第8話 トモダチシリーズ
「じゃ、じゃあ一つだけ……」
攻撃してこいと怒られ、怖いから仕方なく構えを取ったエルタ。
だが、そうして覗かせた“化け物”の雰囲気に、ビルゴはぞっと背筋を凍らせる。
「最強種族シリーズ、そのいち──」
「……ッ!」
ビルゴが感じ取ったのは、圧倒的なオーラ。
そのあまりの迫力に、エルタの姿が、巨大な“白銀の狼”へと変わったかのように錯覚する。
これほどの威圧感は、武闘派と恐れられるビルゴですら、生まれてこの方感じた事がない。
「【神狼の爪】」
白銀の狼と目が合った瞬間、迫ってきた大きな爪がビルゴの視界を覆う。
だが、走馬灯のように景色がゆっくりと見えているだけで、動くことすらできない。
その刹那、背後からピタッと何かが首元に付いたのを感じ、突風が遅れてやってくる。
そうして聞こえたのは、なんとも気合いの入っていない声だった。
「えと、こんな感じです」
「……!?」
ハッとしたビルゴが横へ視線を移すと、エルタの手が首元に付いていた。
ここまで全て一瞬の出来事である。
ビルゴは、ここで初めて驚く暇を与えられたのだ。
何が起こったかなど分かるはずもない。
(こ、こんなの……)
エルタの『最強種族シリーズ』は、アステラダンジョン最下層に住む友達(最強種族)の動きを完全再現した独自の型だ。
そして『そのいち』は、一番の友達であった“神狼フェンリル”を真似したもの。
地を駆ける、気高き姿を持った伝説の狼──フェンリル。
その一番の武器は“速さ”である。
最強種族の中でも随一を誇る速さの前では、人はまばたきすら許されない。
そんなフェンリルと共に、日々最下層を遊び回り、狩りをしていたエルタ。
直接教えられた甲斐もあり、いつしか同じ動きができるようになっていたようだ。
つまり、【神狼の爪】は、フェンリルが狩りをする時と全く同じ動きである。
(ありえないでしょ……!)
そんなことは知る由もないが、ビルゴもそれなりの強者だ。
しかし、彼女が“何が起きたか分からない”ならば、両者の間にはまだ途方もなく差があることに他ならない。
(ば、化け物……)
そして、エルタの業の前に、ビルゴに激震が走る。
自分が衰えたのではない、むしろ今日の動きは絶好調だった。
その上で、これ以上ない壁の高さを見せつけられたのだ。
「……ハァ」
これは、ビルゴにとって初めての経験だった。
“黒色スーツに鞭”という、なんとも刺激的な格好をしたビルゴ。
鞭は元より使用していた武器だが、実は黒色スーツの方は、一般教員時代に商人から提供された物である。
性能が高く、動きやすいため、よく着用するようになったのだ。
すると、ビルゴに転機が訪れる。
この格好で指導を始めてからすぐ、講義の参加者が増えたのだ。
その中でも、何人かの生徒は興奮を覚えていた。
良き指導者を目指していたビルゴは、その理由を必死に考える。
そうしてある日、彼女はついに気づいてしまう。
厳しく指導すると興奮する“M”の生徒がいることに。
また、それを見て興奮する“S”の自分がいることに。
元々その気質があったのか、後天的に育ったのかは定かではない。
だが、有能商人による黒色スーツと、生徒の過激な反応がビルゴを“ドS”へと目覚めさせてしまった。
それから、ビルゴの教育方針が固まる。
オリエンテーション時に“厳しく指導する”ことを伝え、それでも良いという者だけを育てた。
その結果、“ドS”のビルゴはとことん厳しく指導し、それについて来る“ドM”の猛者はとことん付いてきた。
両者にはwin-winの関係性が出来上がり、ビルゴは優秀な人材をどんどん輩出していく。
彼女が育てた人材が、軒並み“M”気質を持っていたのは、ここに起因する。
そうして、やがてビルゴは英雄請負人と呼ばれるまでになり、三十代前半にして教頭という座に就いたのだ。
だが、そんなビルゴは今はどうだろうか。
厳しくするどころか、逆に圧倒的な差を見せられてしまった。
「……ハァ、ハァ」
「ん?」
ビルゴも考えた事がなかったわけではない。
厳しくされて喜ぶ生徒の気持ちは、一体どんなものだろうかと。
しかし、その好奇心を満たしてくれる者はいなかった。
「……もっと」
「え?」
そしてついに、“S”に目覚めて以来、ビルゴは初めて分からせる側へと回った。
さらに、思いの外それに興奮を覚えてしまったのだ。
この衝撃が彼女の気質を反転させてしまった。
“S”から“M”へと──。
「私めにもっとお教えください! 色々と……!」
「え、えええ!?」
ビルゴの目の色は代わり、表情は恍惚としている。
それが怖くなったのか、どんな魔物の姿でも引かなかったエルタがついに引いてしまった。
思春期を最下層で過ごしたため、まだ豹変の真意に気づいていないのが救いだろう。
また、そんなビルゴの様子にハッとし、観客席も歓声を上げた。
「うおおおおおおおおお!?」
「あいつ何者なんだ!?」
「やべえ、何が起こったか見えなかった!」
「気がついたら終わってたぞ!?」
さらに、同じ気質を持っていたのか、一部ビルゴの豹変に気づく者もいる。
「あれ、先生の様子が……?」
「こちら側に来られたのか……?」
「一体ナニを教わるつもりなんですか!」
とにもかくにも、会場中が興奮の声を上げている。
元々はビルゴの本気を見に来たはずが、気がつけば見知らぬ少年に度肝を抜かされていたからだ。
「お、お兄ちゃん……!」
また、後方で応援していたティナも、エルタの勝利にそっと胸をなでおろす。
自分が信じた兄は、やっぱりすごかったと改めて思えたようだ。
そしてそのまま、フィールドへ飛び出した。
「どうですか、うちの兄はすごいんですから!」
「ええ、それはもうすっごい……」
さっきまでの発言はどこへやら。
ビルゴの目はすでに盲目である。
そしてティナは、誇らしげな顔でもう一度ビルゴ教頭へたずねる。
「これで兄を講師として認めてくれますか!」
「はい、喜んで!」
「なんで?」
あくまでエルタ本人の意向は聞かず、話は勝手に進められた。
こうして、エルタは半ば巻き込まれる形で、正式に王都エトワール学院の講師となったのであった。
「へえ……」
そして、そんな大盛り上がりのイベントを、一人の少女が会場の隅から眺めていた。
ティナと同じ制服を着ているが、その上から豪華な“専用赤マント”を羽織っている。
胸部分に光らせているのは、王都エトワール学院“生徒会長”のバッジだ。
「噂には聞いてたけど、それ以上だね」
たった今終えた試合を見て、エルタに感心しているようだ。
そんな彼女は、少し見上げた顔に、懐かしむような目を浮かばせながら呟く。
「あのエルタがねぇ……」
その口ぶりは、まるで昔の彼を知っているかのようであった──。
エルタ君のトモダチシリーズが炸裂!
あまりの強さにビルゴ教頭の性格が反転(?)してしまいました!
そして、次なる影も見えたようで……?
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
少しでも面白いと思ってもらえましたら、ぜひ広告下の★の数で本作をご評価いただけると嬉しいです!
少しでもすごくモチベーションになります!
どうぞよろしくお願いします!