(1)
俺は寮の廊下を全力疾走していた。
脇目もふらず走っていたから、もしかして誰かにぶつかりそうになっていたかもしれない。でもそんなことを気に掛けている余裕がなかった。とにかく早く、自分の部屋に帰りたかった。早くしないとギリギリで保たれているものが溢れだしてしまいそうで。とにかく、とにかく、走った。
たどりついた寮部屋に駆けこみ、放り投げるように靴を脱ぎ棄て、入って右、自分の部屋に、その中のベッドに、飛び込む。
頭をベッドカバーに押し付ける。
当たり前のいつもの俺のベッドがいつものように俺を迎え入れてくれて、それでようやく俺は走るのをやめることが出来た。
でも、心の方は止まらなかった。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに駆けまわっている。悲しい、苦しい、怒り、情けない、恥ずかしい、辛い、悔しい。
わからない。
俺は荒く息をしながら、きつく目を閉じて、ベッドの上で頭を抱えて、ただじっとしていた。
「りゅーせー?帰って来たの?」
こんこんと控えめにノックが鳴った。
同室者の淳仁だった。そういえば寮部屋の玄関は鍵が掛かっていなかった。
「……うん」
「おかえりー。あのね、俺、ちょっと出かけてくるから」
「わかった」
「鍵かけてくね」
「ありがとう」
俺はいっぱいいっぱいで、まともに返事も出来なかった。そんな俺を、淳仁は不審に思っているはずだ。それでも、何も聞いてこなかった。俺が聞かれたくないと思っていることをわかっているのだ。俺は淳仁が同室者でよかったと思った。
がちゃんと鍵がかかった音を聞いて、俺はゆっくりと、体を起こす。
淳仁のおかげで、少し冷静さを取り戻した。もしかしたら淳仁は俺を一人にするために外に出てくれたのかもしれない、と思ったのだ。そう思えば、部屋がやけに静かに感じて、心も鎮まった。
とはいえぐるぐると落ち着かない頭で、俺は部屋を見回す。いつもの俺の部屋だが、今日は、その机の上、そこに置かれたタオルが、やけに目を引いた。
紺色のスポーツメーカーのそのタオルは、俺のものではない。
借りたのだ。
数日前、体育の時、…星野から。