四.お試しの結婚生活
とある朝。
奥の間で結界を張り終えた律が、いつも通り仕事部屋へと入っていくのを――廊下の角からこっそり見つめる、紅悠の姿。
と、その時。
律が、廊下に置かれた花台に、気付いたようだ。
その上に飾られた蝋梅の花に、律はそっと指で触れると――目を細め、穏やかに微笑んだ。
(…よし!)
その後部屋へと入っていった律を見届けるなり、紅悠は人知れず拳を握り締める。
律との結婚生活が始まって数日。今の紅悠の目標は、少しでも多く律に笑ってもらうことだ。
そして今朝も、庭で可憐な蝋梅の花が咲いているのを見つけるや、枝を数本切り取って花瓶に生けたのだった。
作戦が上手くいったことに嬉々としながら、次はどうすれば律が笑ってくれるか、早くも考えを巡らせる紅悠。
取り敢えず、今日の分の洗濯を済ませてしまおうと、紅悠は井戸に向かっていった。
「紅悠様は本当に、妻の鏡ねぇ」
「え?」
圭と二人、洗濯物を干していた紅悠が、目をぱちくりさせる。
「あんな不愛想な亭主のために、あれこれ工夫して。ほんと、律様には勿体ないくらいのお嫁さんだわ」
「いいえ。旦那様は、とっても優しい方ですよ」
そう言って、紅悠がにっこり微笑むと、圭は意外そうに目を見開いて。
「あら、まあ。やっぱり律様も、紅悠様の前じゃ態度が変わるのかしら?」
くすくすと笑いを零す圭。
こうして今日も、ゆったりと一日が過ぎていった。