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46.クルーゲ元帥

ロンドン消失の約1ヶ月前


「何故優勢な我々が撤退しなければならんのだ!そして、このくだらん作戦はなんだ!参謀長!総司令部にこの命令は受け入れられないと伝えろ!」


「しかし、これは総統から直々の命令書です」


「じゃあ、直接総統に送れ!」


クルーゲはドイツ貴族出身でプライドが非常に高く、アイザックが考えた作戦は到底受け入れられるものではなかった。

クルーゲが大本営に命令を拒否する旨の電文を送った翌日、アイザックからは「8000万ドイツ国民のためです。受け入れてください。頼みます」とだけ電文が返ってきた。


クルーゲば命令拒否の返事を送ったら、イギリス派遣軍総司令官を解任させられると思っていたが、アイザックから想定外の返信が送られてきたので、振り上げた拳を降ろす相手がいなくなってしまった。確かにクルーゲも、これからの戦いは厳しくなるであろうことは理解していた。しかし、クルーゲが何よりも大切にしている誇り高いドイツ陸軍に、歴史に残る卑怯者の汚名を着せるのは我慢ができなかった。そして、クルーゲは諦めなかった。参謀長とイギリス派遣軍の他の将軍を集めて、アイザックが考えた作戦以外の方法をいくつも検討し、アイザックに提案してみたが、どれも米英連合軍と日ソ中連合軍を撤退させるには長期間を要するため、目前に迫っている脅威に対してアイザックの案より有効な策ではなかった。

最後まで反対していたクルーゲだが、タイムリミットが迫っているなか、クルーゲを解任せずに説得を諦めようとしないアイザックの姿勢に根負けし、作戦の実行を了承した。

 

そして、クルーゲは見事に味方に被害をほとんど出さずに、米英連合軍を引き付けながら、ロンドンまで撤退し、特務中隊をロンドンに残し、全軍をグレートブリテン島からの撤退させることに成功した。

そして、クルーゲから送られてきた特務中隊の名簿を見て、総司令部の幹部たちは更に驚くことになった。特務中隊の名簿の筆頭にはクルーゲの名前があり、その他のメンバーも全員将校で構成されており、少尉より下は一人もいなかった。中にはイギリス派遣軍参謀長の名前もあった。総司令部はこの名簿は認められないから、下士官以下の構成で再提出するようにクルーゲに何度も打診したが、クルーゲからは「貴様らは俺にこのような卑劣な作戦を部下に押し付けて、自分だけ国に逃げ帰るような卑怯者になれと言うのか?誉れ高きドイツ陸軍の名に汚名を刻むのは耐え難いことであり、今後のドイツ陸軍の行く末を俺はこの目で見たくはない。俺は誇り高きプロイセン貴族として家名に恥じぬように、ここでドイツ陸軍と共に死ぬ。卑怯者の誹りを受けるのは顔の皮の厚い貴様らに任るとしよう。それと、俺は元々ナチスが嫌いだ。今回名簿に名を連ねた者達は皆、ナチスではなくドイツ陸軍軍人として、誇りの為に死ぬのだ。総統には勘違いしないように伝えておけ。それでは総司令部の諸君、一足先に地獄で待っているぞ」という内容の電文を最後に、一切の通信を遮断した。


総司令部はグレートブリテン島から撤退中の他の陸軍大将に、クルーゲ達を連れ戻すことは可能か確認したところ、既に特務中隊は敵に包囲されたロンドンで孤立しており、連れ戻した場合は作戦遂行が困難になると報告を受け、クルーゲの救出を断念した。



ロンドン消失の直後


アイザックは作戦成功の報せを受けたが、表情を変えることなく報告を最後まで聞いて、そのまま撤退が遅れている東部方面軍の作戦会議に入った。 


作戦会議を終えたアイザックは藤井が軟禁されている藤井の自宅を訪れた。

藤井はアイザックがリビングに入ると松葉杖をつきながら立ち上がった。


「藤井先輩、思ったよりも元気そうですね。安心しました」


「ようやく来たか。いつまで俺を閉じ込めておくつもりだ?」


アイザックは藤井に椅子に座るよう勧めて、二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。アイザックの横には武装した親衛隊員達が並び、鋭い視線で藤井の動向を警戒している。


「親衛隊を連れてこなきゃ俺と話すこともできなくなったのか?相変わらずおまえはビビりだな」


アイザックは藤井の煽りを完全に無視して話を続けた。


「ドイツに残っている日本人がまだいまして、来週日本に帰国するための最終便が出る予定です。その最終便で藤井先輩も日本に送りますよ。形式的には国外追放ってことにしました。外交ルートで誠司にお願いして、既に日本側とは話がついてます」


「他の二人は?」


「彼女達は軍法会議の結果、死刑ということになりました。明日執行される予定です」


「そうか…」


「今日は冷静なんですね。この前みたいに騒ぐと思ってました。」

    

「俺に皮肉まで言うようになるとはな。今度は反対の足を撃たれたら歩けなくなるから大人しくしているだけだ。内心ではすぐにでもおまえを殴りたいと思っている。それに、おまえの雰囲気があまりに変わって、別人と話してるみたいだからな」


「なるほど。話が早くて助かります。無理でしょうけど、軍の機密情報はできれば日本に言わないで欲しいですね」


「そんなの言おうと思えばどこにいたってボイスチャットで園田達に伝えられるだろ」


「それもそうですね」


「なぁ、あの二人も日本に送るわけにはいかないのか?おまえだって二年半も仲良くしていただろ?」


「藤井先輩を助けるだけでも十分頑張ったと思いますけどね。あの二人までは無理ですよ」


「クラーラか?」


「クラーラは先日すべての役職を解任して今は一般人です」


「じゃあ、おまえの指示ひとつで助けられるだろ!」


「国民全員と握手する訳にはいかないですからね、今回の責任はあの二人に取ってもらうしかないんですよ」


「今回のことは全部クラーラの責任じゃないのか?なんでエルマとイリーネが殺されなきゃいけない」


「クラーラを守る為ですよ。気付いていると思いますけど僕ら付き合ってるんです」


「自分の女のために小川を殺して、エルマとイリーネまで殺すのか。おまえいつからそんなサイコパスになったんだ?」


「確かにサイコパスかもしれませんね。クラーラ一人が生き残るために何億人殺しても良いと思っているんですから。既に数百万人殺してますが、何も感じませんよ」

    

そう言ってアイザックは不気味に笑った。その顔に一瞬だけ怯んでしまった藤井は「ちっ」と舌打ちを打った。


「じゃあ、出航は5日後なので、5日後の朝にここを出発してもらいます。資産は現金だけ日本円に替えて送金します。国外追放なんで現金も本当はだめなんですが、そこは大学生時代にお世話になったんで後輩からの餞別です。だから、現金以外は諦めてください。あと、荷物はカバン一つまでにしてください。カバンの中身は事前に確認するので、3日後までにここの担当の親衛隊員に渡してください。僕はもうここには来ないので藤井先輩とはこれが最後になると思いますよ」


「わかった。空軍の連中をよろしく頼む」


「はい。それじゃあ、誠司たちによろしく」


アイザックが藤井の自宅を訪れた日の深夜。

イリーネは自宅の寝室で就寝中だったが、自分を監視していた親衛隊の兵士の怒鳴り声と銃声で目が覚めた。目を開いたと同時に寝室の部屋のドアが蹴破られて、一人の全身黒い戦闘服を着て、SMGを肩から下げた兵士が侵入してきた。


「だれ?」


「助けにきました。説明はあとでします。すぐに親衛隊の増援が来るので、このまま黙って付いてきてください」


イリーネはこのままここにいても、死刑を待つだけだと理解していたので、相手が何者か分からなかったが彼に従うことにした。


「エルマも軟禁されてる。エルマも助けて」


イリーネは走りながら黒い戦闘服の男にエルマのことをお願いした。


「大丈夫です。エルマさんの方には別の班が向かっております」


「そう。ありがとう」


エルマは自宅前に停まっている幌付きのトラックの荷台に黒い戦闘服の兵士に連れられて乗り込んだ。エルマが乗り込むのを確認するとトラックの周りで敵を警戒していた、黒い戦闘服の仲間達も乗り込んだ。中には負傷しているものもいるが、重傷を負っているものはいない様子だった。


「エルマさん。突然誘拐するような真似をして申し訳ございません」


トラックの荷台に設置された座席に座ると、黒い戦闘服の男が横に座るエルマに話かけた。


「構わないわ。どうせ死刑を待つだけだったから」


「危ないところでした。明日には死刑が執行されるという情報を掴んだので慌てましたよ」


「ということは、私を助けてくれたの?日本語で話しているけど日本人?」


「はい。日本人です。園田閣下から聞いてはいましたけど、エルマさんが流暢な日本語を話すので驚きました。我々は園田閣下の命令でお二人を救出しに来ました。私のことは一郎とでも呼んでください」


一郎はというのは偽名であることは分かっているが、あえてエルマもそこには触れず会話を続けた。一郎は陸軍所属で誠司直属の特殊部隊であるが、その存在は公式にはなっておらず、隊員同士もお互いの本名や個人情報は一切知らない。


「そう。楓のご主人が…。一郎さん、これからどうなるの?」


「来週に邦人の最後の引揚げ船がリューベックを出航するのですが、そこに行くと我々も含めて確実に親衛隊に捕まるので、引揚げ船には向かわずに陸路でソ連に向かいます。このトラックでソ連国境に向かうと親衛隊に見つかってしまうので、何度か車両を乗り換えて、ポーランドとベラルーシの国境を目指します。ベラルーシまで無事に辿りつけば、あとは安全に旅行気分で日本までお連れしますよ。そこまでは少し大変ですがご容赦ください。イリーネさんとは別のルートなので、途中で合流はしませんが、日本に着いたら会えるので安心してください」


「わかりました。よろしくお願いします」


一郎との話が終わると、エルマは楓のアカウントのブロックを解除して、楓とボイスチャットを繋いだ。


『楓。梢だけど、声違うけどわかる?』


『あっ、コズ!?大丈夫なの!?』


『うん。楓のおかげで逃げ出すことができて、今はソ連に向かってるところ。今まで連絡無視してごめんなさい。助けてくれてありがとう』


エルマは楓よりも年上で、元の時代では大学生だったが、チームのオフ会で仲良くなり、ゲームで使用するユーザーネームではなく、お互い本名で呼び合っていた。エルマの元の時代での名前は梢であるので、楓はいつもコズと呼んでいた。


『間に合って良かった…』


『楓は怒っていると思った』


『怒ってるよ!遥がいたからまだ良かったけど、こっちの時代に来て全然知り合いもいないのに、いきなりチームから外されて、ボイスチャットはブロックされるし!コズ達は殺されるかもしれないって言うのに全く連絡してこないしさ!心配したんだよ!』


『そうだよね、本当にごめんなさい…』


エルマは声を出して泣き出したかったが、周りには救出チームの男達がいるので、ギリギリで泣くのを堪えることができた。


『言い訳はこっちに着いてからゆっくり聞くから今は良いよ』


『わかった。直接会ってこれまでのこと全部話す』


『うん。こっちに着いたらコズには私の仕事手伝ってもらうから。寄り道しないで真っ直ぐ来るんだよ?』


『わかった。ありがとう。また連絡する』


エルマは楓とのチャットを切断したあと、必ず日本に行って楓に恩返しをしようと改めて決意した。

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