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血桜

作者: 深谷誠司

今より100年以上前の話。


とある東北の小さな集落。内陸に位置するこの集落の人々は、農耕中心の生活をしていた。


集落の奥深く、木々に囲まれた溜め池があった。とても大きく深い溜め池だ。


人々はその溜め池の水を利用し、田や畑を潤していた。



ある時、田に水を引くために、溜め池の水を流そうとしたところ、水路に水が流れて来ない。


不思議に思った農夫達は、溜め池の中に潜り、水路へと続く、横穴の方を見てみると



何と、巨大な蛇がとぐろを巻いて、水路へと続く穴を塞いでいたのだ。


男の胴体よりも太い、丸太のような体。

頭から尻尾の先までの長さは、10メートル以上はあるだろうか、はっきりとは測り得ない。

水の底でも容易に見てとれる、その体表に浮かぶ赤と緑の、禍々しい斑尾模様。

目はまるで満月のように真ん丸で、金色に妖しく光っていた。



内陸のこの集落で育った農夫達は、泳ぎが上手くなかった。

そこで、困った挙げ句、東の漁村で一番腕の立つ海女に、この大蛇の退治を依頼したのだ。



依頼を受けた海女の名前はキク。

まだ二十六の美しい女だが、漁村の誰もが認める、凄腕の海女だった。



村人達が見守る中、キクは、刃渡り40センチ程もある大きなを鉈を持ち、溜め池に潜っていった。


不気味な静寂が支配する水の中、キクは目を凝らさずとも、はっきりとそれを見た。


この世の物とは思えない、恐ろしい斑尾模様の大蛇を。


余りの信じがたい光景にキクは一瞬怯んだ。




気を落ち着かせ、鉈を持つ手に力を込め、少しづつ大蛇に迫っていった。




しかし不思議な事に、いくらキクが近付こうとも、大蛇は襲ってこない。それどころか、敵意すら感じられない。



…悲しいの?



目の前の化け物に対して、何故そう思ったのかは自分でも分からないが、そう思ったキクの脳裏に、どこからともなく声が聞こえてきた。


美しく切ない女の声だ。


「私を殺しに来たのですね。分かっています」



キクにはその声が、目の前の大蛇の声だと、直感的に気付いていた。



「どうか、痛みの無いよう、その鉈の一振りで、私の頭を切り落として下さい」


「私はこの醜い体ゆえ、動物達からは蔑まれ、人間からは災厄の化身として忌み嫌われ恐れられてきました。たった一人で追われるように、この溜め池に逃げて来ました。こんな醜い姿で生まれてしまったこの私の苦悩、女のあなたなら分かって頂けるはず。それだけで十分です。さぁ、決して怨みはしません。私をこの悲しみから救って下さい。」


キクは泣いていた。

大蛇の悲嘆な心の叫びを聴いて、

ただ、キクは泣いていた。

……分かった。


意を決したキクは、鉈を両手で持ち、ありったけの力を込めて、大蛇の頭を一振りで切り落とした。

「…ありがとう。ありがとう」


穏やかで静かな感謝の言葉が、キクの頭に何度も何度も鳴り響いていた。

キクは村人達に、大蛇の亡骸の上に塚を築かせ、弔わせた。



しかし、それからと言うもの、キクの脳裏から、あの大蛇の悲しい声が離れなかった。


何とか救ってやりたい。 何とか成仏させてやりたい。


そこでキクは、桜の苗木を大蛇の塚の上に植えたのだ。


醜い蛇ではなく、美しい満開の桜に生まれ変われるように祈りを込めて。

…数十年後。

大蛇の塚の上には、それはそれは大きく、見事な桜が咲き誇り、春には村の者達が揃って花見に集まった。


そして、その桜の木の枝を折ると、まるで生きているかのように赤い血を流したそうだ。真っ赤な生き生きとした血を。

人はその桜を『血桜』と呼んだとさ。



おわり



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