第22話 かつての光景
本日より、朝の投稿は8時過ぎにします!
こちらの方が埋もれず、読まれているからですね!
どうぞよろしくお願いします!
「おおお~っ!」
エルタは目を輝かせながら、辺りを見渡す。
一面生い茂る森林に、どこからか陽の光が差している。
遠くからは魔物の声も聞こえるが、気候は比較的温和だ。
「ポカポカしてるね!」
ここは『王都第一ダンジョン』。
王都近くに存在する、Cランクダンジョンである。
ジュラ達が勝負をした日から、約一週間。
エルタがお出かけ先を「ダンジョン」に指定し、今日ようやく予定を合わせて来ることができたようだ。
「楽しみだなあ」
エルタは体験学習のような意気込みでウキウキしている。
この日のために探索者資格も獲得したのだ。
それから、一応気になることを尋ねておく。
「アステラダンジョンじゃなくて良かったんだよね?」
それには後ろから一斉にツッコミが入った。
「「「「当たり前でしょ!」」」」
声を上げたのは、ティナ・セリア・レオネ・ジュラ。
共にダンジョン探索に来たメンバーである。
一体何を言い出すのかという表情で、彼女らは続けた。
「お兄ちゃん、無茶言わないで!」
「エル君、それはさすがに厳しいと思う」
「わたし達を殺す気?」
「お出かけどころか、お通夜になっちゃうよ」
ダンジョンには、ギルドから認可が下りれば潜ることができる。
ここにはSランクのジュラを含め、Aランクのセリア・レオネ、Bランクのティナまでいる。
アステラダンジョンも許可されるだろう。
だが、アステラダンジョンは“別格”なのだ。
多くの上級探索者が集まり、長い準備を経て、ようやくスタートラインに立てるほどの難易度だという。
そもそも、今回は単なるお出かけの為、そこまで難しいダンジョンに行く必要はないのだ。
「だ、だよね~」
と、この前話した内容を思い出し、エルタもぶるっと身震いした。
(友達より強い魔物がうじゃうじゃいるんだよね。確かにちょっと怖いな……)
エルタは、十年過ごした最下層を“謎の階層”と認識している。
つまり、アステラダンジョンの深くにはもっと怖い魔物が潜んでいると思い込んでいた。
もちろんそんな魔物は存在しないので、無駄な不安だが。
そんなエルタに対し、ティナがふと聞き返す。
「ていうか、なんでダンジョン?」
「み、みんなの魔装がかっこよくて、もっと見たいなって思って……」
行き先を決めろと言われた時、とっさにそう思ったようだ。
それにはセリア達"魔装”を持つ三人も、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。
「ま、まあ?」
「エルタがそう言うなら?」
「お姉さんももっと見せてあげてもいいけど?」
お出かけの場としてはどうかと思うが、三人もそう言われて悪い気はしない。
なんだかんだで戦うことが好きな彼女らと共に、エルタはるんるんでダンジョン探索を始めたのであった。
「あ、虫だ!」
木々が立ち並ぶ道を進んだところで、エルタが声を上げる。
反応する少女達だが、もはや相手を見る間もなくツッコんだ。
「だからそれも魔物ーーー!」
「えぇ?」
先程から、エルタがずっと魔物を虫だと言い続けるからだ。
対して、エルタはやはり首を傾げる。
「これも魔物なの? ──えいっ」
「グエッ!」
魔物は言葉の間にペシっとはたき落とされ、ダンジョンに取り込まれていく。
いま襲ってきたのもCランクの立派な魔物だが、エルタの前ではあまりにも不憫である。
そんなエルタには、ジュラが思わず苦言をこぼした。
「よくこんなので『魔物学』なんてやってるよね」
「エルタ、話だけは面白いから」
それにはレオネが答えるが、エルタには二重のダメージだ。
「ひどい……」
「ふふっ」
「もう、お兄ちゃんったら」
微笑ましい光景には、セリアとティナが笑みをこぼす。
懐かしの面々と過ごす内に、セリアもすっかり昔の口調に戻っていた。
エルタを含め、やはりこのメンバーは特別なのだろう。
「よーし、どんどん行こう!」
そんなことがありつつ、探索を進めていく。
「エル、お姉さんの魔装使う?」
また少し進み、唐突にジュラが声をかける。
すぐさま振り返ったエルタの顔は、パアっと晴れていた。
「え、いいの!」
「でも、ちょっと扱いが難しいから……お姉さんと一緒に、ね?」
ジュラはウインクと共に、太ももに巻いたベルトから拳銃を取り出し、胸の前でチャキっと構えた。
上は軽装に、下はミニスカ風。
格好と仕草を合わせた、お姉さんの甘い誘惑である。
対して、エルタは全く目を濁らせず、少年のような表情でうなずいた。
「うん!」
「……き、効かない」
誘惑に一切かからず、エルタはただ興味津々で寄ってくる。
ならばと、ジュラもさらなる攻撃に出た。
「ここで狙いを定めて……ああ、もうちょっとくっ付かないと教えられないかも」
ジュラはエルタにぴったりと体を密着させ、過剰なスキンシップを図る。
その豊満な胸は、エルタにしっかり押し付けているように見えた。
だが、エルタはことごとくエルタだった。
「やっぱり拳銃もかっこいいなあ!」
「……お姉さん、ちょっと自信なくしてきちゃった」
やはりエルタは魔装にしか興味を示さず。
また、それを後ろから見ていたセリアとレオネは悔しげな表情を浮かべていた。
「エル君とあんなにぴったり……」
「や、やるなあ……」
年長のジュラは、孤児院の時からよく周りを見ている。
エルタが魔装に興味津々なことにも気づいていたのだろう。
しかし、結局エルタをドキっとさせることは叶わず。
ジュラは少し声を落として提案した。
「じゃあ、そろそろお昼にしよっか……」
「うん!」
“お昼”には元気な反応を示すエルタだった。
「うわ、すごい!」
目の前に広げられたお昼ごはんに、エルタは思わず声を上げた。
「なんだか懐かしい!」
「そうでしょ、エル君っ」
それには、かつての孤児院の記憶が蘇る。
十年前、よくピクニックをしていた時のような食べ物がズラリと並んでいたのだ。
「これ、みんなが作ったの?」
「そうだよ。ワタシとレオネとティナで!」
「へえ、さすがだなあ……!」
嬉しさがこみ上げるエルタ。
だが、そんな暇もなく、ぐ~っとエルタのお腹が鳴った。
「あ」
「もう、相変わらずエルタだなあ。ほら食べていいよ」
「ありがとう! いただきます!」
レオネに促され、エルタはすぐさま飛び付いた。
しかし、最初に手を付けた物に、周りはやっぱりという表情を浮かべた。
「エル君、やっぱり卵焼きからいくんだね」
「バ、バレてた!?」
「バレバレだよ」
「「「あはははっ」」」
そんなこんなありつつ、エルタ達は懐かしいお昼ごはんを過ごすのだった。
「ティナ」
お昼も終わり、休憩中。
エルタは、一行から少し離れていたティナへ声をかける。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ティナがちょっと元気がないように見えてさ」
「……!」
ティナは図星のような反応を見せた。
それから、思わずふっと笑ってしまう。
(普段は鈍感のくせに、昔からこういうとこだけは鋭いんだよね……)
すると、兄の優しさに安心したのか、ティナは思っていたことを話し始めた。
「みんな、やっぱり強くてすごいなあって思っちゃって」
「わかる。みんなすごいよね」
「いやいや、お兄ちゃんが筆頭だから」
ティナも努力を重ね、Bランク探索者となった。
しかし、エルタや幼馴染三人に比べると、どうしても見劣りしてしまうのは事実だった。
加えて、最近さらに差が広がったのだ。
ティナは持っていない“専用武器”によって。
「ティナは武器を作ってもらわなかったの?」
「うん。私の方から断ったんだ」
だが、それはジュラがいじわるをしたわけではない。
むしろジュラは何度も声をかけたが、ティナ側が拒否していたのだ。
「どうして? あんなにかっこいいのに」
「ちょっと考えてることがあってね!」
「……! そっか」
しかし、話す内に気が楽になったのだろう。
ティナが再び元気を取り戻した表情を浮かべると、エルタも安心した。
自分で考えているならば、言うことは何もないと思ったようだ。
そして、今日のことを軽く振り返りながら、エルタは少し見上げる。
「なんだか昔に戻ったみたいだよ」
「ふふっ、そうだね」
孤児院のメンバーでお出かけし、みんなでお昼を食べる。
ピクニックからダンジョン探索へと、スケールは大きくなったが、確かに“かつての光景”がここにはあった。
そうして懐かしむエルタに、後ろからセリアが声をかけてくる。
「エル君は優しいね。立派なお兄ちゃんをしてる」
「まあ、十年も待たせちゃったわけだし」
「待ったのはワタシも……ごにょごにょ」
だが、その言葉には少しもじもじした。
騎士団では決して見せない姿だろう。
それからエルタは、もう一つかつての記憶を口にする。
「それにしても懐かしいなあ。十年前はよく六人で遊んだよね」
「……!」
ここのメンバーに加えて、もう一人。
孤児院には、同世代の男がいたのだ。
「今頃何してるんだろうなあ」
「……っ」
しかし、この話になってから、セリアとティナの表情が良くない。
それには若干疑問を抱きつつも、エルタはセリアにたずねた。
「セリアは、何してるか知ってる?」
「……彼は──」
しかめた顔で話そうとするセリアだが、それをさえぎるよう声が聞こえてくる。
「エル! みんな!」
周辺の警戒にあたっていたジュラだ。
「ちょっと、来てほしい……!」
「え?」
その切迫した表情は、どこか緊急を思わせるものだった──。




