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わたくし、創条院 志乃には推しがいる。それは親友の恋咲 雛乃だ。
国内有数の大企業を有する創条院家の令嬢として産まれた私は、一切の不便さを感じることがない代わりに、殆どの人生設計を親の言う通りに生きる人生を歩んでいる。
勿論、ゴールが決まっているというだけで登り方は自由なので息苦しさはなく、元々、不満もないので快適ではある。しかし、非常に退屈さを感じていた。
「ごきげんよう、みなさま」
「ごきげんよう、しのさま」
幼稚園から、そんな挨拶を繰り返してきたわたくしには対等な友達も居らず、孤独感も相成って、わたくしは常に刺激的なものを探していた。
「あら?あのかたは・・・」
一学年上り、組内での子供達に変化があった頃、皆が遊ぶ中、机に向かい一心不乱に何かを書き綴っている女の子にわたくしは目を奪われた。
まず、信じられないくらいの美少女だ。両親が芸能人という方が通っていることもあり、容姿が優れている子も多い中で、群を抜いて整っている。
そして、同い年とは思えない程の集中力だ。如何に私立の幼稚園といえど、ただ静かに出来る子は多くとも、あそこまで1つのことに集中出来る子は多くない。
「しのさま。あの方はひなのさんと言います。どうしても変えたい法律があるから、法学部に入りたいと常に勉強をされているのです」
この歳で国を憂い、勉強している方がいるーーそれはわたくしにとって、未だかつてない程の衝撃的な出来事だった。
決められた人生を退屈に感じながらも受け入れている私に対して、彼女は自身の手を持って運命を切り開こうとしているのかとーー。
彼女から目が離せなくなったわたくしは彼女の一挙手一投足を見守った。何をするにしても、一番、輝いている彼女。
特に御両親が来ている時の笑顔は光り輝いて見える程だ。そんな一面を可愛らしく思いながらも、心から素晴らしいと思った。
そして、わたくしは自らアプローチをかけ、彼女と仲良くなり、今では自他共に認める親友に至ったのである。
帰宅し、部屋一面に飾られた彼女を模して作られたオリジナルグッズや写真を眺めながら溜め息を一つ。
惜しむらくは、彼女が芸能関係やアイドル活動などに一切興味が無く、表立った推し活が出来ないということーー国を変えたいという強い想いを持った彼女の邪魔をするのは野暮というものだ。
推しの夢を応援してこそのオタなのだ。そのくらいの矜持は持ち合わせている。
「ふふふ、それにしてもお遊戯会の時の雛乃ちゃんは、いつ見ても可愛くて癒されますねぇ」
今日も今日とて推しを愛でながら、紅茶を飲む。それが、わたくしの至福の時なのだ。
さて、そんな親友であり推しでもある雛乃の誕生日が近付いてきた。これを祝わない等ありえないことだ。もし、彼女が望むならドームを貸し切りにして、誕生祭を開催しても良いと思っている。
そんな、わたくしの想いとは裏腹に雛乃が欲しいと言ったのは、婚姻届と離婚届。読書が好きな彼女は参考資料として実物を見てみたいそうだ。
「そのくらいお安い御用ですよ。ですが、誕生日を祝うにしては、わたくしの気持ちが収まりません。そちらを用意した上で、わたくしから雛乃に贈りたい物を御用意させて頂きますね」
推し活の楽しみの一つに、推しに貢ぐという物がある。推しの喜ぶ姿を見たり、推しの活動を応援したり出来る素晴らしい行動だ。
本人の望みと言えど、公的書類を渡す程度ではわたくしの貢ぎたい欲求は全く満たされないのだ。
「本当に!?流石、志乃ちゃん!!誕生日の時は絶対にお返しするからね!!」
わたくしが返事をするよりも早く、飛びつくようにして抱き着いてきた雛乃ーー推しのハグ頂きましたフヘヘヘヘ・・・。
「ありがとうございます。そういうことでしたら、誕生日のお返し、期待してますね」
多幸感にだらしない表情を浮かべているのを自覚しながら、わたくしは雛乃のハグを堪能するのだった。