63.ヴィルヘルム・フォン・プロイセン皇太子
1943年12月6日 チェコ王国 ドイツ国境付近
俺はマンシュタイン元帥から報告を受けた直後に、陸軍5個師団を引き連れてドイツ国境を越えた。この1~2日以内にフランス国境近くに日本軍を展開させないと、今回のクーデターにより指揮系統が混乱しているドイツ軍の隙をついて、西側連合軍が確実にフランス側のドイツ国境を突破してくるだろう。
マンシュタイン元帥からはアイザックとクラーラがパリに逃げたという報告を受けたが、ここにきて作戦を中止するという選択肢はない。
仮にここで作戦を中止すれば、孤立したマンシュタイン元帥率いるクーデター軍は、連合国側に支援を求める可能性が高い。
チェコ王国からシュトゥットガルトに到着するまでに、何度か武装SSの部隊とドイツ陸軍の戦闘に遭遇した。ただ、数で圧倒するドイツ陸軍が武装SSを包囲して降伏させるという展開になっていた。そのため、ドイツ陸軍に加勢はせずに、交戦中のエリアを迂回しながら進軍したので、戦闘に巻き込まれることはなかった。
国境を防衛しているドイツ陸軍と合流するために本隊とは別れて、司令部大隊と後方支援部隊はシュトゥットガルトに到着した。
シュトゥットガルト市長とドイツ陸軍の幹部が、町の入口で出迎えてくれていたので、彼らと一緒に街の中心部にあるホテルまで市街を行進した。
沿道には大勢の市民が日の丸を振って俺達を歓迎してくれていた。プロイセン王国が連合国と停戦するまでは、この街に滞在しなければいけないので、市民から歓迎されているようで一安心だ。行進する日本軍の兵士達には予め笑顔で、沿道の市民に手を振るよう指示していたので、軍隊の行進というより、スポーツ選手の凱旋パレードのような雰囲気だ。
俺達を歓迎してくれるドイツ市民のためにも、できればドイツが戦場になることは避けたい。流石のアメリカもドイツと全力で戦ったあとに、日中ソ連合に喧嘩を売るような力は残っていないだろうから、こちら側から落としどころさえ用意してあげれば、講和に持ち込めるはずだ。
シュトゥットガルトでの生活もようやく落ち着いたと思った一週間後、マンシュタイン元帥から連絡がありベルリンに呼ばれた。
マンシュタイン元帥からは空軍の輸送機を手配するか聞かれたが、ドイツ空軍はクーデターに参加していないので、まだ完全に信用できる状況ではない。なので、大日本帝国海軍の輸送機に護衛の戦闘機を4機だけ伴って、俺はシュトゥットガルト郊外に即席で建設した飛行場からベルリンに向かった。
マンシュタイン元帥の息子のゲーロ大尉と、椿の3人でベルリンの飛行場を降りると、マンシュタイン元帥が迎えに来てくれた。俺たちは軽く挨拶を済ませ、車の中でこれからの予定について説明を受けた。
「これからベルビュー宮殿に向かい、ヴィルヘルム・フォン・プロイセン皇太子殿下と謁見していただきます。そこでプロイセン王国の新内閣の閣僚予定のもの達と日独安全保障条約の内容につての会議を行います。ちなみに私は今回新内閣の首相を務めさせていただきますので、今後ともよろしくお願いします」
「マンシュタイン元帥が首相ならプロイセン王国の未来は明るいですね。これからは今まで以上に良い関係が築けそうです」
「そう言っていただけると有難いです。唐突で申し訳ないのですが、私と友人になっていただけませんか?私には国外に頼れる友がおりませんので、園田閣下だけが頼りなのです」
「それは願ってもない申し出です。マンシュタイン元帥と友人になれるなんて、夢にも思っておりませんでした。是非俺の方からも、よろしくお願いいたします。それに、ご子息のゲーロ殿とは実は既に友人です。家族ぐるみのお付き合いをさせてください」
「おお!そうでしたか!息子共々よろしくお願いします。それでは、友になった証にこちらをプレゼントします」
マンシュタイン元帥は後部座席の後ろから小さめのアタッシュケースを取り出して、蓋を開けると黄金のルガーP08が2丁入っていた。ルガーのグリップには鉤十字ではなく、プロイセン王国の国章が刻まれていた。
「おぉ、これは素晴らしい。実は黄金のルガーをずっと欲しいと思っていたんですよ。ありがとうございます。一生大切にします」
ルガーの2丁拳銃は男のロマンだからな。早く日本に戻って悠斗と翔に自慢したい。
「はい。日本では作ってないサイズの弾丸だと思いますので、帰りに何箱かお渡ししますね。それとは別に通常のルガーも1カートンお渡ししますので、お土産用にしてください」
「お土産まで気を使っていただき、ありがとうございます」
「話は変わりますが、今回のクーデターでナチスが使っていたユダヤ人の収容所から、ユダヤ人を解放しまして、変わりにナチ党幹部と親衛隊の連中をそこに放り込んでおります。奴らがユダヤ人にしてきたことを考えると、この程度でユダヤ人に許しては貰えないでしょうが、ナチス党幹部と親衛隊を全員裁判にかけて、処遇を決めていきたいと思います」
ドイツやポーランド等のドイツ軍の支配地域にいたユダヤ人のうち7割は日本に移住、2割はアメリカに亡命したが、約1割は国外退去に応じず強制収容所に入れられたと、部下のユダヤ人から聞いたことがあったが、その人たちが今回ようやく解放されたようだ。
なお、日本にいるユダヤ人は既に帰化して全員日本人になっている。なので、ユダヤ人と呼ぶと元々住んでいる日本人と区別しているように聞こえるから、今では公共の場ではユダヤ人という呼称は使わずに、仏教やキリスト教と同じように単にユダヤ教徒と呼ぶことになっている。ほぼ単一民族の国家に大量の移民を入れると混乱が生じないか心配していたが、予想以上に同化が進んでおり、あまり差別の話などは聞くことはない。
しかし、日本では全く差別がないと言う話ではない。元朝鮮人への差別や部落差別は俺が元いた時代からは考えられないくらい深く根付いている。そのため、被差別部落出身者から多数の警察官を採用して、差別に基づく犯罪等を専門で対応する部隊を設立し、厳しく取り締まっている。また、学校でも差別をする生徒には教師が厳しく指導し、差別問題について授業でも取り上げ、少しずつではあるが、そのような差別の根絶に向けて動き出していた。
窓からベルリンの街の様子を眺めているが、先日までは街中に掲げてあったハーケンクロイツ旗の姿は今はどこにもない。もちろんそこら中に歩いていた親衛隊の姿はどこにも見当たらなくなっていた。まるでお祭りのようにナチス一色に染まっていたベルリンの街並は、今は歴史を感じさせる落ち着いた美しい街並みに変貌していた。きっとこれが本来のベルリンの姿なのであろう。
ベルビュー宮殿は陸軍により防衛陣地が構築され、厳重な警備体制のなか、格式高く美しいその佇まいは、訪れる人々にプロイセン王国の威光を知らしめるようなそんな威圧感さえあった。
俺達を乗せた車は宮殿のゲートの前で停車し、衛兵が車内を覗くと、マンシュタイン元帥の存在に気が付き、ナチス式ではなく陸軍式の敬礼をして、ゲートを通してくれた。
車を宮殿の入り口前に停めると、正面の入り口前で待っていたドアマンが俺たちの車のドアを開けてくれて、車から降りるとスーツに蝶ネクタイを付けた紳士が出迎えてくれた。
「園田閣下、お初にお目にかかります。私は旧プロイセン王国時代に国王の宰相をしておりました公爵の息子で、この度王国の再興に際して再び宰相を任せていただくことになりましたベルトルト・フォン・バーデンです。本日はよろしくお願いいたします」
「バーデン卿、わざわざお出迎えいただき、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
俺は宰相と握手をしたあとに椿も続いて挨拶をしようとしたが、宰相はまるで椿が視界に入っていないように、椿を無視しようとしたので、俺の方から宰相に椿を紹介した。
「バーデン卿、彼女は俺の秘書の椿です。よろしくお願いします」
宰相は一瞬だけ顔をしかめたように見えた。
「もちろん存じておりますよ。彼女が副総統で親衛隊大将だった頃に、長いナイフの夜では私の友人は殺され、その後も私のユダヤ人の友人達は彼女の命令で収容所に送られたり、全財産を取られてドイツから追放されました」
俺は椿の方を見ると、椿はバツの悪そうな顔で頷いているので、本当のことなのだろう。
「なるほど、そうでしたか。顔見知りでしたら自己紹介は不要でしたね。辛いことを思い出させて申し訳ない」
「いえ、お見苦しいところを見せてしまいました。非礼は私の方ですので謝らないでください。今は日本に帰化されて、椿さんでしたね、改めてよろしくお願いします」
バーデン卿が椿に右手を差し出すと、少し躊躇いながらも椿はバーデン卿の手を取り握手をした。
「ご友人達には申し訳ないことをしてしまいました。何とお詫びして良いか、言葉が見つかりません」
「いえ、あなたも仕事だったのですから、そのことはお互い忘れましょう」
「宰相殿、ありがとうございます」
「それでは皇太子殿下がお待ちですので、ご案内させていただきます」
バーデン卿はニッコリと笑って俺達をエスコートしてくれた。
宮殿の中は隅々まで掃除が行き渡り、とても清潔感はあるのだが、美しい宮殿の外観からは想像できないくらい、装飾品の類がほとんど置かれていなく質素な内装だった。
バーデン卿に聞いてみると、ベルリンに原子爆弾を設置して市民を避難させたときに、親衛隊が絵画等の美術品だけじゃなく、テーブルや絨毯、食器に至るまで全て宮殿から運び出されたとのことだった。ベルリンから持ち出したこのような資産は恐らくはベルヒテスガーデンに集められているとのことだ。そして、そのベルヒテスガーデンにはボルマン副総統を中心にクーデターを逃れた親衛隊が集結しており、現在も陸軍との睨み合いが続いている。
陸軍はこれ以上ドイツ人同士で血を流す事を避けるために、兵糧攻めをすることに決め、ベルヒテスガーデンに続く道を全て封鎖した。ベルクホーフには数か月分は備蓄があるので長期戦になりそうだ。
宮殿の貴賓室に入るとヴィルヘルム・フォン・プロイセン皇太子が待っていた。皇太子と言っても60歳を過ぎており、既に父である王が亡くなっているため実質は国王なのだが、ナチス政権の下では王政の復活は叶わず、プロイセン王家の家長を相続したものの、国王に即位することはできなかった。
「殿下、私は大日本帝国陸軍大臣の園田誠司と申します。この度は謁見の機会を与えていただき、光栄の極みでございます」
「園田大臣、遠いところよくお越しいただきました。この度は王政の復活への助力いただき、ありがとうございます。これまでの話はすべてマンシュタインから聞いています」
俺は両手で皇太子と握手をし、椅子を勧められたので皇太子に続いて着席した。
「やはり国王あっての国家、国民だと思いますので、ようやくドイツは正しい姿に戻れますね。我が日本国の天皇も、この度の王政の復活をとても喜んでおります。こちらが天皇からの書簡です。お納めください」
俺は悠人に頼んで送ってもらった書簡を皇太子に渡した。
「確かに受け取りました。後で返事を書いてお渡ししますので、このあと少しお待ちいただくことはできますか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
それから暫くは天皇と日本の皇族についてや、清国の最後の皇帝である愛新覚羅溥儀の近況や5王国の現在の状況など主に王族についての質問をされ、皇太子との会談を終えた。
数日後にはプロイセン王国の建国を宣言し、正式に王になるので、戴冠式には是非日本の皇族も参加してほしいとのことだった。半ば諦めかけていた国王への即位が嬉しかったのだろう、終始笑顔で会談を終えた。




