第30話 唯一の幼馴染
「ご苦労さん」
そんな声が届くと同時に、どこからか魔物の舌のようなものが伸びてくる。
舌はシュマを捉え、白龍の能力だけを奪い取った。
「やっぱりこうなったか」
「……えっ」
振り返ったエルタは、思わず目を見開いてしまう。
声の主が、よく知っている者だったからだ。
「よお、エルタ」
「カ、カルムなの……?」
黒いフードを取り、姿を見せたのはカルム。
エルタ達とは幼馴染であり、探していた張本人である。
対して、カルムは悪い笑みを浮かべた。
「そうだ。随分久しぶりだなあ」
「……っ」
エルタは困惑するあまり声が出てこない。
だが、やがて少しずつカルムに向かって足を進め始めた。
その真相をたずねるように。
「ねえ、今までどこにいたんだよ」
「……」
「いま、何をしたの?」
「……フッ」
しかし、質問には答えない。
それでも、エルタは近づこうとする。
「ねえ、なんとか言って──」
「エルタ!」
そんなエルタを止めたのは、飛び出してきた少女達だ。
エルタの肩をガッと抑え、彼女達はカルムの方へ向き直る。
警戒した表情を浮かべながら。
「カルム……!」
「その格好、説明してくれるよね……!」
セリアとレオネは、カルムへ剣を向ける。
久しぶりの再会ではあるが、それ以上に気になることがあった。
着ているフードが、“スカー”のものであるということだ。
「ああ、説明するぜ」
カルムはばっとコートを脱ぎ去り、ようやく口にする。
「“スカー”の参謀、カルムだ」
「「「「……ッ!」」」
嫌な予感が当たった瞬間だった。
よりによってエルタに仕掛けた“参謀”が、他ならないカルムだったのだから。
すると、取り乱したセリアが声を上げる。
「この計画も、お前が進言したのか!」
「いや、王都乗っ取りは元からボスの願いだ。だが、こんな展開になると思ってたのは俺だけかもなあ」
エルタは最高級の睡眠薬をもはねのけ、駆けつける。
そのままシュマでさえ倒してしまう。
ここまでの流れは、全てカルムの読み通りのようだ。
続けて、珍しく怒りの目を向けたジュラが問う。
「で、さっきは何をしたのかな」
「相変わらず姉気質だな、ジュラ。お前ほどの者なら、ある程度予測はついているだろうに」
「……まあ、そうだね」
「俺が融合した“アルコ・カメレオン”。その能力を使ったのさ」
──アルコ・カメレオン。
別名『七色のカメレオン』と呼ばれるSランク魔物だ。
魔物を食らうことで、その魔物の能力を奪うという。
先ほど、カルムが腕から伸ばしたのは、カメレオンの舌。
それにより、シュマの“白龍”の力を奪い取ったのだ。
また、長い舌、周囲と同化するなど、カメレオンらしい能力も持っている。
今までカルムが瞬時に姿を消していたのは、この能力由来である。
「それで、“白龍”を手にしたってことね」
「ハッ、それだけじゃねえ」
悪意のある笑顔と共に、カルムは両手を広げる。
「ボスが拠点を離れた後、俺は有能そうな能力を順に奪ってきた」
「ま、まさか……!」
「ああ、そのまさかだよ」
カルムの体からは、多くの魔物の一部が浮かんでいた。
「俺は今、十体ものSランク魔物をこの身に宿している」
「「「……っ!!」」」
予想しうる中で最悪の事態だ。
“白龍”はおそらく一番だが、カルムはそれと同等の魔物を他に九体保持している。
少女達には、勝ち目があるはずもなかった。
ならばと、ここはやはり少年が立ち上がる。
「みんな、もう大丈夫だよ」
「「「……!」」」
少女達に支えられて、落ち着きを取り戻したエルタだ。
その上で、覚悟を決めたようにも見える。
「数時間前、バーで話したのも君なんだよね」
「ああ、相変わらずの鈍感さで助かったぜ。ま、特攻睡眠薬は効かなかったみたいだがな」
カルムの格好から、ようやくその事実に気づいたようだ。
だが、本題はそこじゃない。
「じゃあ、その時言ったこと、覚えてるよね」
「もちろん」
ニヤリとするカルムに対して、エルタは強い目を向けた。
「君の話を聞くよ。でも──」
「……ハッ」
「一発ぶんなぐってからだ!」
その瞬間、エルタから今までにないオーラがあふれ出る。
「「「……っ!」」」
敵意を向けられていない少女達も、思わず身を引いてしまう。
幼馴染の彼女達にとっても、これが初めてだった。
エルタが本気で怒っているのを見るのは。
「みんな、あぶないから下がってて」
自然とエルタの言葉が変わる。
少女達を思ってのことだが、今は「僕に巻き込まれない様に」と言っているように聞こえた。
それには彼女達も引くしかない。
そして、男同士という意味では、唯一の幼馴染との譲れない対決が始まる。
「カルム……!」
「来いよ、エルタァ!」
声を上げたのが、開戦の合図だ。
先に攻撃を仕掛けたのは──カルム。
シュマから奪い取った能力を使い、全ての髪から光線を放った。
“白龍”の拡散光線だ。
「それはもう見たよ!」
「ああ、知ってるぜ」
「!?」
だがそこに、カメレオンの不可視化の能力を乗せる。
すると、音もなく、見ることもできない、十万以上もの拡散光線の完成だ。
もちろん威力はそのまま、触れれば身を焦がされる。
「くっ……!」
「まじか、それ躱すかよ」
エルタはとっさに距離を取り、野生の勘でなんとか回避した。
しかし、凶悪にも程がある技だ。
これでは近づきようもない。
「だったら!」
それでも、エルタは距離を詰める気満々だ。
正面突破を対策されてなお、正面突破を試みる。
「最強種族シリーズ、その三──」
「……!」
「不死鳥の加護」
エルタは両腕を交差させて、無敵の耐性を得た。
するとそのまま、弾丸のごとく突っ込んできたのだ。
「絶対近づく!」
「ははっ、それでこそだ!」
「……!」
対して、カルムは土壁を立て、さらに幻のように分身する。
他の魔物の能力を使ったのだろう。
また、そんな一進一退の攻防を、シュマは虚ろな目で眺めていた。
「……」
セリアの氷で身動きは取れないが、戦況を把握することはできたのだ。
(カルム、なんて精神力なのだ……)
魔物融合には、相応のデメリットが存在する。
第一に、成功率が極端に低いこと。
しかし、それ以上に、融合者の“精神が魔物に乗っ取りかけられる”のだ。
高ランクの魔物のならば、より強力に。
(二種類以上ですら、ほとんど不可能だというのに)
ボスのシュマですら、融合は白龍一匹に留まった。
常に白龍から精神を蝕まれる状態に陥り、正常を保つためには、二匹以上は危険との判断だったのだ。
だが今のカルムは、十種類もの魔物と融合しているのと同じ。
(何がお前をそこまでさせる)
カルムは涼しい顔を浮かべているが、内心は怒涛どころではない。
十匹のSランク魔物が、カルムの心を乗っ取ろうと激しく暴れ回っているのだ。
それでも、カルムは戦い続ける。
「どうした、エルタァ!」
「そっちこそ動きが鈍ってるよ!」
強靭な精神力を持って。
己が目的のために。
しかし、デメリットが徐々に表れ始める。
「……っ! チィッ!」
魔物が本格的に乗っ取ろうと、カルムを蝕む。
そんな中でチラりと目に入ったのは、離れた幼馴染たちだ。
「エル君!」
「エルタ!」
「エル!」
「お兄ちゃん!」
だが、揃いも揃って相手のエルタを応援していた。
カルムはギリっと歯を食いしばる。
(昔っからそうだよなあ……!)
孤児院時代のことを思い出し、カルムはさらに憎悪を高める。
それを力に変え、なんとか体を保っていたのだ。
しかし、エルタ相手には一瞬たりとも隙は許されない。
「カルムー!」
「ぐうっ!」
エルタの拳が、カルムの目の前を過ぎる。
ほんの数センチ届きはしなかったが、エルタは確実に捉えつつあった。
「次は当てるよ」
「……っ!」
「まだやるの」
幼馴染ゆえの、エルタの最後の警告だ。
それでも、カルムは引き下がらない。
「当たり前だ!」
カルムには果たさなければならない目的があるのだ。
(母さんを諦めてたまるか……!)
そんな思いと共に、エルタ達との幼き頃の記憶が蘇る──。
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