第20話 譲れない想い
「常に周りに気を配るのは基本だよ」
氷山の向こうから、お姉さんの甘い声が聞こえてきた。
同時に、セリアとレオネに向かって豪炎の一閃が走ってくる。
「「……!」」
とっさに剣で防いだ二人は、炎の方向へ目を向けた。
氷山を一瞬で溶かし、姿を見せたのは──ジュラだ。
「お姉さんのことも忘れないでね」
ふふっと微笑んだ表情は、セリアとレオネの戦いを見ても、まだまだ余裕を保っているようだ。
ジュラの攻撃に、二人はごくりと固唾を飲んだ。
「ジュラは炎か……!」
「これまた厄介だなあ」
ジュラは武器をくるくると回し、先から出た煙をフッと吹く。
「ふふっ、お姉さんのお気に入りだよ」
──二丁拳銃『サラマンダー』。
炎を吐くトカゲから作成されている。
魔物の能力通り、銃口から炎を出すことができる。
溜めた時間によって、威力は大きくなる。
“レッグホルスター”と呼ばれる、太ももに巻いたベルトに、それぞれ一丁ずつ携帯しているようだ。
「まだまだいくよ」
ニヤリとしたジュラは、またも銃を構えた。
どうやら能力はこれだけではないらしい。
「それっ」
「「……!」」
その甘い声とは真逆の、高威力の炎が放たれ続ける。
溜めては撃ち、溜めては撃ち、セリアとレオネを翻弄する。
だが、その内二人も気づくことがあった。
(装填は!?)
(弾はどこから来るの!?)
弾を装填する様子もなければ、なくなる様子もない。
ジュラの二丁拳銃は、空気中のエネルギーを利用しているのだ。
ゆえに、弾数が無限である。
「それそれ~っ」
この武器によって、魔装の可能性と共に、今まではあまり使われなかった銃の可能性をも引き出した。
これがSランク探索者にして、魔装研究家──ジュラである。
しかし、他二人も決して負けていない。
「ナメるな!」
「そうだよ!」
炎の弾に対して、セリアは氷の棘をぶつけることで相殺する。
「はッ!」
「わーお」
また、レオネも自由自在に宙を舞い、華麗に躱していく。
「こっちだよ!」
「やるねぇ」
ジュラが一気に流れを持っていくかと思われたが、やはり二人も百戦錬磨。
戦況は再びイーブンに戻ったようだ。
その上で、それぞれが得意な戦い方でお互いを攻撃し合う。
近距離のレオネ。(双剣)
中距離のセリア。(大剣)
遠距離のジュラ。(二丁拳銃)
魔装の能力も判明し、三人の戦いは熾烈を極めていく。
これには、観客たちも声と共に拍手を送る。
「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」
まるで見た事ないバトルが、目の前で繰り広げられているからだ。
会場はここ一番の熱狂を見せていた。
「すごすぎるぜ、この戦い!」
「これが新時代のバトルかよ!」
「さすが副団長様だ!」
「いやいや、生徒会長ちゃんだろ!」
「ジュラ様あああああ!」
所々、もはや推しを応援するような声も聞こえる。
人気と実力、両方を兼ね備えた三人だからこそだろう。
だが、バトルが激し過ぎるばかりに、身の心配をし始める者もいる。
「このシールド、大丈夫だよな……?」
「いやいや、学院で一番強固なんだぞ?」
「でも、さっきから軋んでね?」
観客席と闘技場の間には、シールドが張られている。
安全を確保するため、学院で最も強固な素材を使ったものだ。
しかし、今まで何が起きてもビクともしなかったシールドが、三人の激しい戦いに段々ときしみ始めているようだ。
それでも、中の彼女達は止まる様子がない。
それもそのはず──
(エル君……!)
(エルタ、見ててよ!)
(エル、お姉さんが勝つからね)
みな勝つことに必死になっていた。
三人はエルタを助けるために、強くなることを決意した。
騎士、学院、探索者、それぞれ導いた答えは違えど、その先で努力を重ねたのだ。
そんな十年間の成果をエルタに見て欲しいと思っていたのだ。
エルタのために誰よりも努力したと、“譲れない想い”を持って。
だが、当の本人はその意思を全く汲み取っていない。
「みんなすごいなあ……!」
エルタは、ただただ夢中になっているだけだった。
人ならざる力を持つエルタだが、逆に言えば武術・武芸は全くと言って良いほど知らない。
そのため、セリアの騎士道、レオネの知的な立ち回り、ジュラの戦略、そのどれもがエルタにとって新鮮だったようだ。
また、魔装という技術が、エルタの少年心をくすぐっている。
「かっこいい! 僕も使いたい!」
目をキラキラさせた様は、シールドの異変にも気づいていない。
ここでもエルタらしさを発揮してしまっていたのだった。
そんな中、隣のティナは大きく目を見開いた。
(待って、まずいかも……!)
勝負も終盤となり、中の三人がここ一番の“大技”を出そうとしていたのだ。
「ふぅぅぅ……」
「いくわよ……」
「決めるわ……」
するとティナの頭に、ここへ来る前に聞いた話が想起される。
ジュラが魔装について軽く説明していた事だ。
『三人の専用武器は、全部Aランク魔物から造られているんだよ』
魔装は、魔物の力を再現した武器だ。
つまり、三人は今、Aランク魔物の必殺技を繰り出そうとしている。
氷のドラゴン──ニブルヘイム。
風の怪鳥 ──グリフォン。
炎のトカゲ ──サラマンダー。
どれも、知られている中では魔物界を代表する強者たちだ。
そんな三匹の大技がぶつかろうとしている。
その衝撃は計り知れた者じゃない。
すなわち、この学院のシールドでさえ破壊しかねない。
「みんな、止まっ──」
だが、ティナが叫ぶ前に、隣のエルタが飛び出した。
「とうっ!」
「って、お兄ちゃん!?」
エルタがようやくシールドの異変に気づいたようだ。
その上で、三人の大技がぶつかれば壊れることも予期したのだろう。
「とりゃあああ!」
ここでバリアが壊れれば、観客に被害が出るかもしれない。
そうなれば、生徒会長であるレオネや、他二人にも責任問題が生まれる。
と、ここまで考えたかは分からないが、とにかくエルタの体が勝手に動いたのだ。
「最強種族シリーズ、その二──【鬼神の拳】」
「「「……ッ!?」」」
突然、ガシャーンと音が聞こえ、中の三人がビクっと反応する。
学院一の強固なシールドが破壊されたのだ。
もちろん、観客に被害が出ない様、真上からだ。
だが、セリア達が反応したのは、それだけが理由ではない。
何事か、と思ったのと同時に、“まずい”と思ったのだ。
「エル君!?」
「エルタ!?」
「エルっ!?」
三人の大技が、すでに手から離れていたのだ。
彼女らはどうやっても止める事が出来ない。
Aランク魔物の必殺技、三つがぶつかる中心にエルタは降り立つ。
「最強種族シリーズ、その三──」
それでも、エルタは笑った。
グーにした両腕を、体の前で交差させて。
「【不死鳥の加護】」
小学生の鬼ごっこでは、チート技との呼び声が高い「バリア!」ですね。
エルタ君も似た感覚で使っているのかも?笑




