59.ベルリン観光
講話会議が終わった翌日、ドイツ陸軍のマンシュタイン元帥と彼の部下の数名の陸軍将校に案内されてベルリンの街を観光することになった。
椿と藤井先輩はあまり出歩かないで欲しいというドイツ側からの要望で、宿泊先のホテルで留守番をしている。
ベルリンの街は一時ソ連軍に包囲されていたにも関わらず、原子爆弾が設置されていたため、ソ連軍が手を出せず建物等は完全に無傷の状態で残っており、統一感のあるとても美しい街並だった。
しかし、いくらか住民は戻ってきているものの、営業を再開している店はまばらで、外を歩いている人の多くは軍服を着ていた。
俺達とは停戦しているからと言っても、まだドイツの西側国境付近では西側連合軍との激しい戦闘が続いている訳だから、民間人があまり外を出歩かないのは、当然と言えば当然のことかもしれない。
ベルリン市内の観光地も車で何箇所か回ったが、観光客に出会うことはなく、誰もいないブランデンブルク門等をゆっくりと見て回ることができたので、この光景を見ることができる外国人は世界で俺だけかもしれないと思ったら、少し興奮してしまった。
昼食はベルリンのレストランで、マンシュタイン元帥お勧めのザウアーブラーテンを食べた。ザウアーブラーテンは肉をローリエ、クローブなどのスパイスとセロリや玉ねぎなどの野菜と一緒に一度酢漬けにしてから煮込んだ料理でだ。こってりとしてそうな見た目だが、あっさりとした甘酸っぱい味で、肉もフォークで崩れるくらい柔らかいので、あっという間に一皿食べてしまった。
せっかくベルリンに来たので、ソーセージでビールを1杯やりたいとマンシュタイン元帥に伝えると、喜んで行きつけのビアホールに案内してくれた。元々案内しようと思っていたらしい。現在のベルリンで開いているのは元陸軍の将校が経営するこのビアホールとベルリンで一番古い老舗のビアホールの2軒しかないとのことで、ビアホールの店内は非番の陸軍の軍人で賑わっていた。俺たちは2階の個室に案内されてビットブルガーを人数分とソーセージを注文した。
マンシュタイン元帥といえば代々のプロイセン貴族であり、生粋のプロイセン陸軍軍人であったと記憶している。そして、彼はドイツ陸軍最高の頭脳と称され、対ポーランド戦やフランス戦では多大な戦果を上げている、名実ともに最高の軍人だ。実は今回のベルリン訪問では彼と会えると聞いてかなり興奮していた。
ビールが全員に回ったところで、マンシュタイン元帥達と乾杯をした俺は、適度に冷えたビットブルガーを勢いよく喉に流し込んだ。日本に輸入したドイツビールはたまに悠斗や翔と飲んでいたが、本場で飲む生ビールは格別に美味しかった。
「園田閣下は史上最年少で首相や陸軍大臣を任される、大日本帝国陸軍創建以来の天才であると伺っており、お会いするのがとても楽しみでした。お会いしてみたら思っていた以上に若く、そして聡明な方で驚きを隠せません。まさかドイツ語まで堪能であるとは感服いたしました」
「マンシュタイン元帥にそのような評価をいただけて、大変光栄です。俺もベルリンに行ったら是非マンシュタイン元帥にお会いしたいと思っておりました。ドイツ語は天皇陛下の専属コックの元ドイツ人のユダヤ人から習いました」
「ほぉ、元ドイツ人が天皇陛下の料理人をしているとは、ドイツ人として光栄です」
「ドイツの方々はユダヤ人がお嫌いだと聞いておりました。マンシュタイン元帥もやはりユダヤ人はお嫌いですか?」
友好的なムードでいきなり場をぶち壊すような質問をしたが、大日本帝国陸軍にはユダヤ人の将校もおり、お互い本音で語るためには避けて通れない話題だろう。
「いえ、私はユダヤ人に対して悪い感情は持っておりませんよ。むしろニュルンベルク法が制定された際には総統に直訴までして、危なく陸軍を追放されるところでした」
マンシュタイン元帥は自嘲気味に笑いながら話しているが、目の奥に暗いものを感じる。
「アーリア条項ですか・・・」
「おぉ、そうです。園田閣下はさすがに見識が広いですね。そのアーリア条項のせいで我がドイツ陸軍は優秀な将兵を多数失いました。戦争で敵に撃たれて戦死するなら、まだ彼らも本望でしょうが、まさか自分が忠誠を誓った国に裏切られるとは、本当に悔しかったでしょう・・・」
マンシュタイン元帥はジョッキに残っていたビールを一息で飲み切って、俺の分のおかわりのビールも一緒に注文してくれた。
「お節介かもしれませんが、そんな話をして大丈夫ですか?SSに聞かれたら問題になるのでは?」
「ご心配には及びません。ここに集まっている私の部下はみな、プロイセン時代からの私の部下で、ナチ党員は一人もおりませんし、このビアホールを経営しているのも、もう退役しておりますが私の友人で、店の客も陸軍ばかりです。客にゲシュタポが紛れているかもしれませんが、この個室は防音になっているので、外には聞こえませんよ。なので、園田閣下も遠慮なく話して大丈夫です」
ドイツ陸軍でも特に貴族出身の将校はナチスを嫌うものも多いと聞いているが、ここまでとは思わなかった。
「わかりました。さっきの話ですが、アーリア条項を俺が知っているは、元ドイツ陸軍のユダヤ人が日本に帰化してから、大日本帝国陸軍に大勢入隊しているからですよ。ちなみにユダヤ人の陸将も一人います」
「そうでしたか・・・。園田閣下、ありがとうございます。少しだけ気持ちが軽くなりました。ドイツ国内では他国に逃げ延びたユダヤ人の情報が一切入って来ないので、その話を聞けただけでも、今日園田閣下とお会いできたことは私にとって大きな収穫でした」
マンシュタイン元帥の部下の将校たちも俺の話を聞いて皆嬉しそうにしている。ベルリンに来る前の彼らドイツ軍の印象は、無表情で冷血なドイツ兵のイメージだったのだが、目の前で同じ樽のビールを飲む彼らは皆温かみのある笑顔で笑う、俺達と同じただの軍人だった。
「むしろ感謝したいのは僕の方ですよ。ニュルンベルク法のおかげで日本はヨーロッパから数多くの優秀な人材を手に入れることができたのですから。彼らは日本の宝です」
「園田閣下、やはりあなたは本当に聡明なお方だ。実は園田閣下がポーランドやオーストリアに立憲君主制の王国を建国したときは、私は心臓が飛び出るくらい驚いて、嬉しさの余り思わず踊りだしそうになってしまったのですよ」
「何故そんなに喜んでいただけたのですか?」
「それは、日本がドイツを占領したら、プロイセン王国が復活するかもしれないと思ったからです。私をはじめプロイセン時代からの陸軍の軍人たちは、王の軍で王のために戦うよう教育を受けてきました。それは私の父や祖父も皆同じです。それが、共和国になってからは国家という抽象的なもののために、命を懸けて戦えと言われ、心に虚しさを感じていたのです。」
「なるほど、マンシュタイン元帥のお気持ちは痛いほど分かります。我々大日本帝国は幸運にも天皇陛下がおられまして、陸海空の三軍すべて陛下の軍、皇軍であると自覚し、陛下のために戦う喜びがありますが、それがなくなると考えると胸が張り裂けるような気持ちになるでしょう」
自分で言いながら感極まって、自分が涙を流していることに気づき、慌てて涙を拭こうとしたとき、横に座っているマンシュタイン元帥が俺に向き合って、彼も涙を流しながら俺の手を握ってきた。周りを見るとマンシュタイン元帥の部下たちも皆涙を流している。誇り高い彼らプロイセン軍人が男泣きするなど、よっぽど辛い思いをしてきたのだろう。
「私たちの気持ちを分かっていただけて、本当に嬉しいです。園田閣下、私たちにお力を貸していただけないでしょうか」
「お力になれるかは分かりませんが、お話を伺ってもいいですか?」
「はい。ありがとうございます。我々の掴んでいる情報ではアメリカは、今回のドイツからの講和会議の要請に対して、ドイツの西側連合国側への無条件降伏以外は受け入れないと回答する方針のようです」
マンシュタイン元帥の情報は大日本帝国陸軍の戦略研究所が予想した結果と同じだが、こちらは様々な情報を元にした精度の高い予想であって確証はない。そして、国家安全情報局の方はまだ西側連合国の回答についての情報はまだ掴めていなかった。
ここでその情報を出してくるということは、マンシュタイン元帥は恐らく確証を持っているのだろう。
「マンシュタイン元帥が確信しているということでしたら、確かな情報なのでしょう」
「ご信用いただき、ありがとうございます。残念ながら情報元は明かすことはできませんが、園田閣下の信頼を裏切るようなことにはなりませんので、ご安心ください」
この段階で情報元を俺に教えるような人間だったら、俺は彼を信用していなかっただろう。
「承知しました。連合国が受け入れないとすれば、ドイツはかなり厳しい状況になりますね」
「はい。私は連合国だけを相手にしてもドイツは勝てないと確信しておりますが、総統はそうは考えていないようです。西側連合国側との講和に失敗した場合、総統はレッシェンを再びアメリカとイギリスに投下する計画のようです。もしそんなことをしたら、ドイツが後に無条件降伏を受け入れたとしても、独立国家として存続することすら西側連合国は認めないでしょう。それどころか報復にドイツを虐殺する可能性だってあります」
マンシュタイン元帥の言うとおり、ここでさらにドイツが原爆を使用したら、敗戦後にドイツは解体されて、西側連合国により分割統治されることになるか、アメリカの統治領になる等、何れも独立国家として主権を持つことは許されないだろう。
「なるほど。俺もその可能性は高いと思います」
「そこで、我々が主権を認められた独立国家として生き残るには、日本に頼るしかないと結論に至りました。五王国と同様に我々も立憲君主制に戻り、プロイセン王国の復活をさせていただきたい!」
「なるほど。お気持ちは分かりましたが、既にドイツとは停戦しており、講和条約の締結も間近となっている今、ドイツに日本軍や人民解放軍を差し向ける事はできませんよ?」
「はい。それは承知しております。動かすのは私共ドイツ陸軍を使ってください」
そういうことか、それなら協力も可能か…。
「なるほど、ドイツ陸軍がクーデターを起こして、総統やSS、ナチ党幹部を逮捕、ヴィルヘルム・フォン・プロイセン皇太子殿下を国王としたプロイセン王国の建国を宣言し、五王国と三カ国連合がプロイセン王国を独立国として承認。承認後はこちらの勢力に加入して、日本軍がドイツ国内に駐屯することで連合軍にドイツに手を出させないようにする。ということで良いですか?」
「流石は日本陸軍一の天才と言われた園田閣下です。私がお願いしたいのは正にそのことです。いかがでしょうか?ドイツが連合国に占領されるよりも日本にとってメリットはあると思いますが」
歴代最年少で総理大臣になっているから天才と言われることもあるが、総理大臣になったのは運営から貰った地位と能力のおかげで、肝心の俺自身は天才どころか、むしろ頭が悪い部類に入るのだが、謙遜するのは日本の悪習なので、それについては反応せずに流させてもらうことにした。
確かにドイツが西側連合国に取り込まれると、核や航空技術が連合国に渡ることになる。現在でもドイツの技術力は日本やアメリカより数年は進んでいるから、西側に技術が渡れば日本は完全にアメリカの後手に回ってしまう。戦後は恐らく日本とアメリカの二極化が進むことになるから、今のうちに少しでも優位に立っておきたいが、アイザックを裏切ることになってしまう。だが、友情か国益かの選択肢だと比べるまでもない。
「ヴィルヘルム皇太子殿下には話はと通してあるのですか?」
「はい。既にヴィルヘルム殿下の承諾はいただいております」
なるほど、ということは、俺たちが参加しなかったとしても、彼らはクーデターの準備を完了して、実行に移す段取りになっていたのだろう。
「動くとすれば俺達がドイツにいるから西側連合軍が攻撃を止めているこの1週間以内になりますが、間に合いますか?」
「はい。既に各部隊準備を始めており、詳細な作戦計画も完成しておりますので、5日もあれば十分です」
「ちなみにクーデター軍、いやプロイセン軍の兵力はどのくらいの規模になりますか?」
「私達の指示に従うのは陸軍の7割で残りの3割の内訳は2割は中立、1割はナチ党員です。空軍は5割で、武装SSについてはゼロです」
「そうですか、それでは武装SSとの戦闘になると思いますが、戦力比はどれくらいですか?」
「こちら側の陸軍420万人に対して武装SSは90万人ですから戦力比では圧倒してます。しかし、その半数はフランス国境で連合軍と交戦中なので、実際に動けるのは200万人です。武装SSに関しても我々と同様にフランス国境で交戦中のため、実際に動けるのは50万人もいないでしょう。ですので、戦力比は4対1となります。そして、今回は長引かせると連合軍に隙を突かれてしまうので、一晩で決着を付けます。ドイツ全土で同時にSS幹部とナチ党幹部そして、総統を逮捕します。総統さえこちらで抑えられればSSは我々に手出しをできなくなります」
思ったより普通な作戦だけど、アイザックへの忠誠心が高いSS相手ならアイザックを人質に取れば手が出せないのだろう。
「分かりました。天皇陛下にも報告しなければいけません。この場で即答はできないので、12時間ください。もちろんその間に僕が裏切らないかご心配でしょうから、作戦が終わるまで俺に監視を付けてください」
「承知しました。こういう状況ですので、疑心暗鬼になるかもしれません。お言葉に甘えてお互いの為に監視を付けさせていただきます」
「はい、それで一刻を争う状況ですので、俺はここで失礼します」
俺はここまで乗ってきた車でホテルに送ってもらった。そして、マンシュタイン元帥の部下4名が俺のベルリン滞在中の護衛という名目で、一緒にホテルに残ることになった。
ホテルの部屋に戻ってからすぐに悠斗と翔に、ボイスチャットで今回の件を相談したところ、二人とも「ヨーロッパのことは誠司に全部任せるから、自由にやってくれ」とのことだった。椿と藤井先輩にも確認したが、藤井先輩が「アイザックとクラーラの命があるならOK」で、椿はクーデター軍の支援をすることに賛成とのことだった。
プロイセン王国は大日本帝国の立憲君主制のモデルになった国だが、ドイツ南部の住民にはプロイセン王国よりもドイツ帝国の方が馴染みがあるかもしれない。そもそもドイツ革命以降、共和政はドイツに馴染まずにヒトラーの台頭を許した訳だから、個人的見解になるが、ドイツ人は絶対的な支配者に依存する傾向が強かったのではないだろうか。




