 だがそれは、おそらくは最悪の結末を招来するはずだった。



(しかし)



 他に手段が無いならば、と、アーサーはある種の覚悟を決めた。

 ぐっ、とグローブに巻いた布に手をかけ、それを持ち上げる。

 そして、勢い良く布を剥ぎ取ろうとした。

 その、次の瞬間。



 ――――村人達、そして飢民達が、どよめくような悲鳴を上げた。



  ◆  ◆  ◆



 リデルは、思考した。

 走っている間、ずっと考えていた。

 それは、いかにすればこの状況を打破できるのかと言うことだ。

 同じことはアーサーも考えているが、彼には打開策を思いつくことが出来なかった。



 だが、リデルは違う。

 彼女は打開策を見出し、そして、実行に移すことに躊躇ためらいを覚えなかった。

 何故なら、そうすることでしか払拭ふっしょく出来ないからだ。



「――――皆、私を見なさい!!」



 リデルは考えた。

 先の戦いで、彼女は自分の策で「味方の犠牲」が生まれることを知った。

 たとえどれだけ素晴らしい作戦であっても、味方の犠牲がゼロに出来るわけでは無いことを学んだ。

 それが彼女の中でしこりとなって、今日一日、ずっと張り付いていた。



 ならば、二度と策を練らずに生きていくか?



 そんなことは出来ない。

 父のような、<東の軍師>のような軍師になると言う夢を捨てられるはずが無い。

 ならば、どうすべきか。

 その答えの一つが、今回の行動なのだ。

 すなわち。



「私は、ここにいるわ!」



 田畑のあぜ道で、村の入り口で、そして広場で。

 彼女はそう声を上げて、注目を集めていた。

 飢民だけでなく、村人の目をも引き付ける。



「私がここにいると言う事実を、見なさい!」



 リデルは考えた、もはや武力のみで――アーサーの力を含めて――飢民を撃退することは不可能だと。

 たとえ今日を凌げても、きっと次は無いと。

 現に今も、昨日に引き続き彼らは来たでは無いか。

 ではどうするか、思い出させるしか無い。



 恐怖の味を、思い出させるしか無い。

 かつて「おいしさま」があった時のように、この村に抑止力を残してやるしか無い。

 では、彼らが共通して持つ恐怖とは何だ?

 アーサーの持つ石では不足だ、それは「おいしさま」の焼き直しでしか無い。



「見て、知って、覚えて、そして伝えなさい。この村には……!」



 ならば、石の力とは別のものを用意してやれば良い。

 それは何だ?

 フィリア人の彼らが、石よりもなお恐れているものは何だ?

 そんなもの、一つしか思いつかない。

 それは。



「この村には、(ソフィアじん)がいたって!」



 赤い赤い、魔術の源を生む<アリウスの石>よりもなお恐るべき者。

 かつて、そして今も、自分達を支配する絶対の存在。

 フィリア人が恐怖する相手、それは。

 ――――ソフィア人である。



  ◆  ◆  ◆



 ソフィア人とは、フィリア人が最も恐れるものである。

 それは単純な力関係だけでは無く、過去数十年、あるいは数百年に渡る長い歴史の中で培われたものだ。

 もはや、どうすることも出来ない程に。



「リデルさん……!」



 アーサーの中にも、その恐れは存在する。

 普段は見せることは無いが、彼とてフィリア人だ。

 あの流れるような薄い金の髪に菫色の瞳を見れば、嫌でも思い出す。

 それでも普通に接することが出来るのは、彼女がソフィア人して生きたことが無いからだ。



 だが今、リデルは己をソフィア人として誇示して見せた。

 理由はわかる、理屈はわかる。

 それを見ただけで、アーサーはリデルの考えを知ることが出来た。

 おそらくは成功するだろうその策に、アーサーは複雑な感情を抱いた。

 そして、策の効果はすぐにでも現れた。



「そ、ソフィアだ……」

「ソフィア人……!」

「……ソフィア人だ!」



 先程まで、人間らしい感情の全てが失せていたはずの飢民達。

 そんな彼らの目に理性の色が戻ったかと思えば、すぐに別の色を覗かせた。

 それは恐怖であり、畏怖であり、畏れだ。

 歴史の中で刻み付けられた本能が、彼らを駆り立てる。

 逃走へと。



「うあああああああああああああぁっ!?」

「逃げろっ、殺される!」

「殺される!」



 それは、策を仕掛けた本人にも予想外な広がりを見せた。

 リデルは今回、初めて知った。

 ソフィア人の姿を目にした時、フィリア人がどんな反応をするのか。

 話には聞いていたが、アーサーの反応からタカをくくっていたのかもしれない。



 抑止力になってくれたなら、そう思っていた。

 追い払って、それでいて次の襲撃を抑制できたなら、と。

 だが現実には、飢民達――フィリア人――は自分の顔、いや髪と瞳を見ただけで、恐怖に駆られ、叫び声を上げながら逃げ出し始めた。

 「おいしさま」の話を聞いた時にも、思ったものだが……。



(ソフィア人って……いったい何なの!?)



 今目の前で逃げ出すフィリア人の姿と、島で見たソフィア人の国の魔術師の姿。

 それを重ねてみれば、なるほど恐怖はするだろう。

 だがそれでも、フィリア人達の反応は異常なようにリデルには思えた。

 何が、彼らをそこまでの行動に至らせるのか――――。



「危ない!!」



 半ば呆然としていた時、アーサーの声が耳に届いた。

 ようやく、気付く。

 いつの間にかすぐ傍に飢民がいて、棒切れを振りかぶっていた。

 眼球が血走り恐怖に顔を歪め、破れかぶれの一撃を放っているように見えた。



 避けられない、そう思った。

 アーサーも間に合わない、反射的に両手で顔を庇うような仕草をする。

 金の髪が、回避の反射に合わせるように揺れて。

 赤い輝きが、黄金の中の宝石ルビーのように煌きを放った。



  ◆  ◆  ◆



 折れた木の棒が、回転しながら落ちた。

 火の中に落ちたそれは、すぐに姿を消す。

 くぐもった音の後に続くのは、調子の外れた悲鳴だ。



「ひいいいいいいいいぃぃっ!?」



 リデルを木の棒で殴りつけた飢民は、今や尻餅をついていた。

 彼は恐れを含んだ眼差しで目の前を見上げ、枯れ枝のように痩せ細った身体からは想像も出来ないような機敏さで、転がるように駆け出した。

 それを見つめるのは、ただの小娘に過ぎないというのに。



 火事熱により生まれる風に金の髪を揺らし、菫の瞳に火炎の輝きを反射させる。

 白い肌はまるで氷のように見えて、熱で溶けてしまうのではないかと懸念してしまう程だ。

 そんな美しい造形ぞうけいを持つ少女はしかし、怯えにも似た困惑の表情を浮かべていた。

 その横顔は、赤い輝きによって彩られている。



(……アレクフィナとの戦いの中でも、見た)



 そしてアーサーは、「それ」を静かに見ていた。

 もはや、彼が戦う必要は無かった。

 確定的だった。

 ソフィア人と「それ」が揃ってしまった以上、フィリア人には何も出来ない。



(でも、彼女はどこでアレを?)



 それは、リデルの髪飾りだった。

 首飾りを無理くりに髪飾りにしているのだが、それは細かな違いでしか無い。

 重要なのは、それが「赤い石」だということだった。



「<アリウスの石>……!」



 アレクフィナとの戦いの中でも、あの赤い輝きがリデルを守った。

 魔術を防げるのは、魔術だけ。

 すなわち彼女は今、魔術の障壁によって己の身を守っているのだ。

 おそらく石の力が続く限り、火に巻かれたとしても無傷で生還するだろう。

 あの石には、それだけの力が込められている。



(……勝った、わ)



 一方、当のリデルはと言えば、村から泡を食って逃げ出す飢民達を見ていた。

 戸惑いは強い、が、それでも最初の目的は果たせた。

 賊を退散させ、そしてソフィア人が存在したと言う事実はこの村を守る効果を持つだろう。

 現実的な効果の程には疑問があったが、今の飢民達の反応を見る限りは大丈夫なように思えた。



 勝利した、少なくともこれ以上の犠牲は防いだ。

 怯えも戸惑いも消えないが、それでも良しとした。

 だから彼女は、村人達の方を見た。



「アーサー?」



 家屋は大体が倒れてしまって、村は随分と平坦になってしまっている。

 広いようで、狭い村だ、と改めて思う。

 その向こうに見えるアーサーの顔が、どうしてあんなにも難しそうなのか。

 だがその理由を考える前に、リデルは動きを止めた。



 村人達が、自分を見ていた。

 それだけなら今までもあったが、今の視線は、どこか違った。

 それは、同じだった。

 飢民達が自分を見ていた目と、全く同じだった。



「リデル……」



 振り向く。

 いつの間にそこにいたのだろう。

 おそらくは飢民達が去る様子を見て出てきたのだろうが、そこにはルイナと子供達もいた。

 あの男の子も、である。

 そして子供達も、大人達と同じ目でリデルを見ているような気がした。



 もう一度振り向いて、村人達を見る。

 また振り向く、子供達を見る。

 それからルイナを見て、どこか哀しそうな瞳から逃げるようにまた振り返る。

 最後に、アーサーの顔を見た。



「…………」



 飢民の群れは去った。

 村を覆う火も、いずれは消えるだろう。

 状況だけを見れば、島の時と全く同じなのに。

 ――――どうして、こんなにも後味が悪いのだろう。



最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

いつの間にやら10万字を越えていましたが、予定ではまだまだ続きます。

先は長いですが、ゆっくりやっていきたいと思っています。

それでは、また次回。


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