板外2 - 選定試験 後編 - 前・中・後
板外2 - 選定試験 後編 - 全3話
2週間にわたり行われた思考操作の訓練カリキュラムは新たに1名の脱落者をだし終了した。
最終選考に残ったのは4名である。
民間人が2名に軍人が2名
10代が3名に30代が1名
最後の数日は実機、つまりラードックに乗り込んでの操縦訓練となる。
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有樹はこの1週間、自分の思考操作とロボットの動作に違和感を感じていた。
確かに自分の考えたように動いているはずなのに微妙にずれるのだ。
しかもその違和感を説明することが出来ずに余計にモヤモヤした気分になったりしている。
同じ選定試験を受けている中で一番年上で同じ民間人だというお姉さんに相談したら、そのお姉さんも同様に感じていると言っていた。
ただ、今残ってる後の2人はそう思ってないようで話が合わなかった。
「やっぱりしっくりきません」
最後の実機前訓練を終えても不安ばかりが募る。
まあ元々、本当に専用機のパイロットになれるとは思っていなかったので落ち込んでいる訳ではない。
しかしロボットの操縦が楽しいと感じていた。
専用機のパイロットになれなければ二度とこういう経験は出来ないと分かっているので、それが不安となって表れているのだった。
「そうね・・・・・・かゆい所に手が届いていないのよ」
有樹のつぶやきを隣で聞いていたらしいお姉さんもどう表現すればいいか困っている。
「実機訓練は1時間交代となる、その他の時間は自由だ。この訓練機も申請すれば使用してよい。申請が却下される事はないので安心するように」
おっさん将校が声をかけてその日も解散となった。
そして実機訓練が始まったのである。
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翌日、有樹がラードックに搭乗したのは4番目、つまり最後だった。
『おおぉぉ、有樹ちゃん久しぶりぃぃぃぃぃぃ』
相変わらずのAIにやはりビクッとなってしまう有樹。
訓練機のAIなどいかにも実務優先の有能秘書、という感じで、簡素な受け答えしかしてこないためギャップが激しいのも原因だった。
「あの、あのぅ、今日はよろしくお願いしまちゅ」
次の瞬間、有樹は顔を真っ赤にしてしまう。
どうもこのAIと話をしようとすると噛んでしまう。
やっぱり色々焦りがあるのかもしれない、と自分を慰めながら。
『今日は有樹ちゃんが最後なんだね、手順は覚えてるぅぅぅ?』
「ひゃ、はい。最初は≪空重液≫注入開始でしゅ」
なぜこのAIはこんな喋り方なんだろう。
話しかけられる毎にドキドキする。
専用機AIだからってあまりに変だ、全く自分のペースで進まない。
有樹の内心では不満が燻っている、と同時にとても楽だと感じていた。
なんというかリードされている感じがするのだ。
『ほいほい、≪空重液≫注入開始ぃぃぃぃ』
ほいほい、ってなんだ軽すぎる。
なんだかか年の近い男友達と話しているような気分になってくるのだ。
変だ、改めて有樹は思った。
その間に、空重液がコックピットを満たした。
当然、一瞬息苦しくなるが、肺の中の空気を時間をかけてゆっくり吐き出し、深呼吸するように一気に空重液を体内へと取り込む。
今の有樹は一度肺の中へ取り込んでしまえば、後は特に違和感なく呼吸出来る事を知っている。
『それじゃ、発進シークエンスへ移行ぅぅぅぅぅぅ・・・・・・流体装甲 強度固定チェックオッケーーーー。 稼働可能時間は 01:00:00 カウント開始ぃぃぃぃぃ』
普通ならパイロットが機体データを確認するべきはずの所を、専用機AIが勝手に手順をすっ飛ばして発進シークエンスを完了させた。
「はへ?」
思わず頭にクエスチョンマークが浮かんでしまう。
『さあ、大海原へ出発だぁぁぁぁ』
そんな有樹には全く頓着せず機体操作をうながすラードック00038。
「いや、海じゃないでしゅ・・・す」
それでも律儀に返答してしまう有樹なのだった。
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「キモチイイ」
ロボットに乗って無重力の宇宙空間を自在に飛び回ってみた有樹の感想はこれだった。
訓練機で感じた違和感も全くない、自在に思い通りに自由に動く機体と、何の障害も感じないとてもとても広い場所。
解放感が半端なかった。
『そろそろ訓練コースに入らないと時間過ぎるぞぉぉぉぉ』
専用機AIがそういってくる。
有樹はあまりに気持ち良く飛び回っていて当初の目的をすっかり忘れていたのだった。
「そういえば、あなたの名前はないんだよね・・・個体名称がラードック00038でしゅた?」
『そうだよぉぉぉ』
呼ばれた事が嬉しいのか、さらにテンションが上がった感じの返答をするラードック。
「あの、そ、それじゃ、ラードックさん行きましゅ」
また噛んだ、だけのはずだが癖になってる気がする。
有樹は少し落ち込んだ。
冷静に見えて実は上がり下がりの激しい有樹なのだった。
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有樹は初日の実機訓練がとてもうまく行った事を素直に喜んでいた。
訓練機で感じていた微妙な違和感を全く感じず操縦出来た事、それが一番の要因だったかもしれない。
「なんかすごい楽しかった」
思い返してみてもそれしか感想が出てこない。
ただあのAIと喋っていると、いつもいつもカミカミになってしまうのが不思議だ。
「確かに自分は男の人と話すのは苦手な方だけれど・・・・・・」
そう口に出してみるが、何かそれとは違う気がした。
なんというか噛むのが自然な気がしてくるのだ。
「ああ、なんなのよ、もう」
いかにもそんな自分は嫌だ、という感じで声に出してみるが、それは本心じゃないと自分では分かっている。
「早く明日にならないかな」
また、あのバカっぽい絶叫AIと喋りながら宇宙を飛び回りたい。
そう思う有樹なのだった。
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「集合!」
教官を務めているおっさん将校が4人を呼ぶ。
「選抜試験が始まり約1ヵ月、みなご苦労だった。これで選抜試験の全工程が終了した」
その日、専用機ラードック0038のパイロット選定試験全日程が終了となった。
専用機での実機訓練は4日間。
その間、それぞれに成果を見せ、最終的な判断を待つばかりである。
「今日は、この後夕食会を兼ねたレクリエーションがある。みな参加するように。専用機パイロットの発表は明日、午前八時に行われる。以上、解散」
おっさん将校はそういうと退室する。
四人は、やり遂げた充実感と選ばれるかどうかの不安で一杯だったが、約1ヵ月の間、寝食共にしてきているしそれなりに仲良くなっている。
期待と不安を分かち合いながら、誰が選ばれても恨みっこなし、というありきたりな約束をしたりして最後の夜を過ごす事になった。
そんな中で有樹は自分が選ばれる事はないだろう、と考えていた。
操作能力を測定したデータで最下位だし、長時間コックピットの中で自在に泳ぎ回るだけの体力も無かった。
その操縦の楽しさとは裏腹に、足りない部分ばかりが目につく4日間だったのである。
「どうせ私は落ちるから、受かった人は頑張ってね」
そう有樹が口に出すと、他の3人は複雑な表情をして視線を逸らせる。
「私は有樹が第一候補だと思うんだけどね」
と、お姉さん。
他の2人も同調するように頷いている。
有樹にはその理由がさっぱり分からない。
何故かと聞いてみると
「「「私にあのAIのパートナーが務められる気がしない」」」
と異口同音にいうのだった。
「そうかな?」
有樹は不思議そうな顔を傾げるのだった。
そして翌日、結果が発表された。
もちろん選ばれたのはマウカクエ・有樹・ビポッテである。