40.政争
1942年5月28日8:30(ベルリン時間) ドイツ第三帝国 ベルリン 総統官邸
会議室にナチスの最高幹部が勢揃いしているなか、藤井の怒号が会議室に響き渡っていた。
「どういうことだアイザック!!原爆はリバプールに落とすはずだっだろ!なんで中立国のソ連に落とした!?」
藤井は立ち上がってアイザックに詰め寄ろうとしたが、アイザックの隣に座るクラーラの指示でSS隊員数名が藤井とアイザックの間に入ってそれを阻止した。
「だから、さっきから言ってるじゃない。総統の気が変わったのよ。席に戻りなさい、ゲーリング大臣」
「クラーラ!おまえに聞いてない!俺はアイザックに聞いてるんだ!そこをどけ!」
「さっきから黙って聞いてれば、総統を呼び捨てにするなんて不敬じゃない?自分の立場を弁えなさい」
イリーネも席から立ち上がってクラーラに詰め寄る。そして、座ったままのクラーラの前でクラーラを睨みつける。
「クラーラ、あなたがアイザックに指示したの?」
「私が総統に指示できるわけないじゃない。二人ともいい加減席に戻りなさい」
イリーネはクラーラの指示を無視してアイザックに詰め寄ろうとするが、クラーラが立ち上がってそれを阻止する。仕方なくイリーネはその場でアイザックに質問を続ける。
「アイザックが単独で目標を変更することは今までなかった。何が目的なの?」
「ねぇ、だからさぁ、あなたも宣伝大臣だからって、さっきから総統のことを呼び捨てにしてるけど、それって不敬罪になるって知ってるよね?今すぐに謝罪しなさい。今ならまだ総統も許してくれるわ」
「だから、なんでお前が勝手に決めてるんだよ!なぁ!アイザック!お前も何とか言えよ!」
アイザックが苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「クラーラの言うとおりだからさ、みんなとりあえず落ち着こうよ。ね?」
「ふざけんな!ドイツ人も何千人も犠牲になったんだぞ!」
藤井がクラーラを押しのけようとした瞬間、クラーラの傍に立っていたSS隊員に藤井の腕が掴まれた。
「ゲーリング閣下、失礼しました。これ以上総統に近づくのはお控えください」
SS隊員はそう言って藤井の手を離した。藤井はチッと舌打ちをして手を下げた。代わりにこの場で1番落ち着いているエルマが質問を続ける。
「クラーラさん、今は内部で揉めている場合じゃありません。まずは何故総統が不可侵条約を破って、モスクワに原子爆弾を投下したのか伺いたい。このままではドイツは世界中を相手に戦うことになり、この美しいベルリンの街が瓦礫の山になるでしょう。場合によってはあなたと総統を戦争犯罪者として逮捕したうえで、ソ連に引き渡す必要があります」
「エルマ、黙りなさい。二度と言わないからよく聞きなさい。総統はソ連も我が第三帝国を脅かす危険な国だと判断したの。国家の最高指導者である総統が決断したことよ。法的には何の問題もないわ」
「理由になっていません。あなたに聞いた私がバカでした。総統、理由を説明してください」
「総統は私の言うとおりだって言ってるのよ。もうこの話は終わり。これが、最後よ。3人ともすぐに総統に謝罪しなさい」
「クラーラ!おまえに聞いてないないんだよ!おまえこそ下がれ!おい!アイザック!応えろよ!小川も死んでんだぞ!?てめぇ、いったい何考えてんだ!?」
「はぁ・・・。忠告はしたのに残念だわ。ベルマン中佐、そこの三人を客室にお連れしなさい。直接体に触れては駄目よ。抵抗するなら射殺していいわ」
「はっ!」
SSのゲルマン中佐が拳銃を抜いたのと同時に、周りにいたSS隊員も拳銃を抜いて藤井とエルマ、イリーネに銃口を向けた。
「ふざけんなよ!俺を誰だと思ってるんだ!おまえらになんの権限があってこんなことしてるんだ!?」
藤井が再びクラーラに掴みかかろうとした瞬間、会議室に銃声が響き渡った。SSのベルマン中佐が藤井の肩を撃ったのである。
「ゲーリング閣下、次は射殺します。大人しく従ってください」
「小川君、イリーネ、ここは素直に従うしかないわ。クラーラさん。私たちはもう抵抗しないから彼らに銃を下げさせてください」
クラーラは軽く微笑んでからSS隊員に銃口を下げさせた。
「初めから私の言うとおりにしていれば良かったのに。損な人たちね。あなた達を国家反逆罪の被疑者として逮捕するわ。後日、軍法会議にかけるから、それまでは客室で軟禁。じゃあ、連れて行って」
SS隊員達に連れられて小川達が会議室から退室した。
小川達の退室を見送ったあとに、クラーラは静まり返った閣僚たちに向かって話し始めた。
「これから副総統は私が兼任、宣伝大臣と空軍大臣はどちらも副大臣がそのまま昇格。ソ連との開戦については皆も驚いているかと思うけど、何の心配もないわ。ゲーリングが前に原子爆弾は4つしかないと言っていたけど、今月中に追加で4発製造されることになったの。アメリカとソ連に対して無条件降伏の勧告をして、従わなければ1発ずつ他の主要都市に落としていく。これで我々の被害を最小限に抑えてアメリカとソ連に勝利するこができるのよ」
クラーラに逆らったらどうなるか目の当たりにした閣僚たちはは皆立ち上がり拍手をした。
こうしてドイツはアイザックを傀儡としたクラーラの独裁国家になったのだった。
その日の昼食、アイザックとクラーラは2人きりになれる総統官邸の私室で食べていた。メニューは牛の#脛肉__すねにく__#を煮込んだアイスヴァインとパンとチーズである。アイザック達はこちらの世界に来てから何度か和食を食べたが、食の好みが変わったようで、ドイツ料理の方が美味しいと感じるようになった。今では他のメンバーに誘われない限りは和食を口にすることはなくなった。
「クラーラはどうしてそんなに戦争がしたいの?」
「う~ん、なんかこの世界って現実味がないのよね。私が産まれた日本はここにはないし、愛着みたいなものが湧かないの。私の顔や体だって全然違う。アバターみたい。この世界が私達にとっては本物の世界で、ここで死ねば本当に死ぬし、もう元の世界には帰れないことは分かってるのよ?けど、やっぱりゲームの延長みたいな感覚なのよね。だから、私の性格的にどうしてもこのゲームに勝ちたいのよ。アイザックには付き合わせて悪いと思ってるけど、私が現実だと思えるのはアイザックといるときだけなの。だから、アイザックは私の側にいてくれる?」
「そういうことか。もちろん僕はずっとクラーラの側にいるよ。でも、なんで皆にはその話をしないの?」
「皆に話しても絶対に理解してくれないわ。私だって元の世界で誰かにこんなこと言われたら理解できないもの」
「それは分かる気がするな。でも、藤井先輩は殺さないで欲しいな。前の世界でもこっちに来てからも僕に良くしてくれたからね」
「アイザックがそう言うなら殺しはしないけど、あの力があるからずっと軟禁することになるよ?」
「うん。殺さないなら軟禁で良いけど、戦争が終わったら日本に送ってあげてくれないかな?」
「ん~。そうね、日本なら良いわよ。どうせ園田君とか元の世界から来た人がたくさんいるから、1人増えたところで影響はないもの」
「イリーネとエルマの二人はどうするの?」
「そうね、たぶん殺すわ。あの二人は絶対に私に復讐しようとするはずだから。優秀なだけに敵にすると怖いのよね」
「そっか…、クラーラが危険な目に合わせられるなら仕方ないかな…」
「もうこの話は良いでしょ?二人のときはなるべく暗い話はしたくないの」
「うん、もう終わりにする」
「ありがと。ねぇ、ヒトラーって菜食主義者だったって知ってる?」
アイザックは藤井の命は保障されたことで、これ以上クラーラに口出しをするのはやめた。元々政治や戦争に興味がないアイザックは面倒なことをクラーラに丸投げできて良かったとさえ思っている。




