第9話 生徒会長さん<エルタ視点>
<エルタ視点>
「こ、ここか……」
朝、とある部屋の前で、僕はごくりと固唾を飲む。
チラリと見上げた先には『生徒会室』と書かれている。
「緊張するなあ」
昨日、なんとかビルゴ教頭に勝って、僕は正式に講師と認めてもらえた。
まだまだ不安はあるけど、一応職をもらえたので頑張ってみようと思う。
ティナにも好きな物を買ってあげたいしな。
そして、現在。
講師についてはビルゴ教頭から色々聞いたけど、何やら生徒会長からもお話があるみたい。
たしか、生徒会長自らのお呼び出しとか聞いたけど……。
「やっぱりすごい権力なんだ……」
僕はふと、ティナから聞いた話を思い出す。
──王都エトワール学院、生徒会長。
その称号は、まさに唯一無二のもの。
影響力の強さはもはや一生徒のそれを超え、学院内外で効力を持つらしい。
学院内では多くの決定権を持ち、王都では商人や施設の方から提供しに寄ってきたりと、とにかくすごいそうだ。
そんな生徒会長になる人は、文武両道はもちろんのこと、生徒をまとめ上げる責任感のある人が選ばれるという。
そもそも入ることすら困難なこの学院において、生徒会長と聞けば誰もが頭を下げる存在らしい。
「そういえば……」
たっぷりすごさを教えられた後、ティナはこうも言っていた。
『生徒会長によろしくね。きっと驚くよ』
「どういう意味だよ、それ……」
結局真意は分からず終いだけど、そろそろ時間だ。
僕は意を決して、扉をノックした。
「し、失礼します」
返事を待って、僕はいよいよ中に入る。
すると、すぐに部屋の奥に座る人がこちらに向き直った。
「来てくれたのか」
「……!」
聞こえたのは、すっと耳を抜けていくような透き通った声。
なんだか懐かしい気もするけど……気のせいかな。
あんまりジロジロとは見れないけど、そんな声とサラサラした長い銀髪は、すごくカリスマ性を感じる。
そうして、こちらに手を向けて彼女は続けた。
「エルタ……だね」
「は、はいっ!」
い、いきなり呼び捨てだ!
やっぱり生徒会長さんともなると怖い人なのかな。
特に、僕みたいな急に入って来た部外者には厳しいのかも。
と、おどおどしてる中、生徒会長はとんでもないことを言ってくる。
「わたしの名前は、わかるよね」
「──っ!」
そう聞かれて、僕はハッとした。
しまったー!
もしかして、偉い人の名前は事前に調べておくのが常識なのか!
ここで社会経験のなさが出るなんて!
僕の答えはもちろんノーだ。
「え、わかるよね?」
「……っ!」
だけど、生徒会長は一歩ずつ寄ってくる。
肩書きも相まってか、僕は詰められているように感じてしまう。
ま、まずいぞ、このままでは名前を知らないのがバレてしまう。
かといって、今更どうすることもできない。
「~~~っ!」
だったらもう、失礼は承知の上だ。
僕は思い切って頭を下げた。
「す、すみません! 知りません!」
「へ?」
「だから教えてくれませんか!」
「……」
彼女は時が止まったかのように口を閉じる。
それから、やがて僕の予想外の回答が返ってきた。
「……教えない」
「え?」
「あなたなんかに教えないっ!」
生徒会長は頬を膨らまし、ぷいっと視線を逸らした。
え、ええええ!?
やばい、怒らせてしまったか!?
やっぱりそんなに失礼なことだったんだ!
「では自己紹介はこれで終わり。席に座りなさい」
「は、はいぃっ!」
それから、一気に冷たくなった声で指示してくる。
いつの間にか生徒と講師の立場が逆転してる気もするけど、怖いので仕方がない。
もう従う以外の選択肢がなかった。
「では、これからは学院について注意事項を」
「……はい」
そうして、僕は予定通りに学院についてお話を聞いた。
やらかした、と後悔の念を拭えないまま。
「まあ、こんなところよ」
読み終えた資料をトントンとまとめ、生徒会長さんが口にした。
「あ、ありがとうございます」
「仕事ですので。もう結構ですよ」
「……うっ」
彼女の言う通り、仕事はきっちりとしていた。
けど、このままじゃダメってことは分かってる。
あれから一切目を合わせてくれないし。
だからこそ、僕はもう一度生徒会長さんの前に立って、頭を下げた。
「あの、すみませんでした!」
「なんの話?」
「えと、名前を調べてこなくて!」
「……」
生徒会長さんは少し考えた後、チラリと僕に目を向ける。
「調べてこなくてというか、覚えてないというか……」
「え?」
ボソっとした言葉は聞き取れない。
けど、彼女はすぐに何かを思いついた顔を浮かべた。
「分かったわ。では、わたしと勝負しましょう」
「勝負、ですか……?」
「ええ。わたしに勝ったら許してあげる」
「わ、わかりました!」
だったら僕はうなずくしかない。
そして、生徒会長さんは勝負の内容を告げてくる。
「わたしの名前を当てて」
「……え?」
「もちろん他人に聞くのは無し。それじゃ勝負にならないから」
「ええ!?」
名前を当てろなんて、そんなの難しすぎじゃない!?
だけど、そんなことを言う暇もなく、彼女はじろっとした目で見つめてくる。
「やるの? やらないの?」
「や、やります!」
でも、このまま怒らせておくのは良くない。
無礼を働いたのはこっちだから、僕がなんとかしないと!
「じゃあそういうことで。講師の方は明日からよろしく」
「は、はい……失礼します」
こうして、僕と生徒会長さんの初対面は終えた。
“名前を当てる”という勝負をすることになりながらも──。
★
<三人称視点>
「はぁ」
エルタが去っていった後、生徒会長は溶けるように机に突っ伏した。
その表情には、悲しみが浮かんで見える。
「うそでしょ……」
そのまま、掴んだ髪を見つめながら、はぁとため息をつく。
内側に若干ウェーブがかかっているのは、わざわざ早起きして頑張って整えていたようだ。
「まさか、気づいてもらえないなんて……」
生徒会長、彼女の名前は──『レオネ』。
年はエルタの一つ下で、彼とは“幼馴染”だ。
十年前、エルタが落ちたアステラダンジョンにも、同行している。
「髪色も違うけどさあ……」
今は輝く銀髪だが、昔は違ったようだ。
それでも気づいてもらえるとは思っていた。
しかし、“生徒会長”という肩書きに緊張していたエルタは、レオネと中々目を合わせることができず。
それも相まって、結果的にそのまま話を終えてしまった。
彼女が途中から冷たくなったのは、単にショックを受けてテンションが下がっていただけである。
「……ふふっ。でも、やっぱりエルタはエルタだったね」
そんな中、レオネはふとエルタが頭を下げてきたことを思い返す。
昔から鈍感ではあったが、とにかく人は良い。
いつまでも変わらない性格には懐かしさを感じているようだ。
しかし、だからこそ、レオネはより一層気持ちを強めた。
なんとか “エルタの方から気づいてほしい” という気持ちを。
そして、自ら勝負とは言ったものの、レオネは全力でアピールすることを決意した。
「絶対、気づかせてやるんだから……!」
生徒会長が幼馴染だと気づかなかったエルタ君。
彼女に気づかなかった理由には、大きく変わった容姿が関係しているようですが……?
↓はどこからか入手した職業と年齢の書類です
【学院講師】エルタ:18
【騎士団副団長】セリア:18
【学院生】ティナ:15
【生徒会長】レオネ:17
【教頭】ビルゴ:3? (一部破り捨てられている)




