板外3 マウカクエ・有樹・ビポッテの補給大作戦 後編 - 前・後
戦争で一番大切な物ってなんだと思う?
ん? そりゃ、数だ。
相手より多くの数を集めれば戦争なんて何もしなくても勝てるってもんさ。
そうかな? もっと大事な事がある。
ほほう、それは含蓄がありそうだ、是非ご教授願いたいね。
食料だよ、食い物だよ。
いくら数を揃えようと装備を整えようと食料がない戦争なんてただの地獄さ。
はっは、食い物ね。
そんなもん敵から奪っちまえばいい。それで問題解決さ。
相手も食料を持っていなかったら?
近くの村から略奪でもすりゃいい。
それも出来なかったら?
そんなこたぁ、俺が知るか。お偉いさんが考えりゃいいんだ!
そう、それだ。
お偉いさんは食料の配布、つまり補給を考えなきゃならん。
っち、そんなもん、俺の戦場には関係ねぇよ、ちゃんと届くなら何も文句はねぇ。
お偉いさんは、後ろから食い物投げ入れてくれりゃいいんだよ。
怖い怖い、野蛮だねぇ。
でも、投げ入れるのは悪くない方法かもしれないね。
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無限に思える『蟻』の壁と無数の蛍が激しく交錯し火花をちらしている。
あまりに膨大で巨大な『壁』の前で煌く蛍は、あまりに儚く消え入りそうにも見えた。
しかしその無力に見える蛍はただ光り飛ぶだけの物ではない。
激しく燃え上がる烈火のごとき意志を持ったロボット達だ。
それぞれが撃ち、穿ち、切り裂き、壁を削り取る、すれば瞬く間に、数十、数百、数千、数万、と蟻が無残な残骸へと成り果て常世の闇に漂う無機物へと変り果てる。
彼ら彼女ら、特務部隊は不屈魂で前へと進む。
しかし、何事にも限界は訪れる。
人であれば疲労による集中力の欠如、それに伴う判断ミスの増加が顕著になってゆくだろう。
もしそれをコントロールしているのがAIであってもさして変わりはしない。
機体にかかる負荷によって生じる微妙な誤差、それは人であれば無意識下で補正を行う、しかしそれをAIであるが故に莫大な演算で賄わなければならなくなる。
演算能力に余裕がなくなれば個の動きは鈍くならざるを得ない、結果いつかは破たんが訪れる。
それだけではない、もっと深刻な問題もある。
攻撃にも防御にも『硬化液体』必ずが消費される、いかに20m級のロボットの体積を持ってしても、消費出来る量は限られているのだ。
むろん、通常であればどれ一つ破綻させることなく補給艦へ帰還し、補給とメンテナンスを受けるのが当然だ。
特務部隊に所属するほどの超一級戦闘部隊に所属するツワモノ達であればなおのこと、補給と休息の重要性は理解している。
しかし、戦場の状況がそれを許さない事は大いにありうる。
今がそうだ、あまりにも数が違うため、個々に分断され数百倍、数千倍の敵に包囲される、ということが各所で起きていた。。
それでも簡単にやられるような連中ではないが、突破し撤退するのは簡単な事ではない。
そしてそれが長引けば、やがて『硬化液体』の分量が稼働限界点を下回り、最後は成すすべなく破壊される事になる。
今、ここに一機、もはや限界点まで僅か、敵の包囲網を突破する余力がなくなった機体が最後の時を1秒でも先延ばしにして、1匹でも多く道連れにしようと覚悟を決めている。
が、数えきれないほどの蟻の壁にはほんの僅か、針の穴を通すほどの穴があった、そこを瞬間に一直線に通り抜け、その機体の元へ青い一条の閃光が飛来する。
それは流線型をした膜の中に液体を詰め込んだ物体である。
『FF600』
フェードフリュイド600と名付けられたそれは、『600秒の流体供与』という意味を込めて名付けられた補給物資だ。
これこそが、現代の最前線で稼働するロボットを支える『補給』なのであった。
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一機のロボットが武装補給艦から射出された。
そのロボットは通常のスマートなフォルムではなく厚みが通常の3倍ほどもある奇妙な外観をしている。
「ふえぇ、勝手に発艦しないでくださいよぉ」
空重液の中でふよふよと漂いながら思考で訴える有樹。
『そんな事言ってる場合じゃないよぉぉぉぉぉぉ、補給急がないと危ない機体が何体もいるみたいだぁぁぁぁぁぁ』
ラードックはそう返答しながら、前方の宙域マップを表示する。
画面の外周をビッシリと埋め尽くしている赤が『蟻』でその中を縦横無尽に動き回っている青い点が味方のロボット、そして青と黄色に点滅しているのがエンプティ間近のロボット達だ。
エンプティ間近のロボット、その大半は『蟻』の壁の中にめり込み脱出が不可能になっている様子がマップからも読み取れる。
「むりむりむりぃ、こんなハイレベルな補給無理なんですよぉ」
マップを一瞬チラリと見ただけで状況を把握したのか、発艦で騒いでいた事もコロリと忘れて作業の困難を嘆く有樹。
『無理でもなんでもぉぉぉぉぉ、やるしかないよぉぉぉぉぉぉ』
ラードックのいう事は正論だ。
補給に回っているロボットもそれなりにいるが、戦線を支える前進する事に力の殆どを注いでいる特務部隊の数からいえば極少ない。
簡単にいえば手が全く足りていないのだ。
失敗しようがなんだろうが一機でも多く参加するべき状況だ。
「あうぅ、絶対無理ですよぉ」
イヤイヤと頭を左右に振ってその勢いで重空液の中をグルグルと回転する有樹。
以外と器用である。
『とにかく、もうそろそろ物資投射の射程に入っちゃうよぉぉぉぉぉぉぉぉ』
空気読まないラードックはパイロットの意志を丸っと無視して指定ポイントへ勝手に移動していた。
まあパイロットの意志より上官の指示の方が上位に位置しているから、別に違反ではないが専用機AIでないと有り得ない程度に異例だ。
「うぅ、ホントにやるのぉ? 失敗しても怒られにゃぃ?」
『だいじょぶぅぅぅぅぅぅぅぅ、おっちゃんも失敗していいって言ってたぁぁぁぁぁぁぁぁ』
二人は上官の名前を覚えていない、普段も階級でしか呼ばないと開き直っているのであった。
「分かったよぅ、と、とりあえず、一回だけ、や、や、や、やってみりゅ」
お願いされたりすると嫌とは言えない性格をしている有樹は、結局こうやって押し切られる。
だから、無理やり押し切ってしまうラードックと相性がいいのだが。
『おっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、FF600を生成するぅぅぅぅぅぅぅぅ』
ラードックは自分の2倍ほどもあるバックパックを操作して、まずゴムのような流線型の膜を生成し、さらにその中へ『硬化液体』を投入する。
膜は衝撃に強いが柔らかい素材で完全に硬化することはない。
強度はないが真空に晒されると硬化してしまう『硬化液体』の保護には最適である。
まあ敵にぶつけたら破裂しておじゃんになるのだが気にしてはいけない。
完成したのは長さ5m幅1.5mほどの青いラグビーボールのような物だ。
600秒分の『硬化液体』を内包したFF600、これを蟻の壁へ投擲して味方に届けなければならない。
昔はAIを搭載した自走補給タンクや艦砲射撃による補給物資の投射など様々な方法が試された。
しかし、どれも成功しなかった。
光速の1/3~1/4という速度で動き回る敵味方の経路を読み切って物資を届けるなどという芸当は、結局、人のある種、超能力じみた『勘』に頼るしか方法がなかった。
『乱数が出るから正確じゃないけどぉぉぉぉぉぉぉぉ、出来る限りの情報で経路をだすよぉぉぉぉぉぉぉ』
有樹がFF600をロボットの右手で捕まえると、ラードックはすぐさま映像を切り替える。
蟻の群れを赤い波状に、味方のロボットを青点として表示、さらに波の中に緑の通路を複数表示する。
緑の通路は一瞬表示されては消える泡のような状態で、どの通路のどの一瞬を捉えれば青点に到達できるのか、それは本当であれば誰にも分からない物だ。
必要なのは長年の経験と必要な一瞬を捉える反射神経と『勘』
有樹はその画像が表示された瞬間から半眼虚ろな表情になり、右手は肩のやや上方に、四肢の力は抜け左腕と両足はだらりと垂れさがる。
映像を見ているのか見えていないのかも微妙な、それでいて緊迫した数秒が過ぎる。
そしてその瞬間、有樹の右腕がブレた。
実際、大気中であれば空気を切り裂く『スパァン』という音が鳴り響いただろう。
そう思えるほどの速さで右腕が振られた、水中にいるとは思えない速度である。
同時にラードックの右手からFF600が光速の1/3に迫る、おおよそ秒速10万kmの速度で投擲される。
そしてまさに、FF600は蒼い閃光となって蟻の作る壁を貫いた、いや正しく針の穴としか言えないほどの隙間を抜けたのだ。
「パス・コンプリート」
有樹はそう小さく心の中で呟いた。
自分には投げた瞬間、いや投げる一瞬前には成功した事が分かっていたのだ。
戻れた、戻ってきた。あの戦場に自分は戻ってまたボールを投げられる。
彼女の内心から沸きあがるそれ、それは『歓喜』だ。
「さぁ、ラードックさん。次に行くよぉ」
有樹は先ほどまで弱気だったことなどスッパリ忘れ、抑えられないその感情を前面に表しながら、補給物資を投擲すべく次の場へと自ら向かおうとするのだった。
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右手に蒼い流線型の物体を掲げたまま弛緩して停止したようなロボットへ向けて、数匹の『蟻』が高速で接近してくる。
すでに20機に補給物資を届けたラードックとマウカクエ・有樹・ビポッテは、より前方の部隊に近い位置まで移動して来ていた。
この辺りに来ると、最前衛の部隊が撃ち漏らした『蟻』の幾ばくかは、ロボット達で形成している膜の内部へと侵入できる状況にある。
そんな場所で停止していては的になること請け合いであった。
しかし、ラードックは有樹へ何の警告も発しない。
また映像で接近してくる幾つもの赤い点が見えているはずの有樹自身も全くの無反応だ。
ただ自然体で時を待つ、それは敵中でそうやすやすと出来る事ではない。
一定距離まで近づいた『蟻』が体液を飛ばした、むろん分解成分の強い『毒液』だ。
それに対応してラードックの前面から飛来する『毒液』と同数の『硬化液体』が噴射される。
ニードルではない、もっと大きい、そう直径1mほどの丸く薄い板に成形した盾だ、それを『毒液』へ向かって打ちだしたのである。
殺傷力はほぼ皆無だが、最も確実に『毒液』に対抗する手段、それがこの方法である。
まあ『硬化液体』の消費量が多くなるという難点があるので戦闘部隊は使えない選択なのだが、後衛であるこの機体で行使するのは問題がない。
遠距離の攻撃が効果をもたらさないと知るや否や、『蟻』は一気に間合いを詰め接近戦を挑もうとする。
『兵隊蟻』に全く知能がない、と断じることが出来る訳でもなさそうだ。
ともかく、さらに接近してくる『蟻』、対してラードックは未だ不動。
そしてお互いの接近武器が届くほど肉薄した瞬間、それは起こった。
振り上げられる『蟻』の鎌、一瞬が引き延ばされる中でラードックが右後下方へ ずれ《・・》た。
そして左腕が水平に無造作がつごく自然払われ、奔る右腕と一筋の蒼い閃光。
そのゆったりしたようにも見える一連の動きは、1/100秒以下という視認できないほどの極小の時間の中で行われている。
QBにとってサック(防御網を破って突入してくる攻撃)に対して、体の動きと左腕であしらいボールを守るという行為はごく自然で、最も重要なことだ。
有樹はそれを条件反射ともいえる高いレベルでごく自然に行うことが出来る。
それを筋肉が動くまでのラグすら超えてロボットの動作に反映させる、それが専用機、だからこその専用機なのだった。
『ゲットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
「パス・コンプリート」
有樹とラードックのコンビは真っ二つになった『蟻たち』の残骸を一瞥する事もなく、次の戦場へ向かう。
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武装補給艦『ベズカ』、特務部隊の総司令所も兼ねたその艦橋には二人の中年男が立ち上がって現状を見守っている。
「そろそろ、ですかな」
その一人、黒色の肌をもつ小男、ハワード少尉が誰に問うでもなく言葉を漏らす。
「予定よりかなり速い速度で進んでいるからな。そろそろ、だろうさ」
もう一人の男、特務部隊司令であるマッカ大尉は、漏れ出ただけのハワードの言葉に同意した。
「それにしても、この補給効率は本当なんでしょうかね」
ハワードとマッカの前に表示されている複雑なデータの一番下には
『92.8%』
という数字がご丁寧に金色で表示されている。
「ここに出ている数値を疑う余地などないさ。それが余りに現実離れした数値であっても、だ」
彼らが目を剥いているいるのは、マウカクエ・有樹・ビポッテ専用機の補給成功率だ。
通常、こういう乱戦状態の戦場で補給物資の投擲が成功する確率は50%を切る。
今回の作戦では補給部隊も一線級を揃えているが、それでも平均で60%に届く程度、最も成功している熟練者で74%前後をうろうろしている。
それが、一機だけ別次元の領域で作業を行っているのだ、誰でも目を剥くというものであろう。
「まあ彼女の過去を少し調べたが、地元のフェドボールチームでは100年に一人の天才少女と騒がれていたそうだな。1年前までは」
「はぁ、1年前まで、ですか。確か彼女が軍に入ってまだ3か月足らずだったはずですが、何かあったのですかな?」
代わり映えしない戦況を確認しながらも二人の興味はマウカクエ・有樹・ビポッテの過去へ向かう。
「ケガをしたようだな、右ひじの筋裂傷か。再生は簡単だったようだが、心に傷を負ったんだろうな。以後クラブを辞めて一度もボールを持ったことが無いようだ」
「ほほう・・・・・・再生は簡単になっても心の傷はそう簡単ではありませんからなぁ」
「そういうことだな、それまでの成績はまさに天才と呼ぶに相応しい。生涯成功率は97.58%、いくら地方のクラブチームとはいえ驚異的、の一言だな」
「正に、ですな。なるほど『天才』の看板に偽りなしですか。専用機持ちにしてラッキーでしたな」
「そこはマザーに感謝する他あるまい。正直、俺はマザーという『何か』があまり好きではないがな」
「おっと、おっと、それは聞かなかったことにしておきますよ」
二人がお互いを見ながら肩を竦める。
これも一種のガス抜きになったのだろう、艦橋がなんとなく弛緩した雰囲気に包まれた。
『ビー、ビー』
するとタイミングを見計らったように警告音が艦内に鳴り響く。
「報告! 最前方の部隊の損耗率が急速に上昇。間もなく0.3ポイントを超えます」
情報士官が叫ぶように報告を上げてくる。
「おっと、仕事ですか。専用機部隊を準備させろ。最前列の部隊には無理をさせるんやない、少し下げとけ、急げ」
ハワード少尉はすぐさま大きな声で指示を出す。
「ここからはエースオブエースに任せよう、待ち時間が長くて爆発寸前だろうしな」
対して、マッカ大尉は落ち着いた口調で一下級士官へ対応を丸投げするかのような発言して、ゆっくり椅子へ腰かけた。
艦橋のモニターには赤茶けた壁の一部に穴があき、その奥にある『真紅』の壁が映し出されていた。




