53.結婚記念日
1943年3月23日 大日本帝国 東京都 陸軍大臣公邸
陸軍大臣公邸では楓と梢が経理部から上がってきた決算報告書を確認していた。
梢が入社したことで業務の幅が広がり、誠司がいない間もSKホールディングスは急成長を続けている。現在は東京、横浜を中心にチェーン展開した直営の飲食店の事業と、通信教育、学習塾、外国語教室の教育関係のフランチャイズ事業がSKホールディングスのコアビジネスとなっている。どちらの事業もこの短期間で国内トップの売上を叩き出すようになった。
また、今年度の決算で大幅な黒字が見込まれるため、新たにコンピュータの開発を手掛ける、SK電子産業の設立準備を始めた。
「誠司がこの決算報告書見たらきっと驚いて倒れちゃうね」
「うん」
「SK電子にスカウトする国内の研究者と技術者のリストはできた?」
「これ」
梢がスカウト予定のリストを楓に渡した。
「ふ~ん。これ全員イギリス人とユダヤ系ドイツ人だね。みんな帰化してる日本人なんだよね?」
「うん」
「母語が日本語の日本人はいないの?このメンバーで開発したらコンピューター言語がドイツ語か英語ベースになっちゃうよ」
「この時代の日本はデジタルコンピュータの研究はあまり進んでない。アメリカ、イギリス、ドイツが中心」
「そっか。じゃあ、仕方ないか。せめて、その人達のアシスタントには母語が日本人も入れてね」
「うん」
「そのうち工場とかも建てなきゃいけないから、研究所は土地が広くて安いところが良いかな。埼玉県の川越市とかどう?」
「ん、良くない」
「最初は大型のコンピューターになるから輸送が大事。ユーザーは政府機関か大企業の本社になるから東京コンピューターの搬入は東京が中心。だから、土地が高くても都内に工場を建設するべき」
「なるほど。それならどこがいいかな」
「品川。既に機械工業が多いから部品の調達も近場でできる」
「なるほどね~。じゃあ、それで進めようか。土地探しといて」
「わかった」
「それにしても、今日は初めての結婚記念日だけど、誠司は帰ってこれないんだよね。クリスマスも正月も梢と二人だったし…。もう、限界だよ!!ワルシャワに押しかけちゃおうかな!?」
「だめ」
「どうして?」
「そんな時間はない」
「はぁ…。分かってるけど。椿が羨ましいな。誠司に会いたいよ」
「もうすぐ戦争は終わからすぐ会える」
「うん。お金も人生10回分は稼いだし、戦争終わったら仕事辞めてくれないなか~。ずっと楓が見えるところにいて欲しい」
「メンヘラ女」
「メンヘラでいいもん。別に楓は誰に何を言われても誠司がいれば良い。梢は好きな人とかいないの?」
「いない」
「ふ~ん。これまで一度も?」
「一度もない」
「ふ~ん。じゃあ、うちのお兄ちゃんと結婚しちゃいなよ!お兄ちゃん顔は悪くないし、性格は真面目だし、誠司のこと大好きだし。うん!そうしよう!」
「興味ない」
「あっそ。でも、こっちにお兄ちゃんが帰ってきたら、一度会ってもらうからね。それくらいは良いでしょ?」
「うん」
二人の話が丁度途切れたところで、佐藤二曹が執務室のドアをノックした。二人の会話を邪魔してはいけないと、ドアの外でノックするタイミングを伺っていたのだ。
「失礼します。園田閣下よりお荷物が届きました」
「えっ!誠司から!?」
楓は勢いよく椅子から立ち上がってドアに向かって駆け出した。
荷物は陸軍が弾薬を入れるのに使用している木箱で届いた。佐藤二曹が木箱を応接テーブルの上に運び、バールで蓋を開けた。
木箱を開けた一番上に楓宛ての手紙が入っていた。
『楓へ 結婚記念日おめでとう。いつも淋しい想いをさせてごめんね。俺は毎日ワルシャワで楓のことを思っているよ。ワルシャワの街を散歩しているときに、楓に似合いそうな服とかアクセサリーを色々見つけたから送るよ。あと、一番下の箱は楓とお揃いのブレスレット(ちょっとオシャレなやつ)が5本入っているから、楓の友達とお揃いで着けると良いよ。ほかには、ハンカチとスカーフ、ネクタイ、チョコレートとか飴とかもたくさん入れてあるから、お手伝いさんとか従業員に配ってあげてね。愛してるよ。 誠司より』
楓は誠司の手紙を抱きしめた。そして、楓の目から涙が零れ落ちた。梢が自分のハンカチで楓の涙を優しく拭いてあげると、楓は笑顔で梢にお礼を言った。箱の中には手紙にもあったようにシンプルなデザインのプラチナのブレスレットが5本入っていたので、日本のジュエリーショップで裏にそれぞれの名前を彫ってもらい、1本は自分が着けて、梢と佐藤二曹、紺野二曹に渡して4人でお揃いのブレスレットを着けることにした。もう1本は椿が帰ってきたら渡すために、名前だけ彫って保管しておくことにした。




