第21話 無敵のルーティン
「とうっ!」
エルタが観客席から飛び出す。
セリア・レオネ・ジュラの大技がぶつかれば、観客席に被害が及ぶかもしれないからだ。
それを危惧したエルタは、シールドを破壊して三人の中心に降り立った。
「エル君!?」
「エルタ!?」
「エルっ!?」
それぞれの魔装による大技は、Aランク魔物の必殺技に相当する。
そんな大技がすでに彼女たちの手を離れてしまっていた。
それでも、エルタは笑った。
グーにした両手を、体の前で交差させて。
「最強種族シリーズ、その三──【不死鳥の加護】」
直後、ドガアアアアアと轟音が響き渡る。
三人の大技がエルタに直撃したのだ。
「エル……!!」
誰もが舞った砂ぼこりを心配そうに見るが、ジュラは特に顔を青ざめさせていた。
魔装の開発者であり、強力さをよく知る彼女は、今のがどれほどの威力かを理解していたからだ。
「私が言い出したから……」
いくらエルタの話を聞いていても、とても受けきれると思えなかったのだ。
だが、砂ぼこりの中からはすぐに声が聞こえてきた。
「うわあっ!?」
「……ッ!」
エルタの声だ。
しかも、いつも通りどこか気の抜けた声色である。
ジュラは一目散に砂ぼこりへ突っ込んだ。
「エル、大丈夫──って、ぶはっ!?」
だが、エルタの姿を見た瞬間、ジュラは思わず吹き出してしまった。
安心したと同時に、エルタがあまりにも変だったからだ。
「その格好、どうしたの!?」
「え?」
最強種族シリーズ、その三──【不死鳥の加護】。
“不死鳥”フェニックスから学んだ、エルタの防御技だ。
だが、技とは言うものの、これは実は単なる“我慢”である。
エルタはフェニックスと共に、マグマや絶対零度の地など、様々な環境でどちらが長く我慢できるかよく勝負をしていた。
その遊びの過程で身に付けたのが、無敵の耐性である。
しかし、普段は痛みや熱さも感じる。
エルタが無敵となるのは、“体が準備を整えた時”のみ。
両手を前で交差させる「バリア」の姿勢を取るのは、エルタの“ルーティン”のようなものだ。
騎士が目を瞑って集中する。
探索者が同じ態勢で戦闘に入る。
それらのように、強者がパフォーマンスを出す為の一定の動作が、“ルーティン”である。
つまり、エルタは「バリア」の姿勢を取ることで体の準備を整え、あらゆる攻撃に耐えることができるのだ。
だが、この技には“デメリット”がある。
攻撃を受け流しているわけではないため、影響がそのまま体に反映されるのだ。
すなわち、今エルタの体は大変なことになっている。
「なんだこれえ!?」
右上半身はチリチリと燃え、左上半身は凍っている。
また、下半身はふよふよと今にも浮かびそうだった。
三人の大技の影響が、もろにエルタの体に出ていたのだ。
「エル……ちょっ、やめてっ」
ジュラが吹き出したのは、このめちゃくちゃな姿が面白かったからである。
これには少し遅れてやった来たセリアとレオネも、思わず笑ってしまう。
「エル君、これは大丈夫なのか!?」
「そ、そうはならないでしょー」
「さすがにお姉さんも笑っちゃうわ……あはははっ!」
しかし、一度笑ったことで彼女らは冷静さを取り戻す。
観客席のシールドが危なかったことに気づいたようだ。
「ワタシ達の攻撃で壊れるところだったのか」
「うん。だから先に止めようと思って」
「ありがとう。勝負に夢中になり過ぎたよ」
「いいよいいよ……あ、戻った」
会話の中で、エルタの体は通常に戻る。
デメリットは短時間のみのようだ。
だが、まだ残っている問題をレオネが口にした。
「それで、誰の勝ちにしよっか」
「うむ。決着はつかなかったわけだしな」
勝った者がエルタとデートできる。
勝負はそんな話から始まったのだ。
すると、お姉さんのジュラが提案した。
「じゃあ、デートできる人をエルに選んでもらう?」
「「……!」」
それには他二人も目を見開き、三人そろってエルタにずいずいと近寄ってくる。
全員「それだ」と思ったのだろう。
「え?」
しかし、エルタは後ずさるのみ。
優しいエルタに一人を選べというのも酷な話だろう。
(な、なんでいつもこうなるんだ……)
ティナとセリアが会った時もそうだった。
普段はみんな仲良しのはずが、自分が関わるとなぜか対立してしまう。
そんな彼女らが怖くなったのか、エルタは背を向けて走り出した。
「もう勘弁してください!」
「あ、逃げた」
どれだけ最強種族と張り合おうとも、恋心を持った彼女達からは逃げてしまうエルタであった。
すると、ちょうどよく砂ぼこりが晴れて観客にも状況が伝わった。
「どうなったんだ!?」
「大技がぶつかる直前に誰か来たのは見えたけど!」
「あれ、エルタ先生じゃね!?」
「じゃあ先生が止めたのか!?」
「あの三つの威力を!?」
「さすがにギリ当たらなかったとかじゃないか?」
「とにかくシールドが壊れたの上部だけで良かったな」
しかし、エルタの速すぎる一連の行動は、全てが伝わり切っておらず。
結局、勝負をしていた三人がギリギリ当てなかったのではないか、という結論に至った。
三人の株も下げず、観客にも被害が及ばなかった。
エルタからすれば、自分が望んだ結果通りである。
そして、観客はもう一つ気になることについて歓声を上げていた。
「ていうか先生、三人と仲良くね?」
「よく会長とお昼ご飯食べてるよな」
「まさかエルタ先生も幼馴染なのか!?」
「うそだろ、あの三人と!?」
「それはずるだろ!」
その執念は凄まじく、後日エルタは三人の幼馴染だと自白させられるのだった。
突発的に始まった、幼馴染三人の譲れない勝負。
こうして、三人の強さ、魔装の可能性、またエルタが羨ましがれて幕を閉じたのだった。
そして、“とある者”は勝負を陰から覗いていた。
「……」
黒いローブに身を包み、素性を隠しているように見える。
その者は、興味深そうに口にした。
「あれが“魔装”か」
声は低く、男の声のようだ。
男の視線の先にはジュラがいる。
「あいつ、さすがだな。本当に完成させるとは」
古い知人なのか、呼び方が近しいようにも感じる。
だが、男が覗かせる目は、少なくとも味方には思えない。
「魔装が手に入れば、俺達もさらに次へ行ける」
ジュラのことは認めつつも、何かを企んでいるようだ。
そして、やはり最後の彼の行動は無視できなかった。
「今も昔も、やっぱりお前が障害になるのか」
男は背を向け、すっと姿を消す。
少し懐かしむような表情で、彼の名前を呼びつつ。
「首を洗って待ってろよ、エルタ」
★
「「「お疲れ様~!」」」
セリア・レオネ・ジュラが勝負を終えた後。
一行は、夕食をしに近くの飲食店を訪れていた。
口いっぱいにジュースを放り込んだジュラは、早速話を始める。
「結構白熱したね~」
「てかジュラ姉の武器強すぎい」
「ああ、銃とはまた厄介だったな」
簡単な感想戦だ。
しかし、それはすぐに切り替えられる。
三人としても次の話が“本題”のようだ。
「で、さっきの続きなんだけどさ、エル?」
「ぎくっ!」
ジュラの視線に、エルタはビクンと肩を跳ねさせる。
さっきの続きとは、誰とデートをするか選べという話だろう。
こうなることは分かっていたはずだが、「ご飯」と聞いてエルタはのうのうと付いて来てしまっていたのだ。
「お兄ちゃん、もう逃げちゃダメだよ」
「ティナまで敵とは……」
さらに、後ろはティナにがっちりガードされている。
ジュラが「ティナちゃんもデート候補に入れる」とそそのかし、あっさり女性側に寝返っていたようだ。
エルタにもう逃げ場はない。
「いや、でも……」
しかし、やはりエルタに一人は選べない。
ならば仕方ないと、ジュラが新しく提案した。
「じゃあ妥協案で、みんなで行く?」
「「「……」」」
セリア達はじっくり考える。
エルタとデートはしたい。
かといって、エルタが他の人とだけデートをするのは嫌だ。
だったら独り占めはできないが、みんなで行く方が合理的。
そんなリスクリターンを考え、三人は結論を出した。
「「「そうしよう」」」
「うん、お姉さんも賛成」
そして、ジュラはくるっとエルタに向き直る。
「じゃあエル、どこに行こっか」
「ええ、僕が決めるの!?」
「そりゃもちろん」
つんと人差し指を立てたジュラに、みんなもうんうんとうなずく。
対して、エルタは深く考え込む。
「うーん……」
王都で行った場所と言えば、学院や騎士団、いくつか飲食店など。
どれも一日デートするには向きそうにない。
そうして、みんなの勝負から何か着想を得たのか、やがて予想外の答えを出した。
「ダ、ダンジョンとか?」




