48.梢と椿
1942年8月10日 大日本帝国 東京都 陸軍大臣公邸
陸軍大臣公邸の応接室には3人の女性が重苦しい空気で座っていた。
和室の上座には#園田 楓__そのだ かえで__#が座り、向かい合う形で、下座には二人の白人女性が正座をしている。ドイツから逃亡してきたクラーラ・ヒムラーこと#新山 梢__にいやま こずえ__#とリーネ・ゲッペルスこと#橘 椿__たちばな つばき__#である。
「それで、二人は楓に何か言うことがあるんじゃないのかな?」
重苦しい空気のなか最初に#梢__こずえ__#が口を開いた。
「助けてくれてありがとう」
楓は表情を変えずに#椿__つばき__#に視線を移す。
「今まで連絡も取らず、チャットもブロックまでしていたのに、助けていただき本当にありがとうございました」
椿の方が楓よりも年上なのだが、FPSゲーム『バトル・オブ・エネミー・ライン』でチームを組んでいた頃から椿は誰に対しても普段は敬語を使うので、椿は特に気にしていない。
「そうだよね。まずそこだよね。楓はなにも悪くないのに二人とも楓のことブロックしてたもんね?楓はあのときどれだけ辛かったか…」
楓は両手で顔を覆い泣いている素振りをした。
「楓、ごめん。何でもする」
「私も償いと命を助けてもらったお礼に何でもいたします。これまでのことは、大変申し訳ございませんでした」
梢と椿が二人揃って楓に土下座をした。椿は見た目は白人のモデルのような体型でフォーマルな女性用スーツを着ており、映画に出てくる女性のビジネスパーソンの様な外見をしている。一方、梢は童顔で身長も低いうえにロリータファッションなのでフランス人形の様な外見をしている。そんな二人の土下座には非常に違和感がある。だが、この部屋には楓達三人の他には誰もいないので、気にするものはいなかった。
「ふ~ん。じゃあ、今日から二人は楓の部下ね。二人ともうちの会社の専務にしてあげるから、これかからは楓のために一生働いてね。いい?」
「わかった」
「はい。ありがとうございます」
二人の返事を聞いて今まで不機嫌そうな顔をしていた楓が笑顔になった。
「じゃあ、もう仲直りでいいよ。頭上げて、足も崩して」
梢と椿は土下座の体勢から頭を上げて、足も正座から少し崩した。
「もう誠司から二人が処刑されるかもしれないって話を聞いて、凄い心配したんだからね。それで、念のため聞いておくんだけどさ、日本陸軍のクーデター事件に関わったのって二人じゃないよね?あの事件で誠司が助けてくれなかったら、楓も死ぬところだったんだよね」
楓の目からハイライトが消え、笑顔から一瞬で無表情に戻った。椿と梢の目には楓の後ろにドス黒いオーラが漂っているように見えている。
「私は違う」
梢は椿のオーラを見て慌てて否定する。
「私もあれには関与しておりません。あれはクラーラが独断で動いていたと、後になってから知りました」
椿もすぐにクーデター未遂事件への関与を否定した。二人が関与を否定してから楓はしばらく無言で交互に二人の目を見つめる。冷や汗を流しながらも目を逸らさない2人をみ見て、楓の表情が笑顔に戻った。楓からオーラが消え、見つめられていた二人からはホッと息が漏れた。
「あ~、やっぱり優香ちゃんか。優香ちゃんは前から頭の可哀そうな子だと思ってたけど、こっちに来ても変わらないんだね。遥を殺そうとしたのも優香ちゃんなの?」
「そう」
「はい。私たちはリバプールに原子爆弾を投下すると聞かされていて、モスクワに落としたと報告を受けてからすぐに、クラーラとアイザックさんを問い詰めました。しかし、その場で私と梢と藤井さんが親衛隊に逮捕されてしまいました。今回楓に助けていただかなければ、危なく処刑されるところでした」
「そっか、じゃあ、アイザックさんと優香ちゃんを何とかしたらこの戦争は終わりだね。そうそう、誠司が今前線に行ってるんだけどね、遥まで一緒に司令部にいるみたいなんだよね。念のため確認なんだけど、椿はこっちの世界に来てからも女の子が好きで、男には興味ないってことで良いんだよね?」
「はい。お恥ずかしい話ですが、アルコール依存症の父が母によく暴力を振るっているのを見て育っているので、男性が苦手になり、いつしか女性を恋愛対象としてみるようになってしまいました」
「うんうん、恥ずかしくないよ。楓は誠司にしか興味ないけど、楓以外となら自由に恋愛してもいいからね」
「ありがとうございます」
「それで、お願いがあるんだけど…」
「はい。なんでしょうか」
「誠司が日本に戻るまで、誠司の秘書官として誠司に色目使う女がいないか見張ってほしいの。日本に着いたばかりで本当に悪いとは思っているんだけど、今からワルシャワに行ってもらえないかな?」
「承知しました。楓社長」
椿は楓の命令で日本に到着した翌日に、海軍の輸送機でヨーロッパに戻る羽目になった。しかし、彼女は根っからの仕事人間なので、すぐに仕事が与えられたことを密かに喜んでいた。




