42.毛沢東
1942年6月10日 中華人民共和国 北京市中南海
ドイツへの宣戦布告の前に、日中安全保障条約の調印式のために北京を訪れている。今回の条約締結は、日本が空母機動部隊をヨーロッパに派遣するのと交換条件に、日中同盟に懸念を示していたソ連から、条約に中露間の紛争には日本は介入しない旨を明記すれば、日中同盟を認めるとの公式な承諾をもらったので、ようやく条約の締結までこぎ着けた。
小川先輩は満州からさらに南進する野心を持っていたので、日中安全保障条約には反対していたのだが、今のソ連にはそこまでの余裕はない。将来的にも領土拡大の方向性がなくなったため、ソ連共産党書記長になった遥が承諾してくれたのだ。これで日本にとっては東アジアに政治的リスクが不安定な国はなくなった。
日本は外国人投資家にとって今までよりもさらに安全な投資対象となることだろう。
中国の外交官に案内されて中南海にある毛沢東の自宅の応接間に通されると、毛沢東が出迎えてくれた。
「久し振りだな誠司。よく北京まできてくれた」
「毛#大哥__あにき__#、本当にお久し振りです!電話ではよく話しますけど、直接会うのは#大哥__あにき__#の国家主席就任祝賀会に参加したとき以来です。総理大臣を降りてからは国外にも行きやすくなったので、これからはもっと来させてもらいますよ」
二人は両手で固く握手をして、向かい合ってソファーに座った。
「これ、日本のお土産です。#大哥__あにき__#の好きないつものどら焼きと、今回は新作の抹茶どら焼きです」
「そんな気を使うなよ。最近は北京にも日本料理屋が何件かできたけど、どら焼きはまだ売ってないんだよな。この抹茶のやつも楽しみだ」
「喜んでいただけると思ってましたよ。よろしければ妻が経営してる和菓子屋があるので、今度北京に出店させましょうか?」
「おお!それは良い!是非頼みたい!」
「では、決まりですね。許可の方は#大哥__あにき__#の方でお願いしますよ?」
「問題ない。申請日に受理して即日承認させてる」
中国では外国企業の新規参入を制限しており、今は日本企業以外はほとんど申請が通らない。日本企業でも許可が出るのは北京と上海のみで、役人にコネがあるか賄賂を渡さない限りは、申請から許可が降りるまで半年程度の期間を要するのが現状だ。なお、役人に賄賂を渡した場合は半年が1か月に短縮したりするが、日本企業には中国進出前の注意事項として、賄賂を渡すと銃殺刑になる可能性があるので、絶対に役人に賄賂を支払わないように注意してある。そのため、今のところは大きなトラブルは起こっていないようだ。最近は中国の景気も日本との貿易黒字によって、かなり良くなってきているので、中国に進出したい企業も増えてきている。外務相でも定期的に中国に進出を検討している企業を対象に中国進出セミナーを開く等、日本企業のグローバル化を推奨している。
「では、早速本題に入らせていただきます。今回の調印式の前に今後の展開について決めておきたいと思います」
「なるほど、確かに必要だな。誠司はどう考える?」
「はい、今後の戦争の行方としては、米英連合がイギリスでドイツ軍を引き付けつつ、フランスからヨーロッパ本土への上陸をします。そこで、日中ソ連合軍はソ連側国境からポーランドに侵攻する流れになり、ドイツは三方面の防衛をしなければいけません。ドイツの目論見としてはあと1~2発アメリカとソ連に原爆を投下して降伏に追い込むというところでしょうが、アメリカもソ連も既に都市部から集団疎開を始めているとのことなので、原爆を落とされたとしても戦争を継続するつもりだと思います」
「悪くない。だいたい俺も同じ意見だ。やはり今回の戦争では独伊連合は健闘はするだろうが、万に一つもドイツ側が勝てる可能性はないだろうな。まぁ、ドイツが少しでも米英を削ってくれることは期待しているがな」
「仰るとおりです。既に米英陣営と日中ソ陣営とに分かれて、ドイツに攻め込もうという状況ですので、戦後は間違いなくこの両陣営が世界を二極化することになります」
「そうだな、その二極化された戦後の世界でいかに優位に立てるかが、この戦争での真の勝利条件になるということだな」
「全くそのとおりです。できれば、俺としてはベルリンに核爆弾を使用したいところですが、開発はしているものの、未だに製造には至っておりませんので、それは難しいでしょう。仮に核爆弾の製造が今回の戦争中に間に合ったとしても、ドイツのようにレーダーに映らない爆撃機を保有していないので、ベルリンに投下するのは困難を極めます」
「ふむ」
「なので、我々の通常戦力がいかに強力かということを見せつける必要があるので、我が大日本帝国海軍の空母機動部隊と、中ソの圧倒的な物量の陸軍を投入して、米英連合よりも先にベルリンを陥落させる必要があります」
「なるほどな。確かに米英連合に先にベルリンに入られるのは問題だ。今回は出し惜しみは無しで全力投入させてもらおう。あとは、兵器のライセンス生産の件はどうなってる?」
「日中安全保障条約が締結すれば、ルノーJ1戦車とAk-47アサルトライフルのライセンス生産の許可を出すことができますが、いくつか条件が出ております」
「できる限りの条件は飲ませてもらうつもりだ。で、その交換条件は?」
「今後100年の相互の関税の撤廃と、日本企業の中国進出の規制の撤廃、日中貿易の決済は全て日本円でお願いします」
「おいおい、それでは割に合わない。日中貿易の決済が全て円になるってことは、この東アジアの基軸通貨が円にになるってことだろ?さすがに戦車とアサルトライフルのライセンス生産だけじゃ釣り合わないぞ」
「#大哥__あにき__#ならそう言うと思ってましたよ。そこで、今後30年間は毎年日本のGDPの2%を中国債の引き受けに充ることと、現在中国で最も力を入れている農地拡大の技術支援ということでいかがですか?それに、これから中国が南下政策をする際に日本の海軍力が背景にあれば、アメリカも口出しをしてこないと思いますよ」
「なるほど、そっちが本命か。国債の引受は日本のGDPの3%、それで手を打とう」
もっと吹っ掛けてくるかと思ったが、概ね想定の範囲内だ。
「では、それで決まりですね。ありがとうございます。今日決まったことは後日事務次官級会議で詳細を決めるということにしましょう。あとは明日の日中安全保障条約の調印式では予定どおり、日中連名でドイツに宣戦布告と言うことでお願いしますよ」
「あぁ、もちろんだ。誠司のおかげで装備が近代化した人民解放軍の実力を世界に知らしめる絶好の機会だ。よろしく頼む」
今回の日中連合軍では中国海軍は日本の海上保安庁程度の艦船しか保有していないので、陸軍だけ連合軍に参加する予定だ。また、大日本帝国陸軍は大幅な軍縮と領土防衛に特化した構成に組織改革したため、単独でドイツ陸軍と戦える程の兵員を出すことができない。そのため、ソ連陸軍と人民解放軍の予備兵力として行動を供にすることになった。
「いつものように、このあとの細かい話は事務方に任せよう。今日は調印式の前祝いの準備をしてあるから、ゆっくりしていってくれ」
「気を使っていただき、ありがとうございます。今日は妻も同行しているので是非紹介させてください」
「そうだったな。じゃあ、誠司の奥さんに俺の妻も紹介しよう」
中南海にある迎賓館のパーティー会場で、俺と日本から同行してきた外務省官僚、陸軍省官僚、陸軍の制服組、中国外務省官僚、人民解放軍の幹部など40人程度で比較的少人数の立食パーティーが開催された。
俺は中国側が用意してくれた迎賓館の控室で待っていてた楓と合流し、パーティー会場に入った。すぐに毛沢東夫妻を見つけ、楓と二人で挨拶に行く。
「#大哥__あにき__#、紹介します。妻の楓です」
「初めまして。園田楓と申します。主人がいつもお世話になっております」
楓がお辞儀をすると、毛さんも日本の礼儀に倣ってお辞儀を返してくれた。ちなみに俺は中国語を話せるので、楓の前でいいかっこしようと思ったが、楓も普通に話せた。なんなら、英語とロシア語まで話せた。中国語だけでドヤろうとしていた数日前までの自分が恥ずかしい。
「毛沢東と申します。お会いできて光栄です。こんな綺麗なお嬢さんが奥様なんて、誠司も隅に置けないな。うちの妻も紹介させてもらいますよ」
「楓さん初めまして、毛の妻の江青よ。よろしくね。私達も夫達みたいに姉妹同然の付き合いをしましょう」
「こちらこそよろしくお願いします。江青さんはお綺麗な方とお噂を伺っておりましたが、噂以上にお美しい方で驚きました。これからはお姉さんと呼ばせてください」
「こんなに可愛らしい女性から褒められると、男性に褒められるより嬉しいわ。ありがとう楓。園田大臣、共産党幹部の奥様達に新しくできた妹を紹介したいので、楓をお借りしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。お気遣い感謝します奥様」
「ありがとうございます。それじゃあ、楓付いてきて」
江青さんは楓の手を引いて、中国共産党幹部の奥さん連中の輪の中に入って行った。
「中国語が話せて、商才もあって、若いのに素晴らしい奥さんだな。さすが誠司は人を見る目がある」
「ありがとうございます。江青さんもとて素晴らしい奥様ですよ」
お互いの妻を誉めあって、俺と毛沢東は二人とも顔を見合わせて笑った。
「それにしても、今日ここに来る前に北京の街を見てきましたが、前回来た時よりも随分と発展しましたね」
「そうだろう。今は北京と上海だけなのが残念だけどな。北京と上海は誠司の勧めで社会主義市場経済を導入したら、あっという間に発展したよ。今年中には社会主義市場経済の範囲を全土に拡大する予定だ」
毛沢東は根本的には親日家で、青年時代には日本が日露戦争に勝利し、欧米白人のアジア支配を打破したと聞いて本気で喜んでいたらしい。日中戦争の際に日本軍と交戦したのはほとんどが国民党軍で、毛沢東率いる八路軍は日本と戦っている振りをしていただけで、日中戦争が始まってからは裏では日本軍と連携を取っていた。そして、元の時代の史実とは違い、1939年に日本軍が毛沢東に武器弾薬を渡して中国から撤退したおかげで、八路軍は圧倒的な戦力差で国民党軍に勝利して、その後も誠司の支援により中国共産党内の権力闘争でも勝ち、国内で盤石な基盤を作ることに成功することができた。建国の恩人でもあり、実際に日本を経済大国に導いた誠司のアドバイスを毛沢東は素直に受け入れるようになっていた。
「それは素晴らしい。ゆくゆくは日中が中心のアジア・オセアニア連合を目指すためには、今は日本と中国の発展が重要ですからね。両国の繁栄のためにお互い頑張りましょう。そのためにも、これからも日本は#大哥__あにき__#への支援は惜しみませんよ」
「それでこそ兄弟だ。俺は誠司のことを親は違うが、弟だと思っている。俺もできる限り誠司に協力させてもらおう」
俺は毛沢東と硬い握手を交わし、二人の、そして日本と中国の絆を再確認した。
その後は人民解放軍の幹部とドイツ軍の戦力について等の情報交換をしたり、毛沢東と記念撮影をしたり有意義な時間を過ごすことができた。今回の訪中では本当に大きな収穫があった。




