39.緊急閣僚会議
1942年5月28日10:00 大日本帝国 東京都 首相官邸
ドイツによるモスクワへの原子爆弾投下について、今後の基本方針を決めるための緊急閣僚会議を開くことになり、首相官邸の会議室には今日東京にいた閣僚が全員集まっていた。これから閣議を始めようとしたときにアメリカ大使から急報が入った。その内容はモスクワへの原爆投下の約3時間後にニューヨークにも原子爆弾が投下されたとのことだった。ロシアに対して原子爆弾が使用されたことは想定外だったが、モスクワに原子爆弾を落とされた時点で、アメリカにも対しても使用されることは誰もが予想できていた。そのため、このニュースを聞いて驚くものはいなかったが、元の世界と同様に原爆によって多くの犠牲者が出たことは、広島と長崎への原爆投下による被害を知っている元の世界の日本人としては大変痛ましく思った。
閣議は陸軍大臣である俺からの原子爆弾についての説明から始まり、次に須藤外務大臣が日ソ安全保障条約の内容を説明した。
「このようにドイツからの攻撃によって、モスクワが壊滅した以上は日ソ安全保障条約に従って、我が国もドイツに宣戦布告する必要がありますな」
「日ソ安保条約も分かるんだけどよ、ロンドンがナチ野郎に占領されて、ニューヨークとモスクワが壊滅したということはだ、今の時点で東京が世界一の金融都市となったってことだろ。せっかく経済が順調なのに、ここでわざわざ地球の裏側の戦争に参戦して、経済成長の足を引っ張るのかよ。復興資金に金貸してやれば、アメリカとソ連に対しての後々の影響力も持てるし、軍事費に金出したくねぇな」
神谷経済産業大臣はこのように口が悪くて周りから誤解されることが多かったが、有能で育ちも良く、財界にも顔が効くので経済産業大臣に任命した。実際に大臣になってからの彼はよくやってくれている。口は相変わらず悪いが…。
須藤外務大臣が神谷経済産業大臣の意見に反論する。
「しかし、条約をこちらから一方的に破棄すると、約束を守れない国として、日本はどこの国からも相手にされなくなる。そうなれば、せっかく世界第二位の経済大国となったのに全てが水の泡になる」
「でもよ、そもそもモスクワが壊滅してソ連共産党幹部も行方不明って状況で、いったい誰と交渉するんだろうな?これから新しい書記長の座を巡って、政争が始まるんじゃなねぇのか?」
「そうかもしれないが、我々は条約に従ってドイツに宣戦布告する必要がある。国際条約を反故にすることはできない。これは大日本帝国憲法より優先されるのだ!」
須藤外務大臣と神谷経済産業大臣の会話が加熱してきたところで、伏見公安委員長が挙手をして発言をする。
「日ソ安全保障条約がある以上は対独開戦は避けられないことは分かったので、我々は派兵の規模と勝利条件、いかにして対独開戦で利益を出すかを考えるべきです」
伏見公安委員長の意見に対して翔が発言する。
「伏見公安委員長の言うとおりやと思います。こうなった以上は参戦は仕方あらへん。海軍としては航空支援はしますけど、艦隊の派遣は見送らせてもらいたい。我が大日本帝国の広大な領海の防衛と、太平洋の西側の覇権を維持するためにはアジアを離れることはできません」
翔の意見に対しては須藤外務大臣が反論した。
「確かに総理の言うとおり太平洋の覇権は重要ですが、世界第二位の海軍戦力を保有する我が国が、同盟国であるソ連の防衛に軍艦を一隻も出さなかったら、相手は日本に舐められてると思いますな。それに、ニューヨークが崩壊したということであれば、アメリカは太平洋に構ってる余裕なんかありませんよ。アメリカ以外の国で我々の海軍の半分の戦力も保有している国はアジアにはいません。ここは主力である大日本帝国海軍が誇る、空母機動部隊を欧米諸国に見せつけて、戦後の和平交渉を有利に進めるべきです」
確かに須藤外務大臣の言っていることは正論だ。元の世界でアメリカは日本と戦ったことで、アメリカが一国で太平洋の覇権を手にし、基軸通過を英ポンドから米ドルに変えるという大きな利権を獲得した。ソ連は多大な犠牲を支払いながらも総力戦でドイツに勝利し、戦後はアメリカと世界の覇権を二極化するに至った。ここで中途半端に参戦し、目先のリスクを避けるよりは、派手に戦力を投入して戦後の主導権を握ることを考えた方が後々のメリットが大きい。
ここで大谷官房長官が提案する。
「何れにしてもソ連から要請が無い限りは、我々は単独で動けないわけだから、とりあえず派兵の規模や種類については各々宿題ということで、まずは被害状況やアメリカの動向等の調査を優先しましょう。ソ連からの連絡を待つということで如何だろうか」
閣僚たちは全員一致で大谷官房長官の提案に賛同して、緊急閣僚会議は解散となった。
午後になると邦人の被害状況が少しずつ明らかになってきた。まず、ニューヨークの方は予め避難命令を出しておいたことが功を奏した。全アメリカ在留邦人の安否確認が取れて、死者・行方不明者、怪我人は一人も出ていない。予め不測の事態になった場合はすぐに最寄りの大使館か領事館に安否を連絡するように徹底していたため、迅速な確認ができた。
一方モスクワについては、大使館員や各省庁や日本企業の駐在員とその家族。留学生や旅行者等、推定で約1万人の邦人がモスクワにいたと思われる。たまたま仕事でモスクワを離れて他の街を訪れていた駐在員数名の安否確認しか取れていない状況だ。モスクワ近隣の街からモスクワの様子を見に行かせようという提案もあったが、モスクワ周辺は大量の放射能で汚染されているため、モスクワには絶対に近づかないよう、各地の領事館に命令を出した。
また、午後には各新聞社が一斉に号外を出し、ラジオでも臨時ニュースが流れた。その直後から外務省にはモスクワにいる家族の安否の問い合わせ電話が絶え間なく続き、一時外務省の電話がパンクするという事態になった。すぐにラジオで、モスクワにいた邦人の安否は未だ確認できていないのと、重要な連絡があったときに外務省の電話が繋がらないと対応が遅れる旨説明したところ、それなりに電話の本数は減ったものの、担当職員は受付終了時間まで電話の対応に追われることになった。




