38.インサイダー取引?!
楓は5月28日の株式市場が開いたらすぐに保有している株を手仕舞いし、償還期限前のルーブル建ソ連債についても割引されても構わないのですべて売却した。その売却代金はすべてゴールドに変えるとのことだった。元の時代とは違って情報の速度はかなり遅いので、取引開始直後に暴落するという事態にはならないと思うが、前場の後半にはモスクワの支社や駐在員と連絡が取れなくなった企業が異変に気付き、後場には政府発表があるので大暴落すると楓は見込んでいる。ゴールドについては有事になった場合に値上がりするのと、他の資産に比べて価格が安定しているのが金だからという理由である。
為替や債券や先物取引には当てはまらないが、株式の取引については元の世界ではインサイダー取引と言われ、内閣総辞職まで追い込まれ、最悪起訴されて執行猶予なしの実刑判決の可能性まである。しかし、日本の証券取引法でインサイダー取引が規制されるのは1988年になってからであるので、この時代では何の問題もない。モラル的にどうなのかと俺も気にはなったが、モラルを守ってできることをやらなければ、戦後の欧米資本による世界支配に全く対抗することができないだろう。
欧米資本による世界の支配と言ってもあまりに抽象的で、ピンと来ない日本人は多いかもしれない。しかし、テレビでも伝えられず、学校の授業でも教えてくれないが、元の世界の日本も既に欧米の巨大金融資本に支配されていたのだ。
例えば、ほとんどの日本人が日本企業だと思っている(日本で法人登記をしているため法律的には日本企業)、東証一部上場の家庭用ゲーム機を販売している大手電機機器メーカーの大量保有株主の一覧で株主の構成を見ると、筆頭株主が米国を代表する大手銀行のグループ企業で、2番目以降の大量保有株主についても日本の大手銀行が共同で設立した金融持株会社である。この金融持株会社の株主である日本の大手銀行の株主構成では、持株会社の他にやはりアメリカや香港の大手銀行や証券会社が並んでいる。このように一般の日本人が証券会社が提供している情報を少し調べればすぐに分かる範囲でも、日本を代表する企業が欧米資本の影響下にあることが分かる。上場している企業だけでもこのような状況なので、個人では調べることが難しい非上場の企業も含めると、欧米資本がどの程度日本を支配しているか考えると恐ろしくなる。
このように日本人は、日本国内で消費した日本円が日本企業に回り、日本企業が国内で金を回しているという日本人に都合の良いイメージがあるかもしれないが(確かに大半はそうなのだが)、我々日本人が一生懸命働いで稼いだ金や、先人たちが築いた日本の資産をは、日本企業を通じて間接的に欧米資本に吸い上げられているということになる。例えるとするなら、戦後の日本人は鵜飼いの鵜であると言えよう。鵜飼である巨大欧米金融資本が、彼らにとって鵜である我々日本人が川に潜っ取ってきた鮎を吐き出させるように、日本の資産を搾取しているのである。さらに、巨大欧米金融資本というワード、このワードも「強大な何か」という漠然としたイメージしか沸かないかもしれない。しかし、先ほど出てきた米国を代表する大手銀行や証券会社、こちらの株を持っている企業のさらに株を持っている、極めて限られた少数の人間が世界の資本の約半分を独占しているのである。この世界の資本構造を目の当たりにしたときは、理不尽さと自分の無力さを感じたものだが、せっかく戦前の日本とそっくりな世界にタイムスリップしたのだから、既に遅いかもしれないが、少なくとも元の時代の自分にはなかった力があるので、できることはしたいと思っていた。
総理大臣になってからは、日本の未来を変えるために色々な方法を考えたが、国が何かをしようとするには莫大な金が必要である。しかし、この時代の日本は発展途上国とまではいかないが、お世辞にも裕福と言えるような国ではない。そのため、欧米金融資本に頼らざる得ない。確かに悠斗の呼びかけで国内で金を集められたけど、国内の金をかき集めても限界があるため、やはり欧米資本の金を頼らなければ計画が大幅に遅れてしまう。計画が遅れれば遅れるほど相手の力は大きくなり、我々は欧米資本によって日本が支配されるのを指を咥えて眺めているしかない。ここ数年はずっとそんなジレンマと戦ってき中で、少しでも状況を変えようと考えた結果、あえてこの国に欧米資本を引き込むことであった。日本という極東に浮かんだ小さな国の力だけでは、強大な欧米金融資本を駆逐するのは困難である。そこで、できるだけ日本にとって有利な状況で相手を取り込み、日本側も欧米資本の仲間入りをすることが、俺が思いつく唯一の方法だと思っている。世界の金融はニューヨーク、ロンドン、香港が中心であるが、ロンドンははドイツに占領されて金融市場は麻痺し、ニューヨークは原子爆弾により壊滅、この状況下で投資対象として安全で先進的なマーケットを日本に用意したら、こちらの思惑通りに動いてくれて、今ではヨーロッパにあった資本の8割を日本に移し、日本はアメリカに次ぐ金融市場を形成するに至った。そして、俺個人が金を手に入れて一握りの支配者の一員になれればと考えていたが、未来の知識はあってもなかなかそれを活かすことができなかった。自分だけの力では限界を感じていたときに、楓が俺よりも遥かに有能な未来人であったことは本当に嬉しい誤算であった。だからこそ、そちらは楓の任せて俺は政府の舵取りに専念ができる。今回のモスクワ、ニューヨークの壊滅で大きく軌道修正を強いられることにはなるが、絶対に金融戦争にも勝利し、一握りの支配者の座を得るために勝ち残ってやるつもりだ。




