26.結婚のご挨拶
1942年3月22日12:00 大日本帝国 東京市 赤坂 料亭「縁」
この料亭は俺が個人で経営する料亭「縁」である。こちらの世界に来てからは、総理大臣という立場から、色々な料理屋で食事をする機会が多い。もちろん美味しい料理が沢山あるのだが、どうしてもこの時代にはない料理を食べたくなることがある。最近ではアメリカから小麦を安く大量に輸入できるようになったからハンバーガーやピザ、ケバブ、パンケーキ、ホットドッグなど多様な外国の料理が東京では普通に食べられるようになった。しかし、戦後に日本で生まれた料理などは、そもそとこの世界に存在しない。とはいえ、自分ではなかなか料理をする時間もなく、そもそも再現する料理の技術も知識もないためこの料亭を作った。ここでだいたいの材料と調理法、見た目、味を伝えて、食べたいものを再現してもらっている。なので、和食がメインの料亭ではあるが、事前に連絡しておけば、魚介つけ麺や二郎系ラーメン、カツサンドなども作ってくれる。
普段のお品書きは一般的な料亭と変わらないが、常連のお客さんには頼まれれば俺が食べている特別メニューを出すこともある。常連と言っても、もっぱらこの料亭を使うのは園田未来研究会の連中が中心となっており、彼らも最近ではフォーマルな会食以外で通常の和食を頼むことはない。先週はスープカレーを再現してもらったが、ライスカレーの固定概念から脱却できない園田未来研究会の連中には不評だった。また、夕方以降に店に顔を出すと必ずメンバーの誰かに会うほどご贔屓にしてくれているため、店自体はなかなかに繁盛している。だが、せっかく新しい料理を作っても園田未来会のメンバーばかりで一般のお客さんが入りにくいのではないかと料亭のスタッフからの意見があり、一般のお客さん向けに俺が再現してもらったメニューを出す専門店を別に作ろうかと料理長と相談しているところだった。俺としては、最初は横浜家系ラーメン店を出したいと思っている。のりをスープに浸してご飯を巻いて食べる幸せを、早く日本国民に知ってもらいたい。
約束の時間より15分早く木村家の面々が料亭に到着した。俺は料亭の入り口で木村家を出迎え、今回使用する中庭が見える部屋に4人を案内した。これから義兄になる木村三佐と義父になる木村陸将は園田未来研究会のメンバーなので、何度も来たことがあるのだが、楓さんとお義母さんは今回が初めてなので「わぁ~、立派な料亭だね」等とはしゃぎながら二人は後ろから付いてくる。
いつもの集まりで使う和モダンをテーマにした個室に入る。普段は俺より上席には皇族しかいないので、俺が一番上座のお誕生日席に座るのだが、今回はテーブルを挟んで上座側に木村陸将、お義母さん、木村三佐に座ってもらい、下座の席に俺と楓さんが並んで座るという配置だ。
「皆さん、今日はお忙しい中お越しいただきまして、ありがとうございました。今日は俺たちから皆さんに報告がありますので、急遽お呼び立てした次第であります」
普段から姿勢がよく背筋を伸ばしている木村陸将も改めてスーツの襟を正して、座りなおしている。こういう経験は木村陸相も初めてなようなので、仕事仲間が相手でも緊張しているようだ。普段見慣れた軍服姿ではなく、今日は木村陸将も木村三佐もスーツを着ているため、いつもと違う雰囲気に少し緊張してしまう。
お義母さんは今日は品の良い薄紫色の和装である。隣に座っている楓さんは今日は薄桃色の振袖だ。ドレスも学生服も私服も素晴らしく可愛いかったが、和装の楓さんもとても可愛い。今日の楓さんは何かを決意したかのように、俺の隣に座っていても恥ずかしがらずに、胸を張って隣に座ってくれている。年下なのに実に頼もしい。
「普段はここで酒を飲みながら、打合せをしているが、状況が変わると部屋の雰囲気もなんだか違って見えるものだな。で、園田、報告っていうのは?」
俺が話を切り出すタイミングを見計らっているのを見透かしたように、木村陸将が助け舟を出してくれた。木村三佐は正座したままの体勢で、さっきから1ミリも動いてないように見える。
「はい。ありがとうございます。率直に申します。お義父さん、楓さんとの結婚をお許しいただきたい」
お義母さんは笑顔でうんうんと頷いている。木村陸将も目を閉じて一度だけうんと頷いた。
「娘をよろしく頼む。あまり出来は良くはないが、我慢強くて優しい子だ。大事にしてやってくれ」
楓さんはハンカチで涙を拭きながら、聞こえるか聞こえないかぐらい小さな声で「お父さんありがとう」と言っていた。
「木村陸将、いや、お義父さん。ありがとうございます。必ず楓さんを幸せにします!」
「楓、誠司さんの妻になるということは、この国を動かす人の妻になるということなのよ。今までみたいにすぐに恥ずかしがったり、弱音を吐いたりしないで、しっかりと誠司さんを支えなさい」
「はい。お母さん。頑張ります!」
普段はふわっとした雰囲気のお義母さんが、真剣な目で楓さんを見つめ、楓さんもそれに真剣な眼差しで応える。今度はお義母さんが僕に向き直り笑顔で話しかけてくれる。
「誠司さん。夫も息子もお世話になっているのに、今度は娘までお世話になって、本当にありがとうね。これからも3人をよろしくね」
「いえいえ、いつもお世話になっているのは、俺の方ですから。これからも皆さんに助けてもらう機会も多いと思いますので、こちらこそよろしくお願いします」
最後に木村三佐からも妹に話があるようだ。
「楓、おまえも知っているだろうが、園田閣下は今現在も日本だけに止まらず、世界の歴史の中心いるお方だ。決して閣下のお邪魔になるようなことをせず、少しでもお役に立てるように日々研鑽を続けるように」
おぉ、こういう場でも木村三佐はやっぱり一貫しているな。
「はい。お兄ちゃん。ありがとう」
「閣下、愚妹ではございますが、妹が閣下のことをお慕いしているのは、私が一番よく知っております。何卒妹をよろしくお願いいたします」
木村三佐は畳に頭を付けて土下座を始めた。
「木村くん、顔をあげてくれ。楓さんのことは必ず幸せにするよ。俺は木村くんのことは部下でもあるが、友人だと思っている。これからは義兄にもなるわけだ。これまで以上にお世話になると思うけど、よろしくお願いします」
そう言って俺も畳に額を付けて土下座をした。
「よし、じゃあ挨拶はそろそろ良いだろう。あんまり時間もかけてられないから、今後のことについて今日ある程度決めてしまいたい」
木村陸将が参加する会議はだいたい木村陸将の仕切りで進むのだが、今後はプライベートも同じノリになる気がしてきた。
「はい。そのことで、事前にお伝えしなければいけないことがあります。実は4月1日から内閣総理大臣を大槻翔海軍大臣と交代することになっております」
「あ?あと10日もないじゃないか!聞いてないぞ!」
「すみません。昨日の夜に急遽決まりました。ずっと陸軍から総理大臣を出し続けていては海軍の顔が立たないというのが陛下のご意向でしたので、交代することは少し前から決めていました。総理大臣として結婚式を挙げると、なかなか段取りに時間がかかってしまうので、1日も早く楓さんと結婚したいのと、あとは総理だと新婚なのに楓さんとの時間をほとんど持てないので、陛下と大槻翔海軍大臣には話を通してきました。閣僚はそのままで総理と副総理を交代するだけなので、業務への影響は最小限になるかと思います」
木村陸将が唖然とした顔をしている。木村三佐については俺らが未来から来たことや、特殊な能力が使えること以外はほとんど話しており、今回の件ももちろん知っていたので、驚きの色は見られない。お義母さんは相変わらずニコニコしており、楓さんは少しだけ驚いた顔をしてから、嬉しそうにでうんうんと頷いている。
「おい、そんな理由で総理大臣を交代しても良いのか?」
「はい。重要なことは元々、陛下と俺と翔の3人で、ある程度決めてから閣議に下ろしていたので、体制には全く影響はありません。俺もこれまでは総理大臣と陸軍大臣を兼任していて、陸軍のことはほとんど皆に任せきりだったので、やっと本業の方に専念できるとホッとしています。政治家である前に陸軍軍人ですからね。他にも新年度ということで、4月1日から変わることがたくさんあるのですが、それはお楽しみということで…。あ、収入の方は心配しないでください。元々総理大臣や陸軍大臣の政治家としての俸給は辞退しており、陸軍からの陸将としての俸給しかもらっていなかったので収入は変わりません。それに、実は人に任せているのですが、俺個人でいくつか事業もやっていまして、思いのほか順調に進んでますので、お金のことに関しては一生心配しなくても良いと思います」
「そっ、そうか…。それならいいか…?」
どうやら木村陸将は無理やり納得してくれたようだ。
「あと、俺は孤児でしたので、陸軍が家族みたいなものです。結婚式に呼べる親族がいないのと、恥ずかしながら礼儀やしきたりも知りません。親代わりになる親戚もいないので、結納はこの4人だけでも良いですか?」
「俺も堅苦しいのは嫌いだ。園田の言うとおりで良いぞ。ただし、結婚式はきちんとやらないと駄目だ。園田が忙しいのはもちろん分かっているから、段取りはすべてこっちでやる。まぁ、任せておけ」
身内(陸軍)の娘さんと結婚すると理解があって本当に助かる。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!もう1つだけお願いなんですが、楓さんの希望はなるべく聞いてあげてください。費用はすべて俺が持ちますので、請求書はすべて俺個人に回してください」
「楓の希望の件は分かった。が、費用の件は一人娘の結婚式だ。半分は俺から出させてもらう。異論は認めん」
律儀な木村陸将ならそういうと思っていたから、これ以上しつこくすると怒りだしそうなので、ここは素直に引き下がるとしよう。
「わかりました。それで構いません」
「そうそう、二人の新居はどうするの?今は誠司さんは皇居の敷地内に住んでるんでしょ?さすがに楓と一緒に皇居というわけにはいかないわよね?」
お義母さんがお茶を飲みながら現実的な質問をしてきた。
「ええ、陛下は結婚後も自由に使って良いと仰っておられますが、流石にいつまでも家族でお世話になり続けるわけにもいきませんから、皇居は出ようと考えております。総理大臣も辞任するため総理官邸にも住めないので、とりあえず陸軍の官舎使おうかと…」
「なるほど、妥当だな。官舎って言っても陸軍大臣の官舎って言ったらちょっとした邸宅だからな、不自由はないだろう」
「はい。家については落ち着いてから楓さんと話し合って決めたいと思います」
「わかった。詳しく決まったら教えてくれ。結婚式の日程は仕事の予定を調整しながら決めるとしてだ、入籍はいつにするんだ?」
「入籍については早いほうが良いかと思いまして、来週中にはと思っております」
「わかった。楓もそれでいいな?」
楓さんはどんどん進んでいく話に追いついて来れなかったらしく、先程からぼーっと俺の方を見ていたので、木村陸将に話を振られると一瞬ビクッとなって慌てて返事をした。
「えっ、はい!大丈夫です!」
本当に大丈夫なのか若干の不安はあるが、まぁ問題ないだろう。
「では、そろそろ昼食にしましょうか」
店員を呼んで、予め用意してもらっていた料理を運んでもらう。今日は食事までどのくらい時間がかかるか分からなかったので、お弁当を用意してもらった。お弁当と言っても料亭のお弁当なので、ちゃんと刺し身やお吸物等も付いている。
昼食が終わってからは、二人でゆっくりと話したいだろうと気を利かせて、木村陸将とお義母さん、木村三佐は楓さんを残して店を後にした。




