第25話 最後の会話
「疲れたあ~」
エルタは、バーのカウンター席で溶けるように突っ伏した。
お墓参りから“三日後”。
辺りはすでに暗くなり始めている。
少し遅めの仕事帰りである。
「テストってなんだよお。虫と魔物の違いもまだ怪しいのに」
遅くなったのは、テストを作成していたからのようだ。
そんなエルタの傍に、バーの店主がドリンクを置いた。
「あれ? 僕、頼みましたっけ」
「あちらのお客様からです」
店主が指した方向には、黒いフードを被った男が座っていた。
顔は隠しているが、男は軽く手を振ると声をかけてくる。
「隣、いいか」
「どうぞ。あと、ドリンクありがとう」
「いいってことよ。軽い餞別だ」
「?」
(せんべい?)
餞別の意味が分からず、エルタは首を傾げる。
だが、エルタが幼い頃から好きなバニラジュースだったため、ありがたくもらっておいた。
「僕これ好きなんだよね!」
「そうだったか。なんとなくそう思ってよ」
「へー、すごいね!」
ごくごくとエルタが一気に飲み干したタイミングで、男は再び話を振る。
「で、学院の講師が大変なんだって?」
「ごめん、聞こえてたんだ」
「いいや全然。俺ら以外には誰もいねえし」
男の言う通り、バーはがらんとしている。
店主を除けば、二人だけの空間だ。
「あんまり真面目そうには見えねえが、頑張って講師やってるんだな」
「そうなんだよ。僕もなんでこうなったか分からなくて」
エルタは色々と巻き込まれる内に講師となった。
それでも、根は良い奴である。
かわいい学院生のためならと一生懸命になっているのだ。
「でも、王都が好きって顔してるぜ」
「そうだね!」
男の言葉には、エルタは元気にうなずいた。
「ずっとここにいたいし、みんなともここでずっと過ごせたらって思うんだ!」
「ほう、そりゃまた随分と」
「君は王都好きじゃないの?」
「……まあ、好きだったな」
男の言葉が過去形だったことに、エルタは疑問符を浮かべる。
だが、男はそのまま続けた。
「だから俺が好きなように王都を変えたいと思ってんだ」
「へえ、かっこいい!」
「フッ。だろ?」
すでに意気投合し始めている状況に、エルタがふと口にした。
「なんだか初めて会った気がしないかも」
「ハッ。俺もだ」
「やっぱり!」
ならばとエルタは思い切って尋ねてみる。
「名前とかって聞かない方が良い?」
「あーわりい、それはちょっとな」
「ううん、ごめんごめん! これはやっちゃったなあ」
男はフードをより一層深く被る。
その格好通り、人に姿を見せないようにしているみたいだ。
対して、物事を深く考えないエルタに、男はふっと笑って返した。
「てか、お前はもっと人を疑った方が良いんじゃねえか?」
「あはは、よく言われる」
「たとえば、さっきのドリンクに睡眠薬が入ってたらどうする?」
「えー」
男からエルタへあげた、バニラジュースのことだろう。
しかし、エルタは笑って手を横に振った。
「君に限ってそんなことしないでしょ」
「初対面だってのに随分信頼されてんだな。そういうことが甘いんじゃね」
「はっ、たしかに! 次から気を付けないと!」
「次かよ」
軽快な会話が進む一方、エルタは心の中で話題を選ぶ。
(さすがに教団“スカー”のことは言えないから……)
そうして話したのは、もう一つの目的だ。
「最近探してる人がいてさ」
「ほう?」
「幼馴染なんだけど、ずっと行方不明なんだ」
「……そりゃまた物騒だな」
男の反応は若干鈍いが、エルタは構わず続けた。
「だよねー。でも僕は生きてるって信じてる」
「根拠は?」
「だって、あいつのしぶとさはよく知ってるからさ」
「……へえ」
するとエルタは、懐かしむように孤児院時代のことを話し始めた。
「鬼ごっこでもさ、絶対あきらめないんだよ。もう終わりって言ってるのに、ご飯時までタッチとかやってきてさ」
「“諦めが悪い”んだな」
「そうそう」
カルムの話だろう。
彼について、エルタは考えてたことを今一度話す。
「それこそ、僕たちのお義母さんは死んじゃったんだけど、その時あいつは何を考えたのかな」
「……!」
「もしかしたら、受け入れられずに諦めていないのかなって思ったりするんだ」
「……だったら面白いな」
そんな話を聞き、今度は男から問いかける。
「じゃあ、そいつに会ったらどうする?」
「一発ガツンと言ってやるんだ。遅いぞって!」
「ふーん。じゃあ──」
すると、今度はさらなる問いをかけた。
「そいつが悪に染まってたら、どうする?」
「えー、そうだなあ……」
意味深な質問だが、エルタは変わらず答えた。
「話を聞くよ。でも、一発ぶん殴ってからだ!」
「ははははっ、そりゃおもしれえ。お前らしいな」
そうして、エルタは時間を確認してハッとする。
よっぽど馬が合ったのか、あっという間に時間が過ぎたようだ。
「もうこんな時間だ。明日も学院に行くからお先するね」
「ああ、楽しかったぜ。最後に話せて」
「最後? また話そうよ! 今度はフード取ってよね!」
「フッ、気が向いたらな」
そのまま会計を済ませ、エルタは店を後にする。
それから少し経つと、男はギロリと店主に目を向けた。
「さすが、こういう所の店主はポーカーフェイスは上手だな」
「頼む! 娘の命だけは助けてくれえ!」
店主はフードの男に脅されていたようだ。
エルタと会話をし、仕掛けをする機会を作るためだろう。
そして、その目的は達せられた。
「何もしねえよ。ほらよ金だ」
「へ……?」
そのため、男は手を出さずに店を後にする。
意味深な言葉を残して。
「どうせ今日で全てが終わるんだからよ」
そうして、男はニヤリとしてつぶやく。
エルタが帰った方向を眺めながら。
「明日は来ねえよ、エルタ」
フードの中から出てきたのは、幼馴染のカルムの姿だった。
★
少し時間が経ち、日付変更時。
ここは、“王都騎士団”拠点の真上だ。
「──ッ!」
夜空に浮かぶ星に照らされ、一つの影が姿を現す。
「「「──ッ!」」」
次の瞬間には、五人、十人、二十人と一気に影が増えた。
みな似たフードに身を包んでおり、肩には共通のマークが刻まれている。
教団“スカー”の印だ。
「あれが王都騎士団かあ!」
「ぶっ壊していいんだよなあ!?」
「うひゃひゃ、早くやりてえ!」
スカーの連中は思い思いに声を上げる。
その様子には、隊の先頭に立つ指示役が頭を抱えた。
「こいつらは隠密行動を知らんのか……」
だが、それもすぐに邪悪な笑みに変わった。
「どうせ破壊し尽くすならいいか」
彼らは、“スカー”の先遣隊。
街を荒らし、後の本陣が暴れやすくするための破壊部隊だ。
「ようし、お前ら」
指示役の男はバッと手を上げる。
それと同時に、後ろのうるさい連中が一斉に構えを取った。
「やっちまえ!」
「「「うおおおおおおおっ!」」」
──その瞬間、下から巨大な風圧が巻き上がる。
「「「ぐわあああああああっ!」」」
「な、なんだ!?」
今から破壊を行おうとした先遣隊が、なぜか一斉に攻撃をもらったのだ。
方向は、騎士団拠点から。
指示役がとっさに目を向けると、そこには屈強な男が立っていた。
「まだエルタ殿の風圧には敵わないか。もっと筋トレを増やさなければな」
「「「……!」」」
その男には、“スカー”も全員目を見開く。
王都に住む者として、彼を知らない者は存在しない。
「お前達が例の教団か」
「「「……っ!」」」
大きな剣をすっと前に構え、男は地面を踏み込んだ。
それだけで地面が軽く振動し、威圧感が伝わってくる。
その雰囲気は、まさに王都を守る絶対的な守護者だ。
「ならば、俺が王都の盾となろう」
現れたのは──王都騎士団“団長”シュヴァだった。
★
さらに、同時刻。
王都エトワール学院前。
「砲撃組、構えやがれ!」
騎士団に現れた“スカー”と同様の隊が、襲撃を開始しようとしていた。
──しかし、それは寸前で遮られる。
「「「ぐわああああああああっ!」」」
「なにっ!?」
ヒュンヒュンと音を立てた何かが、スカーの部隊を襲ったのだ。
暗闇のため見づらいが、隊に近づいてくるにつれ、その姿が露わになる。
「あまり教頭のブラックさをナメないで頂戴。このぐらいの時間なら、平気で仕事してるんですけど」
「「「……っ!」」」
バチンっと、鞭が地面を叩く音が聞こえる。
同時に、スカーの連中はようやく彼女を視認した。
そこにいたのは、色んな意味で有名な人物である。
「悪い子達はお仕置きしてあげるわ。いえ──」
黒いボディスーツを身に着け、彼女はペロリと舌を出した。
「調教してあげるわ」
現れたのは、鬼の教頭──ビルゴだった。
王都を乗っ取るため、突如として襲撃を開始した教団”スカー”。
彼らには、偶然そこにいた団長シュヴァ、教頭ビルゴが応戦しました!
王都防衛戦、ここに開幕です!
(エルタ君は何やら仕掛けられたみたいですが、果たして……?)




