31.園田 楓
「見ての通り預金は常に各口座に1,000円しかありません。今、日本経済は好景気による若干のインフレ傾向にあって、物価も毎年少しずつ上がっているのは知ってますか?」
「はい、お母さんが最近はお米調味料以外は色々高くなったと言ってました」
「そうなんです、米と数品目の原材料は政府が価格調整をしていて、値段が急激に上がらないようにしているのですが、その他の品目については全体的に物価が上がっているんです。中には小麦や大豆のように外国からの輸入で安くなったものもありますが、それは一部ですね」
「なるほど、お米は食料自給率の問題にも繋がりますし、お米が高くなったら食べるのにも困る人がでてきますからね」
「そのとおりです。流石です。そこで、俺の預金はどこに行っているかというと、決して浪費をしているという訳ではなく、現金や預金にはせずに先ほど話していた収入の元となる資産に変えています」
「さっき言ってた株や債券に変えてるんですね?」
「はい。一部は株や債券に変えてますが、それだけではリスクが集中してしまうので、この通り複数の種類に分散してリスク管理をしています」
楓さんに資産目録と資産比率を円グラフにした資料を渡した。
「株、債券以外にも金、不動産を組み合わせたポートフォリオ、つまりリスク分散型の投資をしています。すぐに現金が必要な状況にはならなそうなので、現在は流動資産と固定資産の比率は7:3にしてあります」
楓さんが俺の言うことを一生懸命メモしているから、いったん話しを区切ろう。
「ここまでで質問はありますか?」
楓さんがすっと手を挙げる。
「はい、どうぞ」
「分散型の投資をしているのは分かりましたが、個人で運用するには口座等の維持管理コストを考えると投資対象の種類が多い気がするんですけど、どんな理由なんですか?」
なっ、えっ?女学校を卒業したばかりの女の子には少し難しい話かと思って、少しずつ教えていけば良いかと考えていたが、楓さんは俺の説明を完全に理解したうえで、なかなか鋭い質問をしてきた。
「さすが楓さん、鋭い質問ですね。確かにポートフォリオと言っても、様々な方法があって、複数の国の国債を買ったり、株にしても複数の業種の銘柄に分散したり、国内だけじゃなく外国株を購入したりと組合せは多岐に渡るんですけど、現在ヨーロッパとアメリカは戦時体制にあるため、外国債はリスクが非常に高いことと、外国株に関してはそもそも市場の取引自体停止している国もあるので、必然的に投資対象は国内に絞られまして、それで国内の投資対象だけで、出来るだけリスクの分散を考えた結果が今の形になっています」
「あぁ、なるほどそういうことですか。それでしたら、この規模の資産を個人で管理するにはやっぱり管理リスクを伴うのと、税金面でのデメリットが大きいので、資産管理法人を設立して、誠司さんが直接経営している事業についても法人化して、ホールディングスを設立して運用してみてはどうでしょうか?」
………。
「誠司さん?どうかしました?」
やばい、黙ってしまった。この人凄過ぎない?この時代の経済学者?
「あっ、いや、楓さんの言うとおりだなって思いまして。それにしても驚きました。どこで経済の勉強をしてたんですか?」
「それはですね、80年後の未来です」
楓さんは今までとは雰囲気が変わり、真剣な空気になった。
「えっ?」
「ふふっ、冗談に決まってるじゃないですか。」
楓さんは笑いながら冗談だと言って誤魔化しているが、冗談ではないことがすぐに分かった。
さっき小川先輩と遥さんのハーケンクロイツの話しを聞いてなければ、冗談で流していたかもしれないが、今の俺には簡単に流すことはできなかった。
「リーマンショックって知ってます?」
笑顔に戻っていた楓さんの表情が、一瞬にして驚きと怯えの混じった表情に変わった。
「えっ?なんで誠司さんがそんなこと知ってるんですか!?」
「1990年6月13日ベルリンの壁崩壊、1995年3月20日地下鉄サリン事件、2001年9月11日世界同時多発テロ、2008年9月15日リーマンショック、2011年3月11日東日本大震災、2019年12月武漢で新型ウィルスの感染者発生・・・。」
「えっ、なんで?もしかして遥に会ったの?遥から聞いたんでしょ!?」
「落ち着いてください。楓さんが言う遥さんというのは、近衛元総理の三女の近衛遥さんのことですよね?会ったことはありますが、この話は遥さんから聞いた訳ではありませんよ」
「まさか…。誠司も未来から?」
いつの間にか楓さんが敬語じゃなくなっているが、こっちの方が楓さんの素なのかもしれない。
「はい。B.O.E.Lで遊んでいて、タイムスリップしました。楓さんと同じだと思います」
「まさか、なんで!?だって、誠司が未来から来たなら私が気づかないわけないじゃない」
「今日分かったことなんですけど、俺らのチームも遥さんたちのチームもお互いに、違和感がないように認識を操作されているようです。俺もまさか楓さんまでハーケンクロイツのメンバーだとは少しも思ってなかったですよ。遥さんから今日楓さんと友達だってことは聞いていましたけど、楓さんも未来人だということについては、一言も言ってませんでしたから」
「なるほど、あの子はあえて誠司に楓がタイムスリップしてきたことを隠して、楓が驚くことを想像して一人で喜んでいたんだと思う。そういう子なの遥は。明日、ダイレクトメッセージで文句を言っておかないと…」
それから、楓さんに今日のグループチャットのやり取りを説明して、とりあえずは落ち着いたようだ。
「それにしても、楓さんキャラ変わってませんか?」
「今までは誠司の前だから猫を被っていたの。家族の前でも猫を被ってたけど、もう誠司には隠しても仕方ないから二人のときはこのままいくよ…。あぁ、楓の憧れの人がまさか同じ未来人だったなんて…」
「失望しました?」
俺は楓さんが未来人だと分かっても全く気持ちが変わっていないが、楓さんは違うかもしれないと考えたら胸が苦しくなった。
「いいえ、誠司のことが好きな気持ちは変わらないよ。むしろ同じ世界から来たって知る前よりも好きになったかもしれない。誠司に楓のことを秘密にしていた後ろめたい気持ちがなくなってホッとしてるもん。それに、お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにも言えなかったことを、ちゃんと分かってくれるる人が一番近くにいてくれるのが凄く嬉しい」
あぁ、良かった。せっかく好きになって結婚した人、から結婚初日に嫌われるなんてことになったら5年は立ち直れないところだった。
「俺も楓さんに打ち明けようかずっと悩んでいたので、お互い未来人だってことが分かって、なんか安心しました」
「楓も誠司に嫌われたかと思って、ドキドキしたよ。ちなみに元の時代のときの名前は三井楓、そして今の名前は園田楓です。今日から誠司のお嫁さんになりました!これからよろしくね、誠司!」
楓さんが俺の腕に抱きついてきた。全然今までのキャラと違うけど、まあ可愛いから良いかな?どっちも根本的には楓さんであることは変わらないし。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。楓さん」
「う~ん、そこは、これからよろしくな!楓!でしょ?」
「いやいや、楓さんみたいにそんな急には変えれないですよ。それにもうこれで慣れちゃった
んで、これまでどおり話させてもらえないですか?」
「えーっ!なんで!?お兄ちゃんにはタメ口なのに、なんで楓はだめなの!?楓って呼んでくれないと悲しくて病気になっちゃうよ!?誠司は楓が病気になってもいいの!?」
いや、キャラが違うというより、これはもう別人じゃないだろうか。ここは素直に従っておいた方が良さそうだ。
「わかりましたよ、楓。」
「だめ。わかったよ、楓でしょ?」
「わかったよ、楓」
「はい、よくできたね。で、遥から他に何か聞いた?」
「あぁ、まぁ…、楓がずっと俺のことが好きで、お義兄さんにお弁当届けたのも偶然じゃないって言ってたかな」
「えっ!?あの子そんなこと言ってたの!?アイツ!次会ったら2時間は説教してやる」
「まぁまぁ、大切にしてあげてって言ってたし、悪気はなかったと思うよ!」
楓は恥ずかしそうに顔を手で覆っていたのに、突然空気が変わり俺を睨みつけてきた。
「あのさ、なんで遥のこと#庇__かば__#うの?誠司は楓の旦那なんだから、他の女の肩持たないで!!」
「違うよ、そんなつもりじゃないんだ。ごめんね」
「わかってるよ。でも、そういうのは本当に嫌だから次から気をつけてね?」
「はい。わかりました!あの・・・、さっきの資産管理のときの話なんだけど、なんでそんなに詳しいの?元の時代のときも高校生だったんだよね?」
ここはなんとか話を元に戻さないと、ずっと一方的に責められそうだ。
「うん。高校1年生だったよ。ちなみに元の時代の高校でも、こっちの女学校でも遥とずっと一緒だったんだよ。今はロシアに行っちゃったけど、それまではよく二人でお茶したり家に行って遊んだりしてたんだよ。投資のことはね、元の時代のお父さんが証券会社のファンドマネージャーだったから、子供の頃から色々と聞かされてるうちに興味が湧いたから、お父さんに教えてもらいながら勉強してたの。それで自分でも株取引をしてるうちに少しだけ詳しくなったかな」
「あぁ、なるほど。それで詳しいのか。じゃあ、多分俺よりも詳しいと思うから、これからは家計だけじゃなく、うちの資産管理は全部楓に任せても良い?ホールディングスにするなら俺の名前だとまずいから楓が代表者になった方が良いと思うんだ」
「うん、いいよ。誠司が一生懸命働いたお金だから大切に管理するね!どうしたら誠司の役に立てるか悩んでたけど、頼ってもらえて嬉しい!」
「じゃあ、さっそく引継を…」
「ねぇ、今日は新婚初夜だよ?仕事の話はまた明日にして、そろそろ寝よ?」
あまりに衝撃の連続だったからすっかり忘れていたが、確かに今日は新婚初夜だな。ちなみに俺は元の世界でも、この世界でも女性経験がない。
「え?あっ、そうだった、ごめん。すっかり話に夢中になってた。あはは、じゃっ、じゃあ、寝ようか?」




