35. 閑話:その助っ人、有能につき
「騎士団は縦割り組織だから、命令系統は原則一方向。つまりはトップダウン式、というわけだ」
「じゃあ、上司からの指示には逆らえないですねぇ」
「まぁ、そうだな。命令系統が分散すると、任務中に危険が生じる場合もある。それゆえ同調圧力も起きやすい。気を付けねばならんな」
「現状を冷静に分析し、常に自らを戒める。さすがとしか言いようがございません」
「……うむ」
長い串に生肉を刺すのは、かなりの力作業である。
だが彼は血管の浮き出るムキムキした腕で、造作もなく軽々と肉を刺していった。
フランシス公爵家、騎士団五年目……そろそろ中堅どころとなり、重要な任務を任されるようになってきたクリフォード。
腕もたち、公爵閣下の覚えもめでたいため、『次期イザベラ専属護衛騎士になるのではないか』との噂が、使用人達の口にのぼったこともある。
だが、これがいけなかった。
イザベラを溺愛する専属護衛騎士……比類なき実力者であるジョルジュの耳に入ってしまったのである。
腕は確かだが、人格がほんのりと歪んでいるこの専属護衛騎士は、「俺の膝に土を付けた者にしかこの座を譲らない」と言い張り、何かにつけてはクリフォードに戦いを挑んでくるようになった。
毎回容赦なく叩き潰されるので、別の任務があるからと逃げ続けていたのだが、半年後、なんとクリフォードは異動となり、ジョルジュ直属の部下となる。
傍から見れば、大抜擢。
出世街道まっしぐらにも見えるが、その実、イザベラを溺愛するあまり『専属護衛騎士』の座を譲ってなるものかと、やたらこき使われているだけの気もする。
その一つがまさにこの、学友であるパメラの『実家助っ人』任務であった。
断りたくとも、直属の上司であるジョルジュの命令は絶対……まったくもって悩ましい話なのである。
「はぁ、騎士様も大変なんですねぇ」
「すべてを『是』として受け入れる。ある意味、悟りに近いのかもしれんな」
「なるほど、でも言うとやるとでは大違いじゃないですか。普段の訓練ひとつ取っても、並大抵のことではありません。本当に、ご立派です」
「……うむ」
何を言っても頷いて、尊敬に目を輝かせながら全力で肯定してくれる店主(パメラ父)。
パメラの実家が経営する飲食店を初めて手伝ったのは、商業者組合が主催するイベントでのことだった。
友人達とともにイザベラが祭りに行くからと、非番であるにも関わらず前日に呼び出され、サブの護衛担当としてつくのかと思いきや、ジョルジュにエプロンを手渡された時は呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
なぜゆえ、フランシス公爵家の騎士を務めるこの俺が、平民の商う飲食店の助っ人をせねばならないのか、と。
さすがにこれは上申せねばなるまい……慌ててイザベラに直訴しに行くと、「パメラの代わりに、お手伝いに行ってくださるそうですね!」と第一声で告げられた。
さらには、「ギル様が誘ってくださった上、初めて友人と待ち合わせをしてお祭りに行くのよ。これも貴方のおかげ……助力に感謝します」と微笑まれ、言うに言えなくなってしまったのだ。
仕方ない、これもイザベラ様のため……そう思い、汗水垂らして必死に肉を刺していたら、「見て、素敵な男性がいるわ!」と可愛らしい声が耳に入る。
恋に祭りに娘っ子がはしゃぎおって! と少々苛立っていると、今度は二人組の女性だろうか「あんなに真剣に……凛々しい顔立ちがタイプだわ!」「それに逞しくて何て強そうなの!!」とお姉さん達の声が順に聞こえる。
奥で作業をしているため、詳細を確認する術が無いが、これほど騒がれるとは一体どれほど素敵な男性なのだろうか。
手元を休めて顔を上向けると、道行く女性達が立ち止まり、「きゃああ素敵!!」と頬を染めて黄色い声を上げている。
え……素敵な男性って、まさか、俺?
箸にも棒にも引っかからない末端貴族の上、外出の際はいつも暑苦しい親友サルエルが傍にいる。
その上、女性を前にすると言葉に詰まる恥ずかしがりやの草食系男子……容姿は優れているのだが、これまで女性と関わる機会など殆ど無かったというのに。
祭りで串焼き肉をかじる肉食系女子には大好評らしく、あっという間に人だかりが出来てしまった。
『三本以上買ってくれたら、助っ人の騎士様から手渡しだよ!』
商魂たくましい店主(パメラの父)が勝手なサービスを開始するなり、女の子達は我先に列を為し、そしてクリフォードは生まれて初めて女性との触れ合いの機会を得たのである。
「それにしても一か月も手伝いに来てくださるなんて……うちのパメラがご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「これも任務のうちだ。料理などしたことがないゆえ、たいして役には立てないが、こき使ってくれて構わない」
「そんなことはございません! どれほど助かっていることか! 騎士様は、本当によく頑張っておられます」
「……うむ」
今回はイザベラ共々パメラが山籠もりをする、ということで命じられ、一か月も滞在することになった。
助っ人とは別に訓練メニューも渡されているため、鍛錬にも余念がない。
「ですが働きすぎは良くないですから、もっと休憩を取ってくださいね。騎士様に何かあっては、イザベラ様に顔向けできません。何せあのフランシス公爵家に勤める、誉れ高き騎士様なのですから!」
「……うむ」
指先のトレーニングにもなるし、たまに厨房を覗きに来る可愛い子もいる。
休む暇があったら剣を振れと、うるさく絡んでくる上司もいない上、みんな優しい。
なんて素晴らしい職場なんだ……。
そんなことを思いながらも、肉を刺す手を休めることはない。
ずっとはさすがに無理だが、たまに心の平穏を得るために手伝うのも悪くない。
平民の女性も多そうだから、今度是非サルエルも連れてきてやろう。
一か月の助っ人を終えたクリフォードはその後、騎士科の同窓会で、この素晴らしい職場について熱く語った。
上司からのパワハラに病みかけていた同期達は、それほど素晴らしい職場があるのかと前のめりで話を聞いている。
そして一年後――。
毎年恒例、商業者組合の主催イベントで街が賑わう中、昨年同様イザベラ御一行様もまた、街へと繰り出していた。
「パメラ、今年は実家の手伝いをしなくてもよろしいの?」
「はい! なんでも助っ人バイトが何人も来てくれたみたいで……昨年を超える大盛況みたいですよ!」
「まぁそうなの?」
「行列の先で串焼きを渡している男性達が、応募してくださった助っ人の方々です」
「んまぁぁぁ、なんて暑苦し……ええと、その……」
イザベラが口を濁すのも無理はない。
狭い屋台を囲むように、ムキムキの男達が串焼きを手渡しているのだから。
「五本以上買ってくれたら、手渡し! 手渡しだよ――ッ!」
元気に叫ぶパメラ父の声が響き渡る。
女性客に囲まれ、嬉しそうな騎士達の中に、見覚えのある顔――。
本日非番のサブ護衛騎士クリフォードと、そしてサルエルが、嬉しそうに手渡しをしている姿が見えた。







