第13話 学院での日常とお誘い
「エルタ、あ~ん!」
エルタの口の前に、卵焼きが運ばれてくる。
レオネが自らの箸であーんをしているのだ。
「ちょ、ちょっと待って」
「えーどうして?」
だが、エルタは彼女を抑えるように止めた。
それもそのはず、卵焼きはこれで本日五個目。
「さすがに多くない?」
「でも、エルタは大好きだったし」
「そりゃそうだけど……」
正体に気づいてもらえたレオネは、エルタに真っ直ぐなのだ。
しかし、ゆえにブレーキが効かないこともある。
これも十年間の想いの重さなのかもしれない。
エルタが講師となって一週間ほど。
今日もレオネは、エルタにくっついている。
と、そんなところに、タッタっと走ってくる少女が一人。
「あー! レオネさん、またお兄ちゃんといる!」
講義終わりのティナだ。
急いでエルタ達の元へ寄って来たティナに、レオネは声をかけた。
「遅かったね、ティナちゃん」
「私は講義あるんですもん……」
王都エトワール学院は、三年制。
その中で、三年修了時に必要単位数を持っていれば卒業となる。
だが、レオネはその優秀さから、すでに必要単位数を取り終えているのだ。
つまり、これ以上講義に出なくても良い。
それを利用して、学院ではエルタに付きまとっているようだ。
「頑張りたまえよ、一年生。エルタにはわたしが付いてるから」
「それはダメです! 私のお兄ちゃんなので!」
「ううん、わたしのエルタだから!」
そのことから、最近ではティナがレオネに嫉妬するという場面が増えていた。
「仲良しだなあ、二人とも」
エルタは相変わらずのようだが。
また、そんな様子を陰から覗いている学院生達がいた。
「生徒会長があんなことを……!」
「うそですよね、レオネさん……」
「ティナちゃん、禁断の恋ではないよな?」
「両手の花かよ、ちくしょう」
「でも、エルタ先生だしなあ……」
視線は主に男達の嫉妬である。
高嶺の花であるレオネに、抜群の人気を誇るティナ。
学院内でもトップの容姿を持つ二人に囲まれ、誰もが羨む光景なのは間違いないだろう。
だが、すでに名を馳せ始めているエルタだからと、学院生もどこか仕方ないといった雰囲気だ。
講師としても、男としても、エルタは徐々に地位を上げつつあった。
加えて、体重も増えつつあった。
「はいお兄ちゃん、今日のお弁当!」
「あ、ありがとう」
すでにレオネからたくさんもらっているため、エルタはお腹がいっぱいである。
そこにさらにお弁当が来るのだ。
(そろそろ、きついって言った方がいいのかな……)
そうは思うものの、エルタは中々言い出せないでいるよう。
「エルタが食べてくれて嬉しい!」
「お兄ちゃんの好きな物たくさん入れたよ!」
エルタが食べる度、二人が幸せそうな表情を浮かべるからだ。
またエルタも、作ってもらったからにはちゃんと食べたい。
そんな思いから、今日もエルタはちょっと無理をするのだった。
そうして、食事終わりにレオネがふいにたずねる。
「そういえばエルタ、休日は何してるの?」
「うーん、実は暇だったりするんだけど……」
「……! だったら今週──」
「あ、でも」
しかし、レオネが何かを提案しようとしたところで、エルタが何かを思い出す。
「そういえば、セリアから手紙が来てたな」
「セリアァ?」
他の女子の名前を聞き、レオネがぷくっと頬を膨らます。
それには気づかないエルタであった。
★
時は少しさかのぼり、とある日。
ここは王都騎士団の拠点だ。
「……」
副団長であるセリアは、腕を組みながら険しい表情で壁に寄りかかっていた。
まさに“氷の騎士”の肩書きがよく似合う様だ。
そんな姿を横目に、団員たちはひそひそと話す。
「今日は一段と迫力があるな」
「ああ、何かにあったに違いない」
「午後のメニューは覚悟しとけよ」
迫力に恐れる者、見惚れる者など、様々な者が見られるが、そのどれも的外れであった。
セリアは今──エルタのことで頭がいっぱいなのだ。
(エル君が、講師になってしまった……!)
それは先日聞いたニュースだった。
セリアも王都に住む者として、鬼教官ビルゴのことはよく知っている。
そんな彼女に勝ち、正式に講師になれたのは本来喜ばしいことだ。
もちろん、セリアもそれを聞いた時は両手放しにお祝いした。
だが同時に、ここ数日で気づいてしまったのだ。
(エル君に会える機会が、めっきり減ってしまった……!)
エルタは基本、日中に講師の仕事をしている。
対してセリアは、鍛錬の他に夜間警備などがあり、中々会えていなかったのだ。
それが今の最大の悩みである。
(せっかくエル君がちょくちょく王都に来てるのに……)
元々、エルタを助けたくてセリアは王都騎士団に入団した。
しかし、無事帰って来たのに会えないのでは本末転倒だった。
加えて、悩みのタネはもう一つ。
(レオネの奴、エル君にべたべたくっつきやがって!)
昨日、セリアは王都でたまたまレオネと会った。
そこで彼女が言っていたのだ。
『エルタすっごく頑張ってるよ。四六時中見られて幸せ。学院長に助言しておいて本当に良かったなー』
セリアはギリっと歯を食いしばる。
(ず、ずるい……!)
セリアとレオネも普段は仲良しだが、同時にエルタを取り合うライバルでもある。
と、そこまで考えて、セリアはふと思いつく。
(そうか。ティナやレオネは学院でも会うために、エル君を講師にさせた。だったらワタシも!)
騎士団は多忙だが、講師の仕事は一週間に二回程度。
ならば、ここに呼んでしまえば良いじゃないかと思い立ったのだ。
あくまで“騎士団見学”という名目で。
(これなら合法デートができる!)
セリアは早速行動に出る。
こうして、エルタに手紙が届いたのであった。
ヒロインレース激化中!
次は再びセリアのターンになるのか……?




