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43.調印式と中国観光

1942年6月11日 中華人民共和国 北京市 紫禁城


調印式の式場は北京市にある紫禁城に用意されていた。

紫禁城の太和殿前の広場には世界中から集まったマスコミと、日中の政府関係者、中国共産党が動員をかけた党員で埋め尽くされている。この調印式の写真は歴史的な瞬間を収めた写真として、日中の教科書に載ることになるだろう。教科書に載らなくても社会の副教材くらいには載るはずだ。調印をするのは日本から今朝、政府専用機で飛んできた悠斗と毛沢東の二人なので、俺が写真の中心に写らないのは残念だが、俺もその場にはいるから写真のフレーム内には納まっていることだろう。ちなみに前回の日ソ安全保障条約の調印式は東京で行われたため、悠斗が天皇になってから国外に出るのは初めてのことだった。

 

紫禁城といえば、中国最後の皇帝である愛新覚羅溥儀が住んでいた城である。しかし、日本が満州から引揚げる際に愛新覚羅溥儀とその家族は日本に亡命した。日本に亡命後は悠斗から李氏朝鮮の元王族と同様に王公族の身分を与えられて、皇族と同等の待遇を保証され、現在は日本国民からも清王朝最後の皇帝として親しまれている。


調印が終わったあとに悠斗と毛沢東が共同で対独開戦の宣言をした。不本意ではあるが、とうとう日本は第二次世界大戦へと突入したのである。

当初の予定では日本はアメリカのモンロー主義と同様に北米や欧州には不干渉を貫くつもであったが、まったく予想しない形で戦争へと突入することが決まった。単なる偶然かもしれないが、もしかしたら歴史の強制力が働いて、元の世界の歴史に近づけようとしているのかもしれない。しかし、中国からの撤退や日米開戦を回避したことで、多くの日本人やユダヤ人の命が救われ、また元の世界では生まれなかったはずの新たな命も誕生している。俺がやってきたことは無駄ではない。これまでの政策が正しかった信じて、この先も思いつく限りの最良の道を進んでいくしかない。


調印式が終わってから、夜の晩餐会までは悠斗と一緒に北京市内の観光をする予定だったが、昨日の立食パーティーで楓が新婚旅行をしていないと話したら、江青さんの取り計らいで、俺と楓二人きりで北京観光ができることになった。もちろん周囲には複数の中国側が付けた護衛がいて、俺たちのすぐ後ろには楓専属のSPの佐藤二曹と、相方の紺野二曹も私服で付いて来ているのだが、SPをカウントしなければ二人きりだ。


「ねぇ、誠司、楓達だけ抜け出してきて本当に大丈夫かな?」


大丈夫かな?と言いながらも、しっかりと手を繋いで、足取りが軽い楓。尻尾があったら嬉しさを隠し切れずにブンブン振っていそうだ。


「悠斗の了解ももらってるし、断ったら折角気を使ってくれた江青さんに悪いだろ?」


「そうだね。断ったら江青さんに悪いもんね。今日はどこに行くの?」


「あぁ、一応ルートは警備上の都合で決まってるんだけど、行程表見る?」


「ん~、いーや。デート気分を堪能したいから、誠司に付いて行く」


楓は繋いだ手を放して、そのまま俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。決して悪い気分ではないのだが、この態勢は少し歩きにくい。


「結婚する前も結婚してからも、デートらしいデートなんてしてなかったもんな。落ち着いたらさ、一週間くらい休暇を取って温泉でも行こうか」


「うん!行く行く!じゃあ、早く落ち着くように頑張ってね!」


こんな調子で万里の長城、明の十三陵等の将来世界遺産になる観光スポットを訪れ、晩餐会まで束の間のデートを楽しんだ。

今回の訪中は、ナチスや国民党軍の残党等からの暗殺も懸念して一人で中国に来る予定だった。しかし、楓が「暗殺で誠司が死んだら、すぐ楓も死ぬし、少しでも悲しい想いするぐらいなら楓も一緒に死にたいから、付いて行かない理由はない」と言い張り、渋々連れて来ることになったのだ。とはいえ、今回のデートで中国の壮大な景色を楓と一緒に見て、感動を共感できたので、やっぱり楓を連れて来て良かったと思った。客観的に見るとメンヘラの重たい女の子なのだが、それでも可愛いと思ってしまっているので、自分たちはお似合いのバカップルなんだと思う。


俺と楓がデートを楽しんでいる間、悠斗はマスコミを引き連れながら、毛沢東に案内されて北京市内を視察していたらしい。俺たちも晩餐会が始まる前には悠斗と合流した。

晩餐会は昨日の立食パーティーとは違い、ソ連やオーストラリアの来賓等も参加し、数千人規模盛大なパーティーとなった。

晩餐会の最中に紫禁城の外では、国共内戦で敗北した国民党軍の残党が、灯油を被って焼身自殺をするなどのトラブルはあったものの、俺たちは翌日の朝の便で無事に帰国することができた。

ちなみに、俺から毛沢東にお願いして、この日に出た晩餐会の料理は晩餐会とは別の会場でマスコミにも振舞われた。その際に会場では園田大臣からのプレゼントであることを記者たちに中国の担当者が伝えてくれたようで「気配りができる日本と、誠実な中国」というような見出しで、新聞にもこのエピソードが掲載されることになった。

余談にはなるが、新聞に掲載された料理の写真を見て、日本ではこの料理を食べてみたいと話題になった。すぐに同じメニューを提供する日本の中華レストランも出てきて、東京では、高級中華料理がブームになった。

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