28. 騎士科 VS 王国騎士団④
気持ちを落ち着かせるように、ギルはひとつ息を吐く。
カッとなって言い過ぎたと、自分でも思っているのだろう。
ファビアンに向かい、申し訳無さそうに頭を下げた。
「生意気言ってすみませんでした」
「……!」
「前回の剣術大会決勝、見ていました。本来なら、手合わせなどお願い出来ないような凄い方なのに……稽古をつけてくださり、ありがとうございました!」
ジョルジュの一番弟子らしく、勝ち誇って嫌味の一つも言うかと思いきや、低姿勢のギル・ブランド。
なんだ!? 持ち上げて落とすつもりか!?
ファビアンは警戒を強めた。
「だが、勝ったのはお前だ」
「いいえ。勝たせてもらったのだと、ちゃんと分かっています。剣だって……ファビアン様の手の大きさに比して、明らかに剣柄が短いですし」
ギルと同じ剣を使っているため、一回り以上身体の大きいファビアンが両手で握ると、剣柄から手がはみ出てしまうのだ。
「こうして拾い上げると分かりますが、俺やレナードの使用した剣は、剣身が少し重く作られています。同じ力でも打撃が強くなり、打ち合いが有利になる。……力の差を考慮して、ハンデをくださったんですよね?」
『剣柄にファビアンの手が収まりきらない』とはつまり、力を籠めきれない、ということだ。
実は騎士団の新人に稽古をつける際も、同様のハンデを与えることがある。
先輩騎士の振るう剣が重すぎるため、新人に怪我をさせないよう適度に力を分散する目的もあった。
「いつか同じ条件で手合わせさせていただけるよう、頑張ります」
「……そうか」
落とした剣をギルから受け取り、二人は礼をする。
ファビアンが手を差し伸べ、二人が固い握手を交わすと、静まり返っていた観客席から拍手と共に大歓声が沸き起こる。
「お前はそれほど身体が大きい方ではないが、力が強い。だが今回のように腕力で押し切るには、充分ではないな」
ギルの身体に触れ、ファビアンは筋肉の付き方を確認する。
「体幹をもっと鍛えたほうがいい。あとは力を入れて打ち込む際に脇が開きすぎる。隙も出来るし、怪我の原因にもなるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
レナードの時同様、改善点を助言するとギルは目を輝かせて喜んだ。
「ジョルジュは天才肌だから、技巧よりも『やればできる』と言った精神論が多いだろう。ちょうど騎士科の指導教官をサルエルが務めている。どうしても迷った時は相談するといい」
「はい!」
「後半の追撃は非常に良かった。ハンデに関わらず、あれを受けきれる者はそういないだろう。俺ですら途中から受けきれなくなり、剣を落としてしまったくらいだ。……怠らず、トレーニングに励め」
「頑張ります!!」
多少のハンデは与えたが、充分実戦レベルに達していた。
目の肥えた者なら分かるはず……ファビアンは観客席に居並ぶ諸侯を見廻した。
国王陛下の目論見どおり、ギルの実力は示せた。
ギルもレナードもこのまま順調に力を付ければ、王国騎士団の推薦状をもらえるレベルに届くだろう。
次代を背負う若者たちが立派に育っているのを見るのは、とても嬉しい。
だが特筆すべきはそこではないのだ。
ジョルジュの弟子らしからぬ、何という好青年……!!
しかも目上の者を立て、素直に受け入れる謙虚さまである。
どうりであの気難し屋のジョルジュが気に入り、可愛がるはずだ。
「それにしても腹の立つ顔をしている……」
耐え切れず剣を取り落とした瞬間、ジョルジュがプッと吹き出したのをファビアンは見逃さなかった。
気持ちを落ち着けるように深く息を吸いながら貴賓席を見ると、国王が満足気に拍手をしている。
『どうしてもイザベラが心配だから、ちょっとつついて本音を引き出してくれないか』
そんなことを命じられ、あえて意地悪なことを言ってみたのだが、こちらが恥ずかしくなるほど真っ直ぐな答えを返してくれた。
負けはしたが悔しさは無く、気持ちのいい試合だった。
満足気に控え席へ戻ると、首から板を下げたサルエルが困り顔で立っている。
「ん、どうしたサルエル。困りごとか?」
「国王陛下から命じられた件ですが、聞き取れなかった箇所があります」
同じ副騎士長という役職だが、年次はファビアンが上。
新人の頃に育ててもらった恩もあり、先輩騎士としてファビアンを敬ってくれている。
『ファビアンがつついた結果、駄々洩れたギルの発言を一言一句漏らさず記録するように』
国王から、サルエルはそう命じられていた。
「どの辺が聞き取れなかった?」
「はい、『……気まぐれ!?』と、『なッ……!?』の間です」
「ああ、俺が声を潜めた時の台詞か。『潔く身を引けば、国王陛下直々に、一生遊んで暮らせるだけの金を準備してくださるそうだ』だな」
「え、ひど……ッ。そんな酷いことを言ったんですか!?」
衝撃に震える手で、一心に書き足すサルエル。
一言一句違うことなく書き留められた報告書を目にし、ファビアンの頭に不安が過ぎった。
言われるがままギルをたきつけ、書き留めたはいいが、この報告書を一体何に使う気なのだろうか。
「良からぬことではないといいが……」
そうこうするうちに次の試合時間となる。
サルエルは肩をグルグルと回し、剣を掴むと、ギルのもとへと向かったのである。
***
「よぉし、ギル! よくやったぞ!!」
ジョルジュにバシンと背中を叩かれ、レナードに頭をグシャグシャにされる。
「いやぁ、凄かった! 手に汗握る攻防戦。俺もあんな風に戦いたかった!」
「観客達も、魅入っていたな。気迫に満ちたいい試合だった!!」
決着のつく直前、観客席は静まり返り、物音ひとつしなかった。
皆息を呑んで試合の行方を見守り、そして両者に惜しみない拍手を送ってくれた。
途中から自分でもよく覚えていないが、今できる限りの実力を示せたのではないだろうか。
「それに……カッコ良かったぞ! その、色々と」
「なにがだ?」
レナードが急に恥ずかしそうに言い淀み、なんとも言えない表情でギルを褒め称える。
色々と、とは何のことだろうと首を捻ったギルの肩に、ジョルジュが手を乗せた。
「俺の目に狂いはなかった。イザベラ様もさぞお喜びだろう」
「……え?」
その時、ギルの脳裏を様々な映像がめまぐるしく過ぎった。
貴賓席から姿を消したイザベラ。
十数メートルのさほど離れていない距離で、食い入るようにギルを見つめるイザベラ――。
待て、俺は何を言った?
大慌てで赤い垂れ幕のほうを見遣ると、なんとも言えない……遠い目をしたパメラが慈愛に満ちた表情を浮かべている。
恐る恐るその隣へ目を向けると――。
塀から身を乗り出した状態でカッと目を見開き、顔を真っ赤に染めるイザベラ。
遠目にも分かるほど、塀を持つ手が震えている。
次の瞬間、ギルとイザベラの視線がバチンと合った。
イザベラはあわあわと口を開き、――そして、顔を隠すように俯いた。
「!?」
静まり返る闘技場で、俺は何を――?
ふと王国騎士団側の控え席に目を遣ると、ファビアンの指示により一心に何かを書き留めるサルエルの姿が見える。
「アイツらは、先程から一体何をしているんだ……」
訝し気なジョルジュの声が、呆然と佇むギルの耳へと届く。
意図しない、勢い任せの公開告白。
……サルエルの報告書は、姪のイザベラを溺愛する国王に提出された。
この後、王家専属絵師によるギルの絵姿とともに、彗星のごとき早さでイザベラのもとへ届けられることを……この時、ギルはまだ知らない。
騎士科 VS 王国騎士団はあと一話続きます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*







