2-3 顔合わせ
玄関先から聞こえたのは、歳を重ねた男性の声だ。
「あら、ちょうどいいところに来たわね。紅悠様、ちょっとお待ちくださいね。」
圭はそう言って立ち上がり、いそいそと部屋を出て行った。
少ししてから、圭に伴われて部屋に入ってきたのは、顔中に深い皺を刻んだ精悍な男性だった。
「紅悠様にも、紹介しておきますね。村の組頭で、“弦”さんっていうの。律様のお世話係ってところかしら」
「圭殿、ワシは首長の補佐役であって、お世話係では」
弦は圭に向けて顔をしかめてみせてから、紅悠に向き直って一礼する。
「お初にお目にかかります、紅悠殿。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
紅悠も深く頭を下げた。
「ねぇ弦さん、紅悠様が龍族のことを勉強したいんですって。私、弦さんが先生として適役だと思うのよ。」
「やや、ワシは首長殿から租税資料を預かって、王宮に届けなければ…」
眉を曇らせる弦だったが、圭はからからと笑って見せると。
「どうせまだまだ出来やしないわよ。待ちぼうけ食らってる間に、ね?」
「…やれやれ。仕方ない、書類が出来るまでの間だけですぞ」
渋々ながらも頷いた弦に、紅悠は再び、よろしくお願いしますと頭を下げた。
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四方を山に囲まれた、広大な山岳地帯一帯が、龍族の国土だ。
古来より龍族は、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七つの王家に分かれている。
国のほぼ中央に位置する王都を取り囲むように七王家の領土が広がっており、各々がいくつかの村を抱えて領土を管理している。
王族間では狐族と同様、激しい権力争いが巻き起こっているらしい。七王家の領土は、以前は王家ごとにある程度まとまっていたが、近年の領土争いでだんだんと入り組んできている、とのことだった。
血筋のためか霊気の気質によるものか、王家によって一族の性格には一定の傾向があるようで、藍龍族の民には争いごとにいそしむよりも、事の真理を追究するような洞察力の深い人間が多いという。
「要するに、偏屈な人が多いんですよ。律様は仕事の虫だし、弦さんは武道のことになると、寝食も忘れて修行に打ち込んじゃうんだから」
台所で夕餉の支度をしながら、圭が溜息を吐いた。
その隣で紅悠も、くすくすと笑いを零して。
「藍龍家の方は、皆さん努力家なんですね」
日が西に傾き始めた頃、ようやく律から書類を受け取った弦は、馬を飛ばして王宮へと向かっていったが、それまでの間は紅悠に付きっ切りで話を聞かせてくれた。