三.旦那様
朝、いつも通りの時間に目を覚ました律は、まだ重い頭を無理やり起こしながら身支度を済ませる。
冷え込んだ冬の朝。廊下を進んでいくと、台所からもくもくと湯気が立ち込め、忙しない物音が響いていた。
何気なく覗き込むと、そこに立っていたのは、いつもの見慣れた背中ではなく。
「おはようございます、旦那様」
金毛に紅い瞳の少女が振り向き、微笑んだ。
「…おはよう」
咄嗟にそう応えた後、ああそうだった、と寝ぼけ半分の頭を掻く。自分は昨日、この少女と結婚したのだと。
「朝ごはん、もう少しで出来ますので、お待ちくださいね」
「…圭は、まだ来ていないのか?」
訊くと、少女は目をぱちくりさせて。
「ええ、お孫さんのお世話で、今日から少し遅れて出てくると…ごめんなさい、私、てっきり圭様からお伝え済みかと思っていて…」
そう言えば昨日の帰り際、そんなことを言っていったような。
「圭様からお仕事は引き継がせていただきましたが、何か不足があればお申し付けください」
「…分かった。先に居間に行っている」
そう言って律は、静かに台所を後にした。
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昼も夜も仕事部屋に籠りきりの律だが、朝餉だけは居間で食べるらしい。
紅悠は、二人分の膳を向かい合わせに並べて。
「お待たせいたしました。狐族の料理が、お口に合うといいのですが…」
紅悠が膳の前に腰を下ろすのを見計らってから、律はそっと両手を合わせ、いただきます、と呟いた。
椀に装ったきのこ汁を一口すすり。
「…美味い」
瞬きと共に、そんな言葉が口から零れ出た。