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ウチは今、最低なことをしていた。
帽子にサングラスにマスクの出で立ち。手には元来、動物達を脅かさないように撮影する為の遮音カメラアプリを入れたスマホ。
コソコソと遮蔽物越しに身を隠し、ポチポチと画像を増やすーー。
ストーキング&盗撮である。しかも、友達の父親ーーひなっちパパである康太さんに対してだ。
バレたらヤバいという緊張感に動機や冷や汗がとんでもないことになっているが、良いショットが撮れた時の達成感が堪らない。
そんな背徳感に高揚感を感じているーーウチはどうして、こうなってしまったんだろう。康太さんと初めて会った日以来、ひなっちにはあからさまに警戒されてるし・・・。
くぅ~、しかし、かっこいいなぁ。ただ、歩いてるだけで絵になるなんて、こんなん反則じゃんーー。
ポチ、ポチと撮影ボタンを押して気付けば画像は100を越えていた。ここ一週間、ほぼ、こんな感じなので合計枚数は1000を越えているだろう。そろそろ選別作業に入らないと・・・。
最初は1枚だけのつもりだった。絶対叶わない恋ならば、この恋心が消えるまで鍵付きフォルダーに1枚だけ入れた画像でも眺めて消化しようと思っていた。
それが、1枚なら最高の物にしたいとか、このショットも捨てがたいとか、そんなことを考え始めてしまい、辞められず、ズルズル今日になってしまった。
最近ではひなっちだけでなく、お母さんまで怪しんでるし・・・正解です、ごめんなさい。
ウチは今日も康太さんが家に入っていくのを見送って、帰路に着く。
溜め息と共に嫌悪感。こんなこと続けて良い訳がない。そろそろ、どうにかして辞めるようにしないとーー。
「秋穂ちゃん、何してるのかな?」
ウチは血の気が引いていくのを感じながら、振り返った。肩に置かれた手は恐ろしい程、力強く、逃さないという断固たる意志を感じさせた。
「ひ、ひなっち」
「本当、残念。折角出来た友達の未来をめちゃくちゃにして、豚箱に突っ込んであげないといけなくなるなんて、悲しいなぁ」
言葉では悲しいなどと言ってるが、ひなっちの表情は何処か嬉しいそうだ。例えるならば、鬱陶しかったハエをようやく退治できた時の様な顔をしている。
「ご、ごめん、ひなっち!!つい、出来心だったの!!ひなっちパパがあんまりにも格好良くて・・・悪いと解ってたのに辞められなくて!!本当にごめんなさい!!」
「お父さんがかっこいいのは解るけど、一週間くらい付け回してたよね?盗撮もしてたし、どちらにしたって保護者交えて話し合わないと」
ウチの必死の土下座にも意を返さず、ひなっちは踵を返す。その全くもって躊躇を感じさせない言動に、ウチの頭には『退学』やら『炎上』やらの文字が踊り始めた。
「もうしないから!!一生のお願い!!ひなっちのママとウチのママ、中高時代からギャル友だったらしいから!!こんな形で再会させたらーー」
「中高時代からのギャル友?」
それまで、縋り付く手も蹴飛ばす勢いだったひなっちの足が突然、ピタッと止まった。
「私のお母さんと秋穂ちゃんのお母さんが、ギャル友?」
「ウチもつい最近知ったんだけどさ!!ウチのママがモデル始めるまでは、めちゃくちゃ遊んでたって!!ウチが悪いんだけど、本当に申し訳ないっていうかーー」
しどろもどろになりながら、ママ達がマブダチだったアピールをする。正直、何でひなっちの足が止まったかは解らないが、もしかしたら、ファザコン(父親大好き)ではなくファミコン(両親大好き)なのかもしれない。お母さんを悲しませたくないみたいなーー。
もし、そうだとしたら、盗撮なんかしてパパ、ママを悲しませようとしているウチとの差に死にたくなるが、この際、どうだっていい。許される可能性があるなら全力でアピールするのみだ。
「そっか。秋穂ちゃんがしたことは確かに良くないことだけど・・・もうしないって反省してるなら、許してあげた方が誰も悲しませなくて済むよね」
「う、うん!!もうしない!!絶対しないから!!本当にごめん!!ウチが馬鹿だった!!」
ひなっちは「解った。でも、許すのは今回だけだからね?次見つけたら、警察に突き出すから。そっちの方が秋穂ちゃんのためにもなるし」と溜め息を吐きながら、手を差し出してきた。
「うぅ、ごめん、ひなっち・・・ありがとう・・・本当にありがとう・・・」
安堵から溢れ始めた涙を片手で拭いながら、手を取り立ち上がる。ひなっちはそんなウチにハンカチを差し出しながら微笑んでーー。
「もう、ハンカチで涙拭きなよ・・・因みにお母さんのギャル友時代の話聞きたいのだけど、秋穂ちゃんのお母さんっていつ頃、暇なのかな?」