1-2 異郷の花嫁
――龍族。
紅悠も、噂程度にしか聞いたことがない。ここから東の山を越えた先に、七つの王家を持ち、神獣族の頂点に立つとも言われる龍族の国があると。
ちなみに祖父の言う“古い友人”とは、龍族の現皇帝のことだという。
神獣族はそれぞれに国を造り、一族の民は生涯その国の中で過ごすのが普通だ。他の一族との交流もほぼないと言っていい。
ただ、一族の皇帝同士の繋がりは、以前から脈々と続いているのだと、幼い頃に父から聞かされたことがある。
「…龍族の王家との縁談だなんて、どうしてまた、そんな突拍子もないお話が?」
紅悠は心の底から困惑して尋ねるが、祖父はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、嬉々として語り始める。
「お主も、聞いたことがあるだろう。我が一族に古くから伝わる伝承を。」
「伝承…ですか」
祖父は、大きく頷くと。
「左様。『狐族の娘が龍族の男と番になった時、その娘には特別な力が授けられる』、という伝承じゃ」
口が、ぽかんと開くのを自覚した。
「そんなもの…伝承というより、ただの迷信ではございませんか」
「それが、そうとも限らんのじゃ。なんと、龍族にも同じような言い伝えがあるらしい。『龍族の男が狐族の娘と結ばれることで、内なる力が覚醒する』、というな。どうじゃ、面白いと思わんか。」
祖父には、昔からこういうところがあった。興味のあることに対しては、子供のように目を輝かせてとことん探求しようとする――それに付き合わされる周りの王族たちは、さぞ苦労が絶えないだろう。
「面白いかどうかの前に、そもそも一族を超えた婚姻など、龍族の側でも前例がないのでは?そう簡単に決められることではないかと思いますが…」
ここで祖父は、大仰に腕組みをしてみせる。
「紅悠。前例がないからと尻込みしていては、何も始まらんぞ。やってみれば案外上手くいくかもしれぬではないか」
「…逆に、何か問題が起きてしまったらどうなさるのです?」
しかしこの質問については、祖父も想定していたようで。
「案ずるな。あちらの皇帝とも話をして、三か月の試用期間を設けることにした。」
「試用期間…?」
うむ、と祖父は自信満々に頷いて。
「確かにお主の言う通り、実際に結婚してみないことにはどんな問題があるかも分からぬ。そこでこの三か月の間に、この結婚がどれだけ有益なものか、確かめてくるのじゃ。」
勿論、伝承の真偽も含めての、と、祖父は片目を瞑ってみせる。
「…つまり、私は実験台ということですか」
半眼で尋ねる紅悠に、祖父はわざとらしく咳払いをしてから。
「兎に角、もうこれは決まった話じゃ。出立の準備も進めておる。お主は龍族に嫁に行くのじゃ。良いな」
こうなるとこの狐爺は、誰が何と言おうと聞く耳を持たない。それは紅悠も、嫌というほど分かっていた。
…と言った事情で、紅悠はやむなく、龍族の国へと旅立つことになったのだった。