第15話 上位騎士との対決
「セリアと会えないのは寂しいからさ、ここは勝ちたいんだ」
幼馴染のセリアに、そう口にするエルタ。
その表情はやる気に満ちている。
「見ててよ、セリア」
「エル君……!」
そうして、エルタは闘技場へ向かった。
「来たな、副団長をたぶらかす奴め」
エルタに勝負を申し込んだアジルは、カンッと剣を突き立てた。
彼が待っていたのは──『中央闘技場』。
よりによって、一番目立つ場所で模擬戦をやろうと言うのだ。
そんな展開に、騎士団は大盛り上がり。
「おいおい、何が始まるんだ!?」
「副団長を巡って模擬戦だとよ!」
「おーアツいねえ、若人たち!」
「アジル、勝ったら告れよー!」
「お相手さんも頑張りなー!」
騎士団という性質上、団員はどうしても男の方が多い。
彼らがこんな面白そうな機会を見逃すはずがないだろう。
「バカ者共が……」
騒ぎ立てる連中に、少し離れた席に座るセリアは、赤らめた顔を片手で覆う。
だが、彼女も彼女で、頭にずっと残っている言葉があった。
『セリアと会えなくなるのは寂しいからさ』
何度も巡るその言葉が、セリアの胸をきゅっと締め付ける。
「くぅっ!」
「「「……?」」」
胸を両手で抑えるセリアには、周りはポカンとするしかなかった。
そんなこんながありつつも、騎士団は闘技場へ意識を向ける。
いよいよアジルとエルタの模擬戦が始まろうとしているからだ。
(エル君……)
その雰囲気も感じ取り、セリアも真剣な眼差しへと変える。
指導不足だと反省していた彼女だが、どこか運が良いと思っている節はあった。
(あの鬼教官ビルゴに勝った実力、果たして……)
学院でのエルタの活躍はいくつか耳にしている。
セリアも強さを求める者として、その力を自分の目で確かめたかったようだ。
そして、闘技場内。
「お前、剣士だったのか」
アジルが、剣を片手にしたエルタへたずねる。
だが、エルタは首を横に振った。
「ううん。違うけど、せっかく騎士団に来たから触ってみたくて」
「では、素人の剣で俺とやろうと?」
「うん! でも手は抜かないから!」
「……っ」
相変わらずエルタは素直に受け答えするが、アジルは顔をしかめる。
それもそのはず、アジルは“上位騎士”。
副団長の次の地位を与えられ、騎士団全体でも五指に入る実力者だ。
そんな彼に、エルタは初めて触る剣で挑もうというのだ。
だが、勝負は勝負。
これで勝てるなら良いだろう、とアジルも気持ちも切り替えた。
「後悔するなよ、お前」
「もちろん」
ギロリとした視線のアジルに、ニッとした表情のエルタ。
対称的とも見える両者が向き直り、審判役が手を上げる。
『構え』
それと共に、二人は構えを取った。
だが同時に、アジルは感じ取ってしまう。
(な、なんだ……?)
恐怖すら覚えるその圧倒的なオーラを。
構えはまるで素人だ。
傍から見れば、隙だらけに見えるだろう。
しかし、逆にその脱力した姿勢が、何をしても通じないように思える。
(隙が、ない……!?)
副団長セリアや、団長とはまた違った威圧感だ。
アジルはかつてない不気味な恐怖を抱いていた。
「?」
もちろんエルタは全く意識していないが。
そうして、ついに審判が手を下げる。
『はじめ!』
「……! う、うおおおおおお!」
戦闘開始の合図だ。
それにハッとしたアジルは、剣を掲げて前を突っ込む。
(俺だって……!)
アジルにも負けられない理由がある。
冷徹なセリアに憧れた感情は本物なのだ。
だが、このまま最近の惚気たセリアを見逃せば、彼の中で“解釈違い”が起きてしまう。
それを黙って見ておくことはできなかった。
剣士の誇りがそれを許さなかったのだ。
そんな気迫の乗ったアジルの剣が、エルタへ迫る。
「よっ!」
「──!」
速さにはそれなりの自信を持っていたアジルだが、初手は簡単に躱されてしまう。
だが、そんな予感はしていたのだ。
今さらこんなことで驚きはしない。
「まだまだ!」
「うわっ!」
アジルは続けて二手目、三手目で追撃する。
彼も栄光ある王都騎士団の一員だ。
そう簡単に諦めるような男ではない。
対して、エルタはニッとした表情を崩さない。
それどころか、模擬戦が始まってさらに楽しそうな表情を浮かべていた。
(剣の戦いってこんな感じなんだ!)
初めての剣の戦いにワクワクしていたのだ。
あの有名な“王都騎士団”で剣で戦う。
少年の心を持つエルタには、胸が躍るシチュエーションだろう。
「チィッ! ナメるなァ……!」
しかし、アジルにとっては屈辱的だ。
歯を食いしばったアジルは、さらに攻撃の手を強める。
エルタに何もさせず、このまま押し切る勢いで。
だが──
「とうっ!」
「んなっ……!?」
猛攻の中、ついにエルタがアジルの剣を受け止める。
これには団員たちも思わず声を上げた。
「アジルの剣を正面から……!?」
「剣は素人じゃなかったのか!?」
「かわすだけならまだしも、止めるとは!」
彼らも同じ、剣の道を往く者たちだ。
目はしっかりと鍛えられている。
そんな彼らは、エルタに対して同じ事を考えていた。
(((上達速度が尋常じゃない……!)))
始まって少しの中、エルタは異常な速さで剣が上達していた。
また、セリアも目を見開いてエルタの様子を眺める。
今はハートではなく、剣士の目で。
(才能ってレベルじゃない。まるで天井が見えない!)
噂を聞いていた彼女からしても、全くの予想外だったようだ。
身のこなしから、ただならぬ強さを感じていたが、まさかこんなものが見られるとは思ってもみなかった。
(もしエル君に師匠がいたら……)
ならば自然とそう思わざるを得ない。
すでにエルタが、多くの“友達”から学んでいることは知る由もないが。
そして、再び闘技場内。
「剣楽しいかも!」
目をキラキラさせるエルタに、アジルはギリっと歯を噛む。
アジルも雰囲気を感じ取っていたのだ。
騎士団全体が、真面目に戦う自分ではなく、ウキウキしているエルタに注目していることを。
それが悔しかったのか、アジルは怒りを露わにする。
「真面目にやれ!」
「おわっ!」
アジルは剣同士を滑らせ、エルタに追撃した。
初めて見る剣技にエルタもかわすしかない。
「くぅ、そんなのがあるんだ!」
「小賢しい奴め!」
この辺りにはまだ練度の差が見られる。
しかし、アジルも周り同様、エルタの異常な成長速度を肌で感じていた。
一手ごとに自分の技が通じなくなるという、恐怖と共に。
(あと……あと何手だ……)
あといくつか攻撃すれば、自分の剣をも上回るかもしれない。
その怖さがアジルの手を止める。
しかし、その時は来ない。
「でも、そろそろ僕も攻撃しようかな」
「!」
「セリアとの約束もあるし」
エルタが攻撃の構えを取ったのだ。
その瞬間、さらなる恐怖がアジルを襲う。
「剣持ったままだけどいいや」
「……!?」
威圧感は今までの比じゃない。
アジルは、まるで化け物に睨まれているような錯覚に陥る。
何かすごいことが起きる。
そう直感したアジルだが、何が起きるかは分からない。
「最強種族シリーズ、その二──【鬼神の拳】」




