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「え、いま、え、」



目の前に、星野がいる。少し前までは確実にいなかった星野が。


急に現れた星野の顔と、この部屋のドアとを、キョロキョロと見比べる。

俯いていたとはいえドアが開けばわかるはずだし、そもそも開いた音もしなかった。それに一瞬前まで、絶対に、星野の声は外から聞こえてきていたのに。


どういうことだ?


俺が目を白黒させていると、



「りゅうちゃん!!」


「うわっ!」



星野が、ほとんどぶつかるような勢いで抱きついてきた。

そのまま後ろにひっくり返る。

ベットがギッと鳴いた。星野の腕が首に巻きつく。星野に抱きつかれている。そう思ったら、心臓が強く打ち始めた。正直な俺のバカな身体をぶっ飛ばしたいと思う。



「おま……なんだよいきなり!」


「りゅうちゃん、ごめん!傷つけてごめん、ほんとにごめん!!」



耳元で星野が叫んだ。つい言葉を飲み込んでしまう。抱きつかれているから顔は見えないが、星野の声には必死さがにじんでいた。

それが、「でも、」と言うなりぐじゃりと崩れる。



「おねがいだから、おねがいだから、も、『もう一緒にいない』とか……っ、言わないでぇえ~っ!!」



ぎゅうーっ…と音がしそうなほど、星野と俺の体がびたりとくっつく。

その強い力は、まるで俺を逃すまいとでもするようだ。

情けない声を上げたあと、星野はぐすぐすと鼻を鳴らしはじめた。こ、こいつ、泣いてやがる……。



「……おい」


「うっ、ご、ごめん!ごめんなさい!ごめん!」


「おい、星野…」


「ごめんりゅうちゃんっ…お、お願いだから、おれ、おれ…っ、う、うぅ~~っ」


「……」



――ああもう、と俺は頭を掻いた。

裏切られたとかムカつくとか、いろいろ思っていたのに。さっきまで、すっげー、悩んでたのに。

これだから俺はクソ真面目だと言われるんだ。

頭でっかちに悩みすぎた。俺の空想じゃない、本物の星野を見れば、自分がいかに考え過ぎていたかわかる。だってこのバカが、そんな大層なものなわけがない。


星野の嗚咽が、しんとした俺の部屋にぐずぐずと聞こえる。

星野の背中に、そっと手を回す。

少し迷ったが、しかし結局、俺はその背をぽんぽんと撫でてやることにした。ひぐっ、と引きつけたような大きな音がした。



「……!りゅ、」


「バーカ」


「……ひ…っ」


「…………泣くなよ。もー怒ってねえよ」


「……う、うぇ……っうわあああん!りゅうちゃん、りゅうちゃん、ごめんねえええ!」


「ハイハイ」


「おっ俺も、おれも、好き、りゅうちゃんのこと、だいすきぃい!!うわあああああん!!」


「ハイハイ」



わあわあ泣く星野。俺より図体がでかいくせに、まるで小さな子供のようだ。

俺はその背を、なるべく優しくなるように気をつけながら、何度も何度も撫でてやった。


仕方がない。俺はこいつのことが好きなのである。





やがて泣き止んだ星野と、ベッドの上、正座で向かい合う。

星野の顔は、眉毛の斜めになった、すごく悲しそうな、言っちゃ悪いが情けない顔である。しかも泣いたから目の周りが真っ赤で、イケメン台無しだ。いつもへらへらしている星野のこんな顔、見たことないな、と思う。

一方俺は随分落ち着いていた。取り乱した星野を見て、かえって冷静になれたのだ。冷静になれば、星野が俺を故意に傷つけるわけがないことなど、わかりきっていた。すごく思いつめたのが恥ずかしい。

まあそれについては後で弁明させるが、その前に、俺には気になっていることがあった。



「星野」



心持ち姿勢を正すと、星野もつられたように正す。いまから剣道の試合でも始まりそうな俺たちである。



「うん。なにりゅうちゃん」


「おまえ、さっき、瞬間移動しなかったか?」



これである。


さっき星野は音もなくこの部屋に入ってきた。そのうえ、そもそも思い返してみれば、先ほど淳仁は「玄関の鍵を掛けていく」と言っていたはずだ。つまり、この寮部屋内にこいつがいた、その時点でおかしかったのである。

星野の返答を変に緊張しながら待ったのは、ものの一秒ほどだった。



「うん、した」



星野はあっさりと首肯した。



「……星野、そんなのできたの」



そんなのってなんだよと我ながら思いながら言うと、星野はみっともない顔を精一杯真剣な表情にさせて、俺をまっすぐに見据えた。



「えっとねりゅうちゃん、最初に言うけど、俺、りゅうちゃんにウソ言ったこと、これまで一回も無いから」


「……ん?」


「だから、さっきのも、マジだから」


「…………んんん?」



星野の真剣な、珍しく強い眼差しが、俺を見つめる。俺もまた、星野の顔を、食い入るように見つめる。


と、不意ににょきりと、星野の頭から触角的なものが生えた。



「…………は?」



それ以外の声が出なかった。

10センチくらいの、つくしのような触角。何だこれは、とそれをよく見ようとすると、さらに今度は星野の姿が、ぱっと目の前から、消えた。

え、と思う間もなく、背後から、声。




「一回来たことある場所なら、『俺たち』は、瞬間移動できんの」




勢いよく振り向く。

ベッドの反対側の床に、星野が座っていた。目を見開く俺を見て、星野は少しだけ微笑む。その頭にはやはり、触角が生えている。

あまりの驚きに、今度はもう声が出なかった。少し遅れて、心臓がドキドキバクバクしてくる。

そんなバカな、と俺は思った。

じゃあ、「さっき言ってたのも本当」ってことは、「俺たちは」ってことは、つまり、星野は。



「…………か、せい、じん……?なの?」


「うん」



またあっさりと、星野は頷いた。触角がふよふよ揺れる。

そんなバカな。


…………マジで?




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