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短編集・話

物理的神の見えざる手的な話

作者: 陽田城寺

 男は無力であった。

 中肉中背、特に長所もなければ欠点もない、極々普通の男であるが、どうにも気の弱いところがあり、そのうえマイナス思考が板に付いていた。

 してその男は小中高大学まで一般的に卒業し、一般的な企業に普通に就職した。

 しかし男は人生がどうにも退屈なものに思えてならず、ついつい仕事や生産的な趣味に自己を投じず、無意味で無駄な娯楽に時間を使いますます人生を退屈なものだと考えてしまっている。

 そんな男が無作為な趣味のネットオークションで、みょうちきりんに面白いものを見つけた。

「魔人の魂……?」

 つい呟くほどそれの説明は突拍子もなかった。

 吸収すれば人ならざる力を得ることができます、意外と喉越しさわやかでつるっといけます、握力も筋力も百倍です、などといった胡散臭く馬鹿馬鹿しいものである。

 それに馬鹿げた力を得ることが出来るといっても、その値段は五百八十円から始まる安価なもの。胡散臭さもここまでくるとどうしたものか。

 男も同様に思ったものの、何かの食べ物であると思いそれを注文し、後日届いた。

 いよいよそれは不気味だった。

 まるで想像するウィル・オ・ウィスプという生命体がそのまま存在しているようなそれは、赤黒く発光し、時折揺らめき、しかし現実の物質とはかけ離れている様子であった。

 男は注視した。食べ物どころかそれが何であるか、どのような原子から成り立っているのか、なども考えた。

 しかしそれが胡散臭く、現実離れしていればしているほどにその胡散臭い説明文の真実味が増した。

 圧倒的な力、男は平和な日本に生まれたにも関わらず力という言葉に強く惹かれ、手に取った。

 手に取れば、何か芯のような物から湯気が出ているような感じだった。

 芯は野球の硬球のような堅さの中に柔らかさも秘めたようなもので、湯気はいやに生物的な生温かさがあった。

 飲むには少し大きいそれを、男はためらいつつ口にした。

 すると口の中に入った瞬間それは自分の意思に反し喉奥へとするりと入り込んだ。

 一瞬嘔吐感に襲われたものの、次の瞬間には体中に活気が溢れた。

 飲み込んだ体の中心から、腹部、胸、脇、肩、そして腰や腕に太腿、足の先に手の先、頭にと電流のような感覚が走る。

 男は咆哮した。既に彼の体は今までの中肉中背と違い黒く逞しく輝いている。

 腕を振るうと、小包の乗ったテーブルは軽くへしゃげ、思い切り壁を蹴ればそれは砕けた。

 圧倒的な力、壊れたテーブルの破片を握りつぶし彼はそれを再確認した。

「これが、これが俺の力か!」

 歓喜した。そしてなおも咆哮して感情を昂ぶらせた。

 退屈だと感じていた日常は既にない。あるのはただ圧倒的な力のみ。

 玄関から音がした。

「ちょっと! なんだいバタバタと! うるさいよ!」

 大家である。いつも口うるさく家賃を催促する憎き存在といえる。

 しかし彼にとってそんな煩わしい存在ももう関係ない。

 その大きくなった体を見せ付けんばかりに歩き、彼は対面した。

「よお」

「何がよお、だ! 部屋の中ぐちゃぐちゃじゃないか!」

 男は腕を振るい、大家をぶっ飛ばした。

 一撃で十メートルは吹き飛びもう起き上がってこなかった。

 呵呵大笑、男は幸福に満ち溢れ、その部屋に戻り就寝した。



 男が次に目を覚ましテレビを点けた。

 しかし男はすっかり自分が圧倒的な力を持っていることを忘れての行動であり、テレビを見て驚愕した。

 妙に筋肉質なレポーターが

「皆さんごらん下さい、一晩のうちにまるで生態系の全てが変わってしまったようです!」

 場所はよくある繁華街のようであるが、子供も老人も女性もまるで活力に溢れた様子と強靭な肉体を持っているふうに見える。

「いったいなぜこうなってしまったのか! 人間という生命体が進化してしまったとしか考えられません!」

 同時に、チャイムが鳴った。

「おいこら、昨日はよくもやってくれたな!」

 筋肉質になった大家がずかずかと入り込み、その鉄拳を振るった。

 確かに男は以前とは比べ物にならないほどの力を有した。しかし大家は女性であるにも関わらず元来気の強い者で、挙句腕っぷしも今尋常ならざるものである、と。

 男がぼこぼこになった後、大家は手をぱんぱんと鳴らし、満足したように出て行った。



 結局、男が幸せを感じたのは一瞬だけであった。

 その後、世界中の人間がどういうわけか同様に筋力の発達や使用エネルギーの変化などで強靭になったのみで、男はまさしく一日天下であった。

 後に他の生物や金属まで同様の変化が起こり、一時は脆すぎて使い物にならなかった家具類や銃器など様々な日用品も代替は可能になり、少し強くなっただけで結局何も変わらなかった。

「今月の家賃は?」

「すいません、もうちょっとで……」

 何も変わらない日常であるが、魔人の魂を吸収した時の昂揚感、大家を倒した時の快感、五百八十円に見合う幸福だったのだろう。

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