第31話 ぶつける想い
(母さんを諦めてたまるか……!)
そんな思いと共に、カルムはエルタ達との幼き記憶を蘇らせる。
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十年前のある日。
「エル君! はい、あげる!」
セリアがエルタへ卵焼きを“あーん”する。
それには、レオネとティナが反応した。
「わ、わたしがあげるもん!」
「お兄ちゃんにあげるのは私の役目だよ!」
「あ、あはは……」
同時に三つ突き出された卵焼きに、エルタは苦笑いを浮かべる。
ほほえましいお昼の光景だ。
そんな様子を、カルムは傍から見ていた。
「まーた、エルタがモテモテだぜ」
「「「……っ!」」」
何気なく放った一言に、三人は顔を赤らめる。
「「「ち、ちがうもん!」」」
「むぐっ!?」
慌てふためいたのか、三人は卵焼きをエルタに放り込んでしまう。
それにハッとして、急いでエルタに駆け寄った。
「エル君、ごめん!」
「ご、ごめんなさい!」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
一瞬苦しむエルタだったが、手を横に振る。
「大丈夫、大丈夫。あははは……」
この時から、エルタはすでに引っ張りだこだったようだ。
それにつんとするカルムには、ジュラが声をかける。
「ふーん、カルムもあーんしてほしかったんだ」
「ち、ちげーしっ!」
みんながエルタを向き、年長のジュラがカルムを気遣う。
こんな光景は日常的にあったようだ。
しかし、カルムからすれば、ジュラもエルタのことを好きなのは目に見えていた。
(ジュラ姉もあっちにいきたいくせによ)
感謝こそするが、そう思っていたようだ。
それでも、カルムとエルタは親友である。
「じゃあ、僕がカルムにあーんするよ」
「はあっ!? や、やめろって!」
「「「あはははっ!」」」
エルタは良い奴で憎めない。
気になる子たちを取られて少し悔しいが、この時は仕方ないかぐらいに思っていた。
(ったく。まあいいか)
しかし、日々溜まる嫉妬は、とある事をきっかけに憎悪へと変わる。
みんなのお義母さんにして、カルムの実母が死んだ後の事だ。
お義母さんが急病で亡くなり、一週間ほど。
「みんな、何してるんだ……?」
孤児院の庭に向かって、元気のないカルムがたずねる。
そこには、少女達四人が木剣を振っている姿があった。
「ワタシ、きたえる!」
「わたしもがんばるから!」
「お義母さんみたいに、後から悔やんでも遅いんだもん!」
「三人に追いつきます!」
彼女達は、エルタとも二週間ほど前に別れている。
エルタ、義母と、不幸が立て続けに起こったのだ。
それでも、まだ生きている希望があるエルタだけは失うまいと、少女達は立ち上がった。
『みんなが健やかに生きられますように』
お義母さんがずっと言っていた言葉を胸に。
だが、カルムだけは立ち直りきれなかった。
(なんだこいつら、エルタエルタって……)
自暴自棄になっていたカルムは、この一週間怪しい本ばかりを読んでいた。
人を蘇生させる方法、死者復活の方法など、非現実なものばかりである。
それにすっかり毒されてしまっていたのだ。
(母さんは簡単に諦めんのかよ! みんな慕ってたじゃねえか!)
そして、最後の砦として、怪しい本の数々を信じてしまった。
母を蘇らせる方法があると思い込んだのだ。
その結果、エルタを向く少女達とは、全く違う方向へ進み始める。
(俺は母さんを諦めねえ!)
それから、カルムは少女達と話さなくなる。
しばらくは同じ孤児院にいたが、よく外出するようになったのだ。
怪しい力を妄信して。
そうして、非現実を求める内に、カルムは出会ってしまった。
“スカー”という闇の組織に。
「母が恋しいか、ガキ」
「……!」
まだ幼いカルムは、簡単に口車に乗せられてしまった。
「また会いたければ、俺達と来い」
「……ああ、そうする」
もちろん“スカー”にそんな力はない。
当時の彼らは、実験体が欲しかっただけ。
「じゃあな、幼馴染」
それでも、カルムは付いて行ってしまった。
そのままエルタ達しか見えていない幼馴染を置いて、カルムは行方不明となる。
母を蘇らせる。
その目的を叶えるために。
それからカルムは実験体となりつつも、強靭な精神力で教団内で地位を築く。
王都乗っ取りに参戦したのは、多くの資源を独り占めにし、死者蘇生の研究に費やすためである。
こうして、カルムは今に至るのだ。
────
もう一度決意を固めたカルムは、エルタ達を睨みつける。
「俺はまだ母さんを諦めてねえんだよ! てめえらと違ってな!」
「「「……!」」」
心からの叫びは、後ろの少女達にも聞こえていた。
だが、それにはエルタが答える。
「僕だってお義母さんが死んだのは悲しい。それはみんなも同じだ」
「ああ!?」
「でも──」
エルタは、キッと強い目を向ける。
「お義母さんの言葉を一番守れていないのは、君じゃないか!」
「……!」
お義母さんは、よく口にしていた。
『みんなが健やかに生きられますように』
心も体も、真っ直ぐで健康的に生きられるよう義母は願っていた。
その言葉を胸に、エルタも声を上げる。
「これが、この混乱した王都が、お義母さんが望んだ結果なのかよ!」
「……っ!」
エルタの口調が荒れている。
こんな姿は見たことが無い。
それほど、エルタもお義母さんに対する想いは強かった。
また同時に、最後を看取れなかった虚しさも。
そして何より、カルムもみんなと同じく義母の願いを継いでいると思っていたのだ。
「だまれ!」
しかし、暴走したカルムは止まらない。
今更引き下がることはできないと言わんばかりに。
「そこをどけ、エルタ……!」
「どかないよ、カルム……!」
ならばと、エルタとカルムは再びゆっくり構える。
周囲の瓦礫が浮かんでくるほど、お互いにぶつかり合うオーラをひしひしと感じながら。
カルムのデメリットから、おそらくこれが最後の攻防となる。
それはお互い直感していた。
カルムは十種類の魔物の一部を出現させる。
「【全解放】」
その全ての力を使い、最後の一撃を出すつもりだ。
対して、エルタも真っ向から応じる。
「最強種族シリーズ、その二──【鬼神の拳】」
腰を落とし、拳を引いた姿勢。
独自の型で最も破壊力のある、必殺の一撃の構えだ。
「「「……ッ!」」」
離れた少女達も、こらえる態勢に入った。
かつてない衝撃が起こると察したのだ。
「ここで消えろ!」
「させない!」
二つの技がぶつかり合う。
「ぐおおおおおおおおおおおおッ!」
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
巨大な爆発音と共に、凄まじい衝撃が辺り一帯へ響き渡る。
シュマによって破壊されていたのが、不幸中の幸いだろう。
それほどに、周囲を巻き込む衝撃波が伝播している。
──だが、均衡はすぐに崩れた。
「なっ!?」
カルムが、Sランク魔物十種の力が、エルタに押されているのだ。
綻びを見せた勢いは止まらない。
「ぐおわっ!」
二つの技が相殺し合い、残った風圧がカルムを宙へ浮かばせる。
エルタは、再びカルムを真っ直ぐに見た。
「“スカー”なんかに帰るな」
「……!」
「君の居場所は、僕たちのとこだろ!」
ぐっと足に力を入れ、エルタが高く跳び上がる。
「最強種族シリーズ、そのいち──【神狼の爪】」
その動きはまさに“神速”のごとく。
目にも止まらぬ速さで、天高く跳躍したのだ。
同時に、ジュラは彼の意思を汲んで声を上げた。
「エル! ここから、陽の方向に真っすぐ!」
長引いた戦いの末、王都はすでに夜明けを迎えていた。
その陽に向けて真っ直ぐ、その地下に“スカーの本拠地がある”とジュラは伝えた。
王都外れの、何もない荒野である。
こくりとうなずいたエルタは、次に両腕を交差させた。
「その三──【不死鳥の加護】」
宙で無敵の防御態勢を取ったのだ。
それには少女達が直感した。
エルタが「みんなの分まで想いを乗せる」と言っていることを。
「「「……!」」」
闘技場で一度見ている彼女達は知っていた。
【不死鳥の加護】はデメリットとして、一時的に体に影響が現れる。
しかし、それは同時に、一時的に力を得ることと等しい。
「エル君!」
「エルタ!」
「エル!」
「お兄ちゃん!」
氷、風、炎。
三人の属性に、ティナの強化を乗せて、四つの属性がエルタに運ばれる。
それを 【不死鳥の加護】によって一時的に得たエルタは、もう一度拳を引く。
「みんなの気持ちを受け取れ、カルム」
「……っ!」
「君はとんだ大馬鹿野郎だ!」
その拳を一気に押し出した。
「その二、改──【絆の拳】……!!」
「……ッ!!」
ドゴオオオオオオと轟音を立て、今までで一番強い風圧が起こる。
そこに四人の属性が螺旋状に絡み合い、カルムへとぶつかる。
その先にある、スカーの地下拠点ごと破壊するように。
「ぐわあああああああああッ!」
拠点ごとぶっ壊す暴風にさらされる中、カルムはふと我に返る。
意識が遠のく前の、最後の思いだ。
(やっぱお前、すげえなあ)
今も昔も、エルタのことはずっと認めていた。
だからこそ、シュマが敗北すると思って立ち回っていたのだ。
最後は自分が勝つ気でいたが、やはり届かなかった。
(いつから差がついたんだろうなあ)
走馬灯のように、幼き頃からの記憶が頭を巡る。
だが、カルムはふっと笑うしかなかった。
(いや、最初からずっとか)
思い出したのは、アステラダンジョンに足を踏み入れた時。
当時は“ダンジョン”という言葉すら新しく、あまり認知もされていなかった。
そんな中、直近に発見されたという洞窟に、幼いゆえの好奇心で彼ら六人は飛び込んでしまったのだ。
だが、入ってすぐに、謎のトラップが浮かび上がった。
(お前は、一早くみんなを押し出したんだよな)
突然の事態に戸惑った五人を、エルタがドンっと押し出したのだ。
これが、エルタだけが最下層へ落ちた真相である。
(どこに落ちたか知らねえが、お前じゃないと生き残れなかっただろうな)
孤児院時代も、その時も、地上に帰還してからも。
結局カルムの嫉妬がなくなることはなかった。
そんなエルタに負けるなら、カルムも本望である。
むしろ、暴走する自分をエルタに止めて欲しい。
心の中ではそう思っていたのかもしれない。
(完敗だな)
エルタと少女達の風圧は、スカーの地下拠点ごと荒野を貫いた──。




