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Epilogue11:「――Three years later――」

 ――――まだ雪解け水の残る道を、小さなほろ馬車がゆっくりと進んでいる。

 音を立てて回る車輪、不規則に揺れる車内、陽に焼けて煤けた白い幌。

 そこかしこに大小の修繕の痕もあり、それなりの期間を移動してきた馬車であることが見て取れた。

 御者台には茶髪緑眼の若い男性が1人、手綱を手に座っていた。



「どうなることかと思いましたが、天候が持ち直したようで良かったですね」



 御者台の男性が、雲高く透き通る青空を見上げてそんなことを呟いた。

 ちちち、と同意するように御者台の縁に止まった鳥が鳴いた。

 鳥は一匹では無く、大小の鳥が列を作っていた。

 良く見てみれば、その馬車の周囲には大小の動物達の姿があった。



 ゆっくりと進む馬車の周りや御者台の隅で丸くなっているのは、リスの親子だろうか。

 リスだけでは無い、狐や犬、いや狼か、そうした姿も見える。

 木材の端にぶら下がっているのは、あれは蛇だろうか?

 ちょっとした移動動物園の様相を呈しているが、男は別にそう言う職業の人間では無い。



「ねぇ、あとどれくらい?」

「そうですねぇ、夕方には麓の街に着くと思いますね」

「そう。それまで暇ねぇ」



 御者台の後ろの幌がめくれて、中から若い女性が顔を出した。

 美しい女性だった。

 長旅に慣れているのか弱々しくは無く、勝ち気な眼差しと相まって活発な印象を受ける。

 それでいて顔立ちにはどこか少女時代の面影が残っていて、いわゆる上流階級における淑女らしくは無い。



「子供達は?」

「やっとお昼寝してくれたわ。まったく、最近はちっとも言うこと聞いてくれないんだから」

「あはは。まぁ、そう言うものですよ」



 母親を良く見てますからね、と言う言葉を、男は飲み込んだ。

 それを知ってか知らずか、その女性はのんびりと馬車を揺らす男の背に笑みを向けると、膝立ちになって後ろからのし掛かった。

 随分と伸びた金色の髪が――これだけは、3年経っても変わらない――頬を撫でる感覚に、男は目を細くした。



 あの頃より、ずっと背が伸びた。

 身体つきもより女性らしく丸みを帯びていて、抱きつかれると背中に直に柔らかさを感じることが出来た。

 頭の後ろや耳元に感じる吐息は、クスクスとした笑い声を友としている。



「ねぇ、アーサー」

「はい。何でしょうか、リデル」



 嗚呼、温かい。

 すり寄せられる温もりに、えも言えぬ痺れのような感覚を覚えた。

 顔を上げれば、ずっとに高く連なる山々が見える。

 あの大地を東西に横断する山脈を越えるのは、3年ぶりだった。



 仲間達は、今の自分達の姿を見てどう思うだろうか。

 驚くだろうか、怒るだろうか、喜ぶだろうか。

 そんな心配をしているのは、きっと自分だけなのだろう。

 何故なら、彼女がいつも通りだから。



「アンタは今、幸せかしら?」

「そうですねぇ。少なくとも、不幸では無いつもりですね」

「もうっ、どっちなのよ!」

「あはは」



 だから自分が心配することは何も無いのだと、男性――アーサーはそう思っていた。

 その時だ、幌の中から誰かが愚図る声が聞こえた。

 しかも幼いその声は1つでは無いようで、それが聞こえてくると、女性――リデルは、大きな溜息を吐いた。



「ああ、もう。相方が泣くともう片方が起きちゃうんだから」

「延々と続きますねぇ」

「他人事みたいに言ってないで、アンタもたまには寝かしつけてみなさいよ」

「僕が抱っこすると、何故か大泣きされるんですよね……」

「嫌われてるんじゃないの?」



 うぐ、と言葉に詰まると、クスクスと笑いながらリデルが幌の中に戻った。

 程なくして、あやすような柔らかな声が聞こえてきた。

 3年前、彼女があんな声で誰かをあやす姿を想像するなど出来なかった。



 ――――自分は今、幸せなのだろうか?

 その問いに対して、アーサーは未だに答えを持ち合わせていない。

 ただ、彼の膝の上で身体を丸めている大きな雌リス。



「ちゅう」



 彼女はもう、アーサーの指を自分から噛むことは無い。

 それが何よりの証明のように、アーサーには思えたのだった。

 この時アーサーはそう思い、また思うことで、憂いの無い笑顔を浮かべることが出来た。



 そんな彼の背中を幌の隙間から覗いて、リデルは笑っていた。

 どうせまたつまらないことを考えているのだろうと、そう思ったから。

 この3年、いやずっと前からそうだったのだから。

 そうして視線を腕の中に落とすと、彼女がこの3年間で得た全てがあって。

 リデルはまた、アーサーに向けるのとは別種の笑みを浮かべたのだった。



「……はいはい、そんなに泣かないのソフィア。フィリアがびっくりしちゃったでしょ……」



 幌馬車の動く音、動物達の種々の鳴き声。

 その中に響く幼い子供の泣き声と、それをあやすリデルの声。

 それが、アーサーの全て。

 それだけで良い、それだけを持っていこうと、アーサーは思った。



 ――――さぁ、故郷アナテマに帰ろう。


最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。


皆様のおかげをもちまして、本作アナテマ・サーガ、2年の連載を経て完結致しました!

これまでのご愛読・ご支援に改めて感謝致しますと共に、ご報告申し上げます。

2年超と言う長い期間に連載を続けることが出来たのも、読者の皆様のおかげです。


個人的にも一次作品を走りきったと言うことで、とても満足しています。

なろうの諸先輩方の作品に続く、そして少しでも後から来る方々の励みになればとここで活動を続けておりましたが、本作の完結で、正直ほっとしております。


長く苦しい作業の連続でしたが、それでも何かを創るというのは素晴らしいことなのだと、再確認致しました。

それでは、今後のことはまだ何も決まっておりませんが、またどこかでお会いしましょう。


ご愛読、本当に有難うございました!

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