第28話 人の理から外れた者
「騒がしいので来てみたが」
ゴレアを倒し、いよいよスカーの本陣へと行こうとするティナ達。
彼女らの前に、宙から見下げてくる男が現れた。
「誰だ、我が行く手を阻む者は」
「「「……ッ!」」」
その冷たい声色でセリア達は直観する。
(((ただ者じゃない……!)))
王都の各地で功績を上げる彼女達がそう感じるのだ。
男のオーラは相当なものだろう。
そして、この中で唯一男の正体を知るジュラは、冷や汗を流しながら口にする。
「あれはまさか……シュマ!」
直立のまま宙に浮くその姿は、類を見ないほど白い。
肌の色と同じく真っ白の長髪は、辺りへふわりと広がっている。
宙に浮く姿、雰囲気から、“人の理から外れた者”に見えた。
これが“スカー”のボス──『シュマ』である。
「ほう。我を知るか」
「生憎、誘ってもらったことがあるからね」
ジュラもその時に情報を得たのだろう。
「ふむ。だが──」
「……っ!」
「我には関係ない」
興味なさげに彼女達を見下げるシュマは、髪をふわっと動かす。
対して、ジュラがとっさに声を上げた。
「みんな! 回避して!」
「──散れ」
次の瞬間、シュマの髪から一筋の光線が放たれる。
それはジュラ達が居た場所を捉え、地面に亀裂を入れた。
「躱したか」
砂煙からジュラ達が姿を現す。
回避がなんとか間に合ったようだ。
だが、後ろを振り返った彼女達は、思わず戦慄する。
「「「……っ!」」」
一瞬の光線により、後方の建物が消滅していたのだ。
もし当たっていたらと思うと、背筋が凍ってしまう。
「そ、そんな……!」
「何と融合すればこうなるの……!」
焦ったセリア達には、ぐったりと倒れていた者が答えた。
「ふっ、ボスの融合魔物は、“白龍”だぁ!」
「「「……!」」」
苦しそうに口を開いたのは、ゴレアだ。
体を起こせる状態ではないが、口だけをなんとか動かしている。
対して、ジュラは顔を引きつっていた。
「白龍、ですって……!?」
白龍は、アステラダンジョンに棲むSランク魔物。
名の通り、白く美しい姿をしており、超常的な力を持つという。
生態は不明だが、伝承と同じく何かに仕え、ダンジョンの奥深くを出入りしているらしい。
白龍の存在は、ジュラですら聞いたことのあるのみ。
討伐記録などあるはずもない。
「それを融合したって言うの!?」
「ははぁっ!」
分かりやすく焦るジュラに、ゴレアは血反吐を吐きながら言葉にした。
敗北したのがよっぽど悔しかったのだろう。
「ボスが来たからには、もうお前らはお終りだぁ!」
限界は来ているはずだが、ゴレアは最後まで相手を煽る。
その姿は惨めという他なかった。
しかし、ゴレアの言う事も間違ってはいない。
Aランク以下とは一線を画すSランクは、それほど別次元の強さなのだ。
だが──
「せいぜい後悔しやがれ!」
「黙れ」
「がはっ……!」
そんなゴレアを、シュマの伸びた髪が突き刺す。
貫通したのは心臓部であり、シュマがトドメを刺したのだ。
「なっ!?」
「仲間じゃないのか!?」
驚くレオネ達だが、シュマは至って冷静に答える。
「我のただの駒に過ぎん。負けた者に価値はない」
「「「……っ!」」」
これが“スカー”のボスたる所以である。
決して『我ら』ではなく『我』と呼ぶのも、本当に駒としか考えていないのだ。
セリア達は、初めて“生粋の悪”を相手にしている気持ちだった。
しかし、今更引き返しはしない。
「それでも王都に仇なすならば──」
「ここで倒すだけだよ!」
セリア・レオネは真っ直ぐに向き直る。
ジュラ、後方のティナもそれに続いた。
「お姉さんも王都が好きだから」
「私も全力で支援します!」
彼女達はここでシュマを倒す気だ。
騎士団、学院、探索者。
それぞれのトップが集まり、強い絆も考慮すれば、この四人は王都最高峰の少数精鋭と言えるだろう。
そんな四人とシュマの戦いは、ティナにより開戦する。
「みんなに力を!」
専用武器『フェアリーパピヨン』を取り出し、強化を与える。
それに呼応して、セリア達三人はそれぞれ別方向へ散った。
「やああああああっ!」
「ふむ」
すぐさま近接攻撃を仕掛けたのは、レオネ。
風を操る双剣『グリフォン』を両手に、少女側では唯一、空での接近を試みる。
機動力と、頭の回転を生かした先制攻撃だ。
しかし──
「淡い」
「ぐっ……!?」
シュマの攻撃手段は、長く伸びた髪全て。
一本一本が殺傷力の高い武器となり、レオネを突き刺そうとする。
どう考えてもレオネの分が悪かった。
それにはセリアが手を打つ。
「ならば凍らせるのみ」
いつ抜いたかも分からない剣を、チャキっと鞘にしまった。
剣を抜き、剣技を放つ。
一連の動作を一瞬で行ったのだ。
すると、セリアからたくさんの氷の棘が飛んで行く。
狙い定めた先は、シュマの髪。
「微弱な」
「なに!」
だが、シュマには届かない。
レオネの近接攻撃を軽く防ぎながら、別の髪の光線で氷棘を撃ち落とした。
王都でも名を馳せる二人を簡単に捌きながら、シュマはまだまだ涼しい顔を浮かべている。
それでも、セリアはニヤリとした。
「本命はワタシではないがな」
「……!」
次の瞬間、シュマから少し距離を取ったレオネの真横を、炎の一閃が走る。
彼女達の本命──ジュラの二丁拳銃だ。
「お姉さんの技術ナメないでよね」
ドガアっと音を立て、炎の弾は見事に着弾。
レオネの脇スレスレを通ったことで、シュマからは見えづらかったようだ。
これもジュラの狙撃技術があってこそ、四人の絆があってこその連携だ。
「よっと」
セリアが作った氷道でレオネは降りて来る。
四人はすぐにシュマに目を向けた。
「かなり弾を絞ったけど、どうかな」
先ほど、ゴレアに放った特大の炎の弾。
それと同等の威力のものを、今は範囲を狭くすることで貫通力を高めたようだ。
ティナの強化も含め、火力は今までで一番強力である。
だが、すぐに煙の中から声が聞こえてきた。
「がっかりさせてくれるな」
「「「……!」」」
シュマはぶおんっと髪で煙を払うと、無表情の中でも少し悲しさを浮かばせる。
「これが最高戦力とは。王都とはこんなちっぽけなものなのか」
「……っ!」
「我が手にするべきか、迷い始めたぞ」
シュマがここまで攻撃を許したのは、最高戦力の彼女達の強さを知るため。
今から手に入れようとする王都の力を、自ら確かめるためだったようだ。
しかし、シュマの中で彼女達への興味は失せた。
「あまり失望させてくれるな」
「みんな、態勢を整えて……!」
シュマの髪がコオオオオと光り、四人がぐっと構える。
だが、シュマの前では、彼女達はあまりに些細すぎた。
「我も暇ではない」
「「「……!!」」」
髪の数だけある光線が、彼女達を一斉に襲う。
一本一本が身を焦がす力を持っており、触れただけで体が割けてしまうだろう。
強力どころの騒ぎではない。
「ティナちゃん、大丈夫!?」
「はい! ジュラさんも自分のことだけ考えて下さい!」
「レオネ、触れるなよ!」
「わかってるよ!」
それぞれがお互いを気遣うも、手助けまでは出来ない。
みな自分が躱すのに精一杯だ。
「粘るではないか」
「「「……っ!」」」
そうして、攻撃が一度止んだ時、彼女達は息を呑んだ。
ものの数十秒ほどで、光線にさらされた辺り一帯の建物が、完全に消え失せていたからだ。
その圧倒的な力に、ティナは思わず口にしてしまう。
「お兄ちゃんが、いてくれたら……」
しかし、それにはシュマが答えた。
「その者は来ない」
「え?」
「うちの参謀が仕掛けた。無駄な希望は捨てるが良い」
「そ、そんなの、引っ掛かるわけ──」
反抗しようとするティナだが、思わず口を引っ込める。
周りも含めて、彼女らは思ってしまったのだ。
(((いや、簡単に引っ掛かりそう……)))
底無しに考え無しのエルタだ。
詐欺・だまし討ちといった手段にはかなり弱い。
「くっ……」
ならばと、少女達はもう一度向き直る。
やはり自分達で解決するしかないのだと思ったのだ。
しかし、すでに興味を失ったシュマがそれを許すはずもない。
「終わらせよう」
「「「……っ!」」」
宙に浮いていた白髪が、さらにふわ~っと逆立っていく。
周りからは白い光が集まり、エネルギーを溜めているようだ。
今度こそ命の危機を感じたジュラは、とっさに声を上げた。
「これはダメ! 全員退避!」
「させるものか」
背を向けようとする少女達に、シュマはピっと二本の光線を走らせた。
すると、彼女達の左右を遮るように、光線の壁が出来上がる。
「「「……!!」
当然、光線に触れれば身は切断される。
左右の移動を禁じられ、シュマはコオオオオと特大のエネルギーを溜めている。
まるで龍がブレスを放つ時のように。
「これは……」
「力を合わせるしかないね」
絶望の状況の中、彼女達は武器を前に構えた。
逃げ道がないため、防御を固めたのだ。
Sランク魔物と、Aランク魔物の魔装。
性能差は分かっている。
それでも、そうする以外の手段がなかった。
──誰かが助けない限りは。
「終わりだ」
武器を前にしながらも、彼女達は思わず目をつむる。
生まれて初めて絶望する程の恐怖に陥ったのだ。
そんな状況の前では、まだまだ年相応の少女達である。
「「「……っ!」」」
彼女達は、自然と同じことを願っていた。
頼り過ぎないと決意を固めたばかりだが、いざとなったらやはり頼ってしまう、あの少年を。
(エル君……!)
(エルタ……!)
(エル……!)
(お兄ちゃん……!)
「眠れ」
シュマの特大エネルギーが放たれる。
それは接地していない地面をえぐりながら、彼女達へ迫る。
触れれば即死のエネルギーは──当たらなかった。
「「「……ッ!?」」」
後方からの巨大な風圧に、打ち消されたのだ。
それと同時に、同じ方向から声が聞こえてくる。
「あっぶねー!」
「「「~~~っ!」」」
聞えてきたのは、気合いの入り切らない声。
だが、彼女達をこれ以上なく安心させる声。
「みんな、遅れてごめん!」
姿を見せたのは、心の中で願った人物。
少年──エルタだった。
「お兄ちゃん!」
「エル君!」
「もう、本当に……」
「待ってたよ」
エルタは、ごめんと両手を合わせる。
「ちょっと寝坊しちゃってさ」
エルタは、カルムから睡眠薬を仕込まれていた。
それこそ、Aランク魔物ですら半月は眠る“スカー”が開発した闇の化学品だ。
だが、エルタは起き上がって来た。
そんな少年には、シュマが少し目を見開く。
「……そうか、お前が」
対して、エルタはチラリとシュマを見上げる。
「みんなを解放してもらっていいかな」
それはまるで、地上へ帰還した時のように。
ティナを助けた時を想起させるかのように。
のぞかせた目は、シュマに全く怯んでいなかった。
「僕の大切な人達なんだ」
追い詰められるヒロイン達の前に、ようやくエルタ君が来てくれました!
ハラハラさせやがって( "ºДº")ノ
サブタイトルの“人の理から外れた者”は、シュマより、むしろエルタ君だったり……?




