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23.ベルヒテスガーデン

1942年2月28日20:00 ドイツ第三帝国 ベルヒテスガーデン ベルクホーフ


ベルクホーフの大広間ではアイザックの他に、ドイツ国防空軍の制服を着用した藤井とエルマ・ヘス副総統(ナチ党指導者代理)、クラーラ・ヒムラー親衛隊全国指導者、イリーネ・ゲッペルス国民啓蒙・宣伝大臣の5人が30年物のボルドーワインを飲みながらテーブルを囲んでいた。アイザックと藤井以外は全員女性メンバーだ。


「ねぇ、やっぱり誠司達と連絡取らないのはマズイんじゃない?」


アイザックは酒が得意ではないので、りんごジュースを手に一同に話しかける。


「俺もソ連にいる小川はともかく、園田達の方は信用しても良いと思うな」


藤井は他の幹部たちを伺うように、アイザックに賛同を示す。


エルマ副総統がワイングラスを置いて、面倒くさそうに話し始める。


「総統、この話は何回もしたじゃないですか。彼らはお二人と大学で同じサークルだったから信用したい気持ちも分かりますけど、第三帝国の興廃に関わる国家機密を他国に軽々しく話すなんて、中学生でも良いことか悪いことかの判別は付くと思います。私達だってこの戦争で負けたら戦犯として処刑されるかもしれないんですよ?今は前の世界でのお友達のことよりも、この戦争に勝つ事が最優先ではないのですか?」


「それはエルマの言うとおりなんだけどさ…」


アイザックが話し終わる前に女性のクラーラ親衛隊長官立ち上がって、会話に割り込んでくる。


「もう!みんな!今日はせっかくのロンドン完全占領祝いなんだからさ、楽しく飲もうって言ったでしょ?アイザック君と藤井君の友達とは私も会ってみたいし、戦争が落ち着いたら改めて連絡してドイツに招待しようって、みんなで決めたばっかりなんだから、今後この話は禁止!いい?」


アイザックと藤井がクラーラ親衛隊長官の意見に頷いて賛同を示す。

アイザックは気が強い女性が苦手なのと、藤井はそもそも女性に慣れていないため、クラーラには、あまり自分達の意見を言えないのである。


「今更だけどさ、私たちの他にもこっちに来てるチームがいたのは驚いたよね」


イリーネ宣伝大臣がタイミング良く話題を変える。彼女は5人の中で唯一制服ではなく、黒いタイツにタイトスーツを着ており、仕事ができるキャリアウーマンという雰囲気ある。

   

「俺はハーケンクロイツのメンバー全員が女だったことの方が驚いたな。確かにVCで話しているのは聞いたことなかったけど、俺達と一緒で、ほとんど毎日ログインしているし、メンバー全員がキルレ平均5以上、トーナメントでもプロチーム相手に普通に勝ってて、メンバーの名前がみんなナチスの幹部名ってさ、さすがに女だと思ってたやつはいないだろ」


「それはねぇ、FPSみたいな男の方がゲームだと女に飢えてるキモオタが、こっちが女だって分かると粘着してきてみんな凄い迷惑してたんだよね。セクハラみたいなチャット送ってくるし。だから、みんなで女だってことがバレないようにしようって決めて、わざと隠してたからだよ。もしかして藤井君もその粘着してた子の一人だったのかな~?」


クラーラ親衛隊長官がいたずらっぽく藤井の顔を覗き込むと、藤井は顔を赤く染めて首を横にブンブン振って否定した。そんな藤井の様子を見てクラーラはクスッと満足そうに微笑むのであった。


5人が最初に会ったのは、誠司達には知らされていないが、タイムスリップをしたその日だった。アイザックと藤井はすぐに誠司達にも他のチームが一緒にこちらの世界に転移したことを報告しようとしていた。しかし、クラーラが、こんな状況では自分たちの存在を他人に知られるのは不安であり、今は誰を信じて良いか分からないから、誠司達にも自分達の存在は伏せておいて欲しいとお願いされたため、誠司達へクラーラ達の存在を報告をしなかったのだ。


こちらの世界に来てからすぐに今後について5人で話し合った結果、これからは重要なドイツの運営方針については必ず5人全員による話し合いで決めて、最終的に意見が纏まらなかった場合は多数決ということに決まった。そのため、何度かアイザック達から誠司達には話そうと提案してみだが却下され、現在に至るまで彼女達の存在は知られていない。

5人での話し合いと多数決はクラーラ達の方が人数が多いから、アイザックと藤井の意見が全部通らないということはない。毎回彼クラーラ達の意見が揃っていているわけではなく、3人がそれぞれ自分の考えで意見を出し合っており、彼女たちの間で言い争いに発展することも、少なくない。

例えば今回のクラーラが提案したグレートブリテン島進攻作戦については、補給の不安があるからとエルマとイリーネが最後まで反対していたため多数決になり、アイザックと藤井が賛成に回ったため3対2でクラーラの提案が通っている。また、クラーラについては、元の世界でハーケンクロイツのリーダーではあったが、チームの重要な方針は多数決で決めていたため、他の二人もリーダーだからと言って、クラーラに従わなければいけないということはない。そのため、誠司達への報告についてはたまたま彼女達3人の意見が同じだったというだけだった。


「そういえば、先程ロンドンの占領部隊から大英博物館やバッキンガム宮殿等を捜索したところ、人間は一人も見当たらなく、価値のあるものは絨毯や家具に至るまですべて運び出された後で、中はもぬけの殻だったとの報告がありました。日本の海運会社がギリギリまでイギリスに残ってイギリスから日本に人・物・金をせっせと運んでいたということだったので、おそらく大部分は日本とアメリカに運ばれてしまったのでしょう」

    

エルマはこういう飲み会の席でも、ほとんど仕事の話しかしない。現在彼女にとっては仕事以外のことにはほとんど興味がなく、仕事の話が1番楽しいのだそうだ。


「あー、やっぱりか。予想はしてたんだけど、本物のツタンカーメン見たかったな~」


アイザックは心底残念そうに手を額にあてた。


「えっ、ツタンカーメンってエジプトじゃないの?」


クラーラの質問にはエルマが答えた。


「元の時代では大英博物館からエジプトに返還されておりますが、この時代だとまだロンドンにあったはずですよ。今頃はスミソニアン博物館あたりにあるかもしれませんがね」


「あ~、それは惜しかったね。でもさ、ツタンカーメンはなくてもエジプトなら今はイタリア領だから行こうと思えばいつでも行けちゃうよ。ムッソリーニさんに言ってピラミッドの視察にでも行ってきたら良いんじゃない?」



「おお!流石はイリーネさん!ナイスアイディア!じゃあ早速ムッソリーニに連絡を…」


立ち上がろうとしていたアイザックをエルマが制止する。


「もちろんダメですよ。軍がイギリス本土で任務中のも関わらず、総統がドイツから離れて観光旅行なんてしていたら、現場の士気が下がります。イギリス降伏までは1日も休ませませんよ」


「ひでぇ・・・、エルマちゃんは厳しいな~。じゃあ、いつイギリスは降伏するのさ?」

    

「そうですね、アメリカ・イギリス連合軍はリバプール、マンチェスター、リーズ、スカボローのラインに強固な防衛線を構築しており、我々がいかに兵器性能で敵を上回っていても、物量で勝るアメリカ軍を退けるのは容易なことではありません。現在のイギリス本土での単純な兵力比ですと、ドイツ軍120万人に対してアメリカ・イギリス連合軍350万人で、敵は我々の約3倍の規模となっております。今のところ戦闘機の性能差のおかげでイギリス南部での制空権は我々にあるため、懸念していた物資の補給問題はクラーラが提案したとおり海上輸送を使わずに、大量の大型輸送機によるピストン輸送が成功している。そのため、前線にも潤沢に物資が届き、攻撃機による航空支援を受けながらロンメル中将が暴れまわっておりまして、現在の戦局は我々に有利な状況となっております。しかし、ここ数日でアメリカ軍が我が軍の戦闘機への対策として、1機に対して3機で対応するシフトを徹底し始めたので、今後はアメリカ軍の物量により我々の質的有利が失われつつあります。ただ、しばらくは前線が膠着状態になると分析しておりますので、イギリス降伏の目途は立っておりません」


「ええーっ!!!それまで休みないの!?次の休みの目処が立ってないって、ブラック企業過ぎるじゃん!」


「まぁまぁ、アイザック、まだ慌てるには早い時間だ。これを見てくれ!」


藤井が椅子から立ち上がって、壁にスライドを映し出した。実は藤井は今回のロンドン完全占領祝いで発表しようと、事前にプロジェクターとスライドを密かに設置していた。


部屋の照明が落とされると、壁に掛かっているスクリーンにドイツ語で『スルト計画』と映し出された。なお、スルトとは北欧神話の中でラグナロクの日に世界を焼き尽くした巨人の名前から藤井が付けたプロジェクト名である。


「我々がこの世界に来てから最も金と資源を投入していた、スルト計画がついに完成した!」


一同から「おぉ」という感嘆の声が上がると、藤井は気分良く話を続ける。


「史実ではアメリカのマンハッタン計画の完成は1945年の7月であるが、我々は3年以上も早く原子爆弾の製造に成功したのである!それは、俺が理学部物理学科に所属しており、趣味で調べていた核兵器の理論が頭に入っていたからに他ならない!それによって理論研究をすっ飛ばしてウラン235を用いたガンバレル型、いわゆる広島型原爆の開発に特化したことによる最短ルートでの完成至った!そしてこれが完成した原子爆弾である!」


スライドが切り替わり無骨な爆弾の写真が映し出された。


「リトルボーイそのまんまだよね。デザインを変えるとか工夫はできなかったの?」


イリーネが若干呆れた顔で質問する。


「そこは構造上の問題で、構造を変更するとうまく起爆しない恐れがあるからそのままにしたのだよ。理論だけ知ってたところで一般的な理学部の学生に過ぎない俺が核兵器の構造を改良ができるはずがない!そこで、ドイツ本国と占領地域から可能な限り物理学者や数学者、各種技術者を集めたうえで、2年かけてやっとできたのがリトルボーイの模倣品であるが、俺の頭ではこれ以上は無理だから今後の研究はドイツの天才たちに任せいるのだ!」


藤井の言うとおり、核兵器の理論や大まかな構造は理学部の学生であっても調べられるだろうが、製造方法の詳細等は当然のことながら公開されていない。なので、今回のリトルボーイの模倣品に至っても大部分がドイツ研究チームの努力の結果である。


「ふ~ん。それはまぁ良いんだけど実験はまだだよね?いつやるの?」


藤井はスライドを別の写真に変えると、実験場の様子が映し出された。


「段取りは既にできてある。この実験場は地中海のパルマの東にあるマオン島に作られており、島民は既に全員退去済である。ここから電話1本かければ明日の朝8時から実験が開始できるように既にスタンバイしてある」


「藤井先輩にしては、今回はめちゃくちゃ段取り良いっすね!」

    

「藤井先輩にしてはって余計だよ!で、世界初の核実験になる訳だから、実験の可否について一応決議を取りたい。賛成のものは挙手してくれ」


すぐに全員が手を挙げ、珍しく全員一致での可決となった。


「よろしい。では、これから現場に連絡するから俺はここで失礼する。明日のお昼には結果を皆に報告できるだろう。楽しみにしといてくれ」


 お祝いとは言っていたが、結局は仕事の話で今回は解散となってしまった。そもそも現代からタイムスリップした彼らにとっては、娯楽の少ないこの時代で一番楽しいのは彼らの仕事なのかもしれない。


1942年3月1日、ドイツが世界で初めての原子爆弾の実験に成功した。この時点では原爆の実験成功についてドイツが軍事機密としていたため、公表はしていなかった。しかし、当日中にはアメリカ、ソ連、日本の諜報機関は核実験に成功したという情報を掴んでいた。特にドイツと交戦中のアメリカは世界で唯一の核保有国となったドイツに対抗する手段を現段階では持っていないため、かなり深刻な状況に立たされることになった。

ただ、ルーズベルト大統領は仮にドイツが新型爆弾を保有したとしても、ヨーロッパから大西洋を横断して、アメリカ本土までの約6,000km以上の距離をメッサーシュミットMe 264のような大型爆撃機がアメリカ軍の哨戒網に一度も引っかからずに、アメリカ本土まで到達できるとは考えにくいことから、アメリカ本土への爆撃が成功する可能性は低いと考えていた。そのため、東海岸の哨戒機を増やし、常に航空機に対する哨戒レベルを最高に引き上げるという対応にとどまった。

また、アメリカの原子爆弾の開発チームには実用化を急ぐように指示を出し、資金と研究者の追加投入を決めた。

イギリス政府はロンドン陥落から諜報機関の機能が著しく低下したため、原爆の情報を掴むことができなかった。そして、イギリスに降伏されるとヨーロッパでの拠点を失うと考えたアメリカ政府は、イギリスに原子爆弾に関する情報提供を行うこともしなかった。

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