第24話 動き始める闇
「お義母さん、また来ました」
エルタが、石造りの墓の前で両手を合わせる。
今日は、エルタ達の育て親であり、孤児院の主──お義母さんの命日だ。
エルタにとっては、地上に帰還してすぐ訪れた以降、二回目のお墓参りである。
「最近、みんなとお出かけに行きました」
みんなでお出かけをしてから一週間ほど。
それぞれが教団“スカー”について調べ、警戒を強めている。
そんな中でも、今日だけはエルタ達はここへ集合していた。
「みんなも元気です」
エルタの声に、周りの少女達は目を瞑りながら、うなずく。
「これからも騎士の務めを果たします」
「生徒会長として学院を安定させます」
「魔装をさらなる領域へ進化させます」
「お兄ちゃんと共にみんなを支えます」
みんな少し悲しさを持ちつつも、気持ちは前向きだ。
明るい面持ちの方が喜ばれると思ったのだろう。
また、生前エルタ達は、よくこんな言葉をかけてもらっていた。
『みんなが健やかに生きられますように』
それを胸に、エルタ達は元気な姿を見せたいと思ったのだ。
みんなが祈り終えた後、ジュラが口を開く。
「せっかくだから、近況も報告しておこうよ」
それに賛成したエルタは、早速苦言をこぼす。
ちょっと思っていたことがあったようだ。
「ジュラ姉が全然魔装を作ってくれません」
「え、エル!?」
「かっこいい武器、僕も欲しいです」
「だ、だからそれはね……」
当然、ジュラにも理由があった。
(エルタに合うほどの魔物がいないんだよお……)
魔装とは、魔物の力を用いて使用者に“さらなる力”を与えるもの。
だが、エルタは本人が強すぎるため、どんな魔物をモチーフにしても武器の方が弱くなってしまう。
使用者にできることを武器にしても、それはただのお荷物だ。
「スライムの水鉄砲とか、なんでもいいのに」
「お姉さんのプライドも考えてほしいなあ……」
エルタはこう言うが、一応ジュラにも誇りはある。
お荷物をわざわざ作るのは許せなかったようだ。
結局そのまま、エルタの専用武器は悩んだままである。
「でも、新しい専用武器もできたんだよね」
「そうだね。今度見せてもらいなよ」
「そうする!」
しかし、既存の三人の他に、新たに専用武器を与えた者がいるという。
エルタも知っている人物のため、今度見せてもらうことにしたようだ。
それから、エルタは近況報告を続ける。
「あとはビルゴ教頭がちょっとしつこいかもです」
「本当だよ!」
「そうそう、お兄ちゃんばっかり!」
それには生徒会長のレオネ、生徒会所属のティナが声を上げた。
「わたしには厳しいのに、エルタにベタベタして!」
「いや、ベタベタはされてないけど……」
ははは、とエルタが苦笑いを浮かべる。
すると今度は、騎士団副団長のセリアが続いた。
「そういえば、団長もエル君をかなり気に入っています」
「あー団長さんは……よく筋トレメニューを聞いて来るかも」
しかし、セリアの表情は少し拗ねている。
「騎士団の時は独り占めできるのに……」
「え?」
「な、なんでもないよっ!」
小声でこぼした言葉をセリアはごまかした。
幸い、エルタの耳には届いてなかったようだ。
そんな報告に、ジュラはふっと息を漏らす。
「もう、エルは本当に変わらないよね」
「どういう意味だよー」
「「「あはははっ!」」」
周りに巻き込まれる形だが、エルタはその先々で人をあっと驚かせてきた。
そうする内に、方々で地位を得ているようだ。
また、そこで一緒に仕事をする少女達も、仲睦まじい様子である。
「そろそろ行こっか」
そうして軽い近況報告を終え、エルタ達は去ろうとする。
だが、最後にチラリとお墓へ目を向けた。
少しぎこちない笑みを浮かべて。
「やっぱり、無いかあ」
この国では、お墓参りをした際に花を添える文化がある。
しかし、お墓には今ここにいる五つの花しか置いていない。
エルタが言いたいのは、“カルムの分がない”ということだ。
それには、レオネが付け加えた。
「今までも、花が置かれてたことは一度も無かったよ」
「そっかあ」
だが、エルタが悲観になることはない。
「じゃあ探すのも大変だなあ」
「ふふっ、そうだね」
カルムが生きていることは全く疑っていないようだ。
そんなエルタらしさが垣間見え、周りも自然と笑顔を浮かべた。
「お義母さん、また来ます」
こうして、エルタ達はお義母さんのお墓を後にした。
★
同日の夕方、とある地下拠点にて。
ここは、闇の組織──教団“スカー”の本拠地である。
「いま帰ったぞ」
そこに、ひとりの少年が帰ってくる。
逆立った白髪に、周囲を威圧するような目付きだ。
顔はまだ幼く、エルタと同じ年齢ぐらいだろう。
そんな少年に、拠点内にいた大男が話しかける。
「随分と遅かったじゃねえか、カルム」
帰った少年の名は──『カルム』。
エルタ達の幼馴染であり、孤児院でお義母さんと呼ばれていた女性の実子だ。
現在は行方不明扱いになっている。
カルムに話しかけた大男は、ニヤニヤとしながら続けた。
「どこ行ってやがったんだ?」
「うるせえよ」
「いいじゃねえか、教えろよ」
「……別にどこでもいいだろ」
カルムは頑なに行っていた場所を言わない。
しかし、ふと一枚の“花びら”が手からひらりと落ちた。
日中は花を扱っていたのかもしれない。
花びらは萎れ、握りつぶされているようだが。
それから、カルムが冷たい視線で大男に返す。
「それより融合はうまくいったのかよ」
「ああ、バッチリだ!」
すると、大男は猛ったように腕に力を込める。
「これであのガキをぶっ潰せる! あのエルタとかいうクソガキをなあ!」
「……フッ、ならいい」
大男の正体は──ゴレアだ。
ティナと受付嬢をはべらせようとしたところを、地上に帰還してすぐのエルタにぶっ飛ばされた男である。
元はAランク探索者だったが、あの件を機に資格を剥奪された。
受付嬢に危害を加えたのが大きかったようだ。
しかし、その後は牢に入れられたはずが、なぜかここにいる。
闇の組織である“スカー”が、彼を脱出されたのだろう。
「早くあいつの顔面をぶん殴らねえと、気が済まねえ……!」
「ったく、血の気の多い奴だ」
そんなカルムとゴレアに、“玉座に座る者”が口を開く。
「静かにしろ。会議を始める」
「「……!」」
冷たい声色は、自然に人を見下しているように感じる。
その声には、威勢の良かったゴレアもビクっと反応を示した。
この男が教団“スカー”の『ボス』のようだ。
ボスは、冷たい声色のまま続けた。
「さて確認だが、我の目的はなんだ。──カルム」
「王都転覆だ」
「そうだ、さすが我が教団の参謀」
教団“スカー”の目的は、王都を転覆させること。
国中の資源が集まる王都を支配し、全てを手に入れようとしているのだ。
さらに、カルムはそんな教団の“参謀”だという。
そして、ボスは最も信頼するカルムへ続けてたずねた。
長く力を溜めていたため、王都の情勢に明るくないのだろう。
「カルムよ。お前なら王都を攻略するにあたって、何を考える」
「……まず、邪魔な団体が三つある。騎士団、学院、そして探索ギルドだ」
「ほう」
王都の主戦力を挙げるカルムだが、フッと口角を上げた。
「それでも、おそらく戦力はこちらが上だ」
「あれだけ実験すればな」
ボスはチラリと拠点の奥へ視線を向けた。
そこには、魔物と教団員が入り混じる檻がある。
しかし、教団員の方は正気を失っているようだ。
「あいつらは失敗だが、ここには成功例もある。カルム、お前も含めてな」
「……フン」
檻の人間と、正気を保った人間。
両者の差は“魔物にうまく適合したか”どうかだ。
正気を保ったままの者は、普通の生活を許されている。
それから、ボスは続けてカルムへ問う。
「では王都はこれで攻略か?」
「まだだ。それらに匹敵する……いや、むしろこっちの方が注意が必要だろう」
「ほう、その正体とは」
「“エルタ”という男だ」
カルムは、ジュラ達三人が勝負をしていた場を覗いていた。
魔装も魅力的だったが、やはり最後のエルタは無視できなかったようだ。
加えて、エルタの噂は次々に入ってきている。
「では、そのエルタはどうする」
「……フッ」
しかし、カルムはにやりと笑う。
「あいつのことはよく知っている。俺に任せろ」
「いいだろう」
こうして、教団“スカー”の作戦は決まったようだ。
カルムのうなずきを横目に、ボスは堂々と宣言する。
「決行は──“三日後”、日付変更時」
「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」
それには、今まで静かにしていた団員が一斉に声を上げる。
この地下拠点には、あふれんばかりの人員がいるようだ。
そして、ボスは手を地上へ向けた。
「いよいよ王都を我がものとする」
地上の準備が整わない中、教団“スカー”はついに動き出した──。




