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35.空母ワスプ

1942年5月27日 大西洋洋上 米海軍空母ワスプ 夜間戦闘艦橋


アメリカのフィラデルフィアからイギリスのリバプールへの輸送船団の護衛任務についていたワスプの艦橋で、当直のレーダー担当の海兵が夜間勤務で眠気を紛らわすために、エスプレッソコーヒーを飲みながらレーダーのモニターを見ていた。ちなみにこの空母ワスプは史実では1942年9月15日に大日本帝国海軍のイ-19潜水艦の雷撃を受けて太平洋で轟沈した艦であった。しかし、こちらの世界では日本と戦争になっていないため、大西洋艦隊に所属するワスプを太平洋に派遣する必要がなかった。そのため、当初の予定通りUボートによる通商破壊作戦の対策として、主に今回のような輸送船団の護衛任務や、イギリスへの航空機の輸送等の任務を行っていた。


「はぁ、ジョーイ、そっちはなんかあったか?」


「いや、フィラデルフィアからここまでレーダーに反応したのは渡り鳥の群れと、味方の哨戒機だけだったな。これ二人も必要か?」


ジョーイは夜食のチョコミントクッキーを食べながら、レーダーのモニターに一瞬だけ視線を動かすと、すぐに出航する前に買った雑誌に視線を戻した。

    

「いや、どう考えてもいらないだろ。壊れてるのかってぐらい反応しないわ。上の連中がナチ公がアメリカに攻めて来るって言ってるけどよ、あいつらは今イギリスで戦ってるのに、こっちまで来るのかね」


「まっ、俺たち水兵は上から言われたことやるだけだからな、どっちでも良いんじゃねーの。ふぅ~、ちょっとトイレ行ってくるわ」


ジョージがトイレに行こうと雑誌を置いて立ち上がったときに、一瞬だけ艦隊の南にレーダーが反応したような気がした。その後しばらくレーダーを見つめていたが、先程の一度しか反応しなかったので、誤作動だと思いそのままトイレに行った。ジョーイがトイレで用を足して、帰りにタバコを一本吸ってから艦橋に戻ると相方がウトウトしていた。


「おーい、さすがに寝んなー。怒られるぞー」


「危ない、寝るところだったわ」


「いやいやいや、おまえ完全に寝てたよ。まぁ、良いけどよっ・・・えっ?」


「ん?どしたの?」


レーダーのモニターの北西側には5機の機影が映っていた。しかし、その数は1機、2機、5機、10機と瞬く間に機影の数が増えていく。


「やばい!非常警報だ!早く!」


「わかった!」


非常警報で静まり返っていたワスプの艦内は一瞬にして騒然となった。眠りについたばかりだった乗組員が全員配置についたのは、非常警報から5分後だった。ワスプと敵の機影の距離はまだ離れており、このままの進路でお互い進んでいけば約20分後には接敵する見込みだ。ワスプに搭乗している艦隊司令官は迅速な判断を迫られた。

    

「総員!・・・」


司令官はすぐに全艦載機を空に上げるよう指示を出そうと思ったが、当時の空母には夜間誘導システムがないことと、夜間の発艦と夜間戦闘に慣れていないパイロットがほとんどなため、接敵するまでに全機を出撃させるには間に合わない。また、発艦したところで夜間の着艦は困難なため、艦載機をすべて失い、丸裸となった護衛船団は確実に撃沈されると冷静に考え、発艦指示を出すのを中止した。もう少し敵影の発見が早ければ間に合ったかもしれないが、この状況で「もし」の話を考えても仕方がない。一瞬で思考を今やるべきことに切り替えた。恐らくあの大編隊はアメリカ本土を目指しているはずなので、こちらとの戦闘は望んでいないはずだ。そうなると、ここでワスプが現在のコースから離脱すれば、恐らくは追って来ない可能性が高い。そう考えた艦長は艦を接敵予想コースから外れて、敵の大編隊をやり過ごすことにした。


「総員!戦闘配置を維持!これより当艦隊は現在のコース外れ、全速で南に進路を変更する!」

    

当然ドイツ空軍もワスプの輸送船団の存在に気が付いたが、輸送船団が進路を変えて接敵予想コースから離れたことで、ワスプを追わずに警戒を続けながらも予定通りの進路を進んだ。


結果的にワスプの艦長の判断は正しかった。ワスプの艦載機76機に対して、ドイツ空軍の大編隊は約700機。もし戦闘機同士の空戦にでもなったら、ワスプは全艦載機を失っていただろう。対してドイツ空軍の方は対艦兵装をしていないので、ワスプが撃沈されることはなかっただろうが、その状態でドイツ海軍に見つかった場合は、やはりワスプは撃沈される運命を辿っていただろう。

そして、ワスプからの無線での報告でドイツ空軍がアメリカ本土に向かっているとの情報を受けたアメリカ空軍は、迎撃準備を始めることになったが、米軍は完全に後手に回ってしまった。

なお、先ほど一瞬レーダーに反応した機影はニューポートニューズに向かった方のHo233X爆撃機の機影だった。ワスプの水兵の練度がもう少し高ければ、念のため司令官に機影のことを報告して、本土から哨戒機を機影が向かった方角に向かわせることができたはずだ。しかし、練度の低さから必要な報告を怠ったため、アメリカ海軍にとって史上最悪の日を迎えることになる。

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