20.記者会見
1942年1月16日13:00 大日本帝国 東京市 総理官邸
先程、須藤外務大臣から大西イギリス大使らがリバプールを照国丸に乗船して出港したが、駐在武官の大橋三等陸佐と大使館職員5名、一緒に避難した民間企業の駐在員12名が死亡したとの報告を受けた。
同時にイギリス政府からは大橋三佐らの死因は空爆によるものではなく、全員が射殺されており、大橋三佐らに遭遇したドイツ陸軍の偵察隊が、イギリス軍への通報を恐れて殺害した可能性高いと分析をしている。そして、今回射殺されたのは大橋三佐も含めて全員が武器を所持していない非戦闘員であり、戦闘ではなく一方的な虐殺であることは明白であった。報告を受けて直ぐに須藤外務大臣から在日ドイツ大使に総理官邸への出頭を要請をしたが、ドイツ本国からは何の情報共有もされていないため答えられらことはないと、やんわりと出頭を断られた。緊急の閣議で検討した結果、今回は複数の民間人も犠牲になっているため、ドイツとの会談を待たずに記者会見を開いて、国民に客観的な事実のみを報告することに決まった。
総理官邸内に新設したプレスルームには日本の新聞社やラジオ局、テレビの試験放送を始めたNHK、日本に支社置く各国の記者達で埋め尽くされており、ラジオの生放送による大谷内閣官房長官の記者会見が始まった。
『お集まりいただき、ありがとうございます。先程イギリスにおきまして、在英日本大使館の職員5名と民間企業の駐在員12名、在英武官1名が避難途中に武装集団に射殺されたという情報が入りました。外務省を通してイギリス政府に確認をしたところ、現地の捜査当局による捜査の結果、イギリス本土に侵攻中のドイツ軍の偵察部隊による犯行である事が明らかになりました。大日本帝国政府としては、今回のイギリスにおける邦人が虐殺されるという事案を極めて憂慮しており、交戦地域であったとしても非武装の非戦闘員対する虐殺行為について、国際法に違反していることは明らかであります。つきましては、本日午後12時に外務省内に須藤外務大臣を長とする対策室を設置し、同じく被害にあったソ連政府と連携しながら慎重に本件の対応を検討していきます。以上です。』
大谷官房長官からの報告が終わるとプレスルームに集まった記者が一斉に手を上げる。最初に大谷官房長官はNHKラジオの女性記者を指名した。
「この度の銃撃事件についてはラジオの生放送を通して、全国民が注目しております。もちろん犠牲になった方のご家族も一刻も早く情報が欲しいと思っていると思いますが、亡くなった方々の氏名は公開されないのでしょうか」
大谷官房長官が質問に答える。
「犠牲者の氏名は今のところ調査中です。既に現場付近は戦場となっているため、我が国から調査員を派遣することは困難であります。そのため、イギリス政府にご遺体の収容と身元の確認を要請しております。」
次にBBC日本支社の男性記者が指名された。
「我々イギリス人としても大変心を痛めているとことではありますが、今回のナチスによる虐殺に対して日本軍による報復の可能性はありますか?」
再び大谷官房長官が質問に答える。
「現在は外交による解決に向けて全力を尽くしております。ですが、大日本帝国政府としては現段階においては武力による報復も含め、すべての選択肢を残しております。当然武力による解決は望むところではありませんので、ドイツ政府には誠意ある対応を期待しております。今回の会見では次の質問を最後にします。」
最後に日日新聞社(現在の毎日新聞社)の男性記者が指名された。
「ドイツによるイギリス侵攻は政府も予想していたと思いますが、何故早期の邦人への帰国命令を出さなかったのでしょうか。アメリカ政府は半年前に外交官以外のアメリカ人を全員帰国させておりますが、なぜ我が国は空爆が始まるまで帰国命令を出さなかったのでしょう。」
元の世界の戦前の日本では考えられないくらい、大日本帝国政府に対して攻撃的な質問である。誠司が内閣総理大臣になってからは報道の自由を徹底し、外国のメディアの影響も受けて、日本のマスコミも政府に対して厳しい質問をするようになった。
「もちろん大日本帝国政府としてもドイツによるイギリス侵攻は予想しておりましたので、1939年11月から1940年3月までの間に、段階的に邦人の引き揚げ勧告をしており9割以上の邦人の避難が完了しておりました。しかしながら、我が大日本帝国に避難を希望するイギリス国民やイギリス企業の避難支援には査証発行のために大使館を残しておくことと、商社、金融や海運業等の日本企業の窓口が必要があり、人道的な理由から必要最小限の人員を残して業務を継続しておりました。当初の予定ではドイツ軍がイギリス本土に上陸したという情報が入り次第速やかに撤収を行い、すべての邦人の引き揚げを完了する予定でしたが、上陸してからのドイツ軍の侵攻速度が予想よりも遥かに速く、このような事態となりました。」
記者会見を終了して大谷官房長官が退室した。
記者会見から3日後、外務省の事務次官が毎日在日ドイツ大使館に足を運び、渋々ながら会談を受け入れた。しかし、ドイツ大使からの回答は『この度、貴国の国民がイギリス本土で亡くなったことについて、私から本国に問い合わせた結果、ドイツ陸軍でも調査をしましたが、我々が関与しているとの情報は無いとのことでした。仮にドイツ陸軍が関与していたとしても、我が第三帝国とイギリスは以前より交戦状態にあることは周知の事実であり、日本人がイギリス本土で戦闘に巻き込まれて亡くなったのは、邦人に帰還命令を出さなかった貴国の責任であり、我々第三帝国を非難するのは誠に遺憾である。友好国である貴国の国民が亡くなったことについては、我々としても心を痛めております。しかしながら、いくら友好国といえどもイギリスへの侵攻日時は最重要機密事項であるため、事前に報告することができなかったことについてはご理解いただきたい。今後も貴国との友好関係が永続的なもであることを切に願います。』という教科書どおりの回答しかもらえなかった。会談した事務次官は渋々ドイツ大使館を後にし外務省に戻った。
会談内容を聞かされた須藤外務大臣は、明日は自ら足を運ぶことを事務次官に伝えた。大使館の職員が殺害されたこということは、自分たちの身内が殺されたたということであり、外務省の威信をかけて対応をするよう緊急対策室の担当職員に通達を出した。




