27. 騎士科 VS 王国騎士団③
一試合目と同様、開始を告げるラッパが吹き鳴らされる。
騎士科からは次鋒のギル・ブランド。
王国騎士団は引き続き、先鋒の副騎士長ファビアンである。
先程の試合終了からインターバルはわずか五分……勝ち進むほどに負荷が倍増するこの試合のルールは勿論、イザベラの専属護衛騎士ジョルジュの発案だった。
「お前がジョルジュの一番弟子ギル・ブランドか」
「はい! よろしくお願いいたします」
「イザベラ様の婚約者となるため俺に戦いを挑んだようだが、フランシス公爵家に忖度して勝たせるほど俺は甘くない。ジョルジュの思い通りにはさせんぞ……!!」
レナードの時はあんなに紳士的だったというのに、ギルになった途端、なぜかメラメラと敵意を燃やすファビアン。
一体ジョルジュは何をしでかしたのか……こっそりと横目で見ると、なにやら悪い顔をして腕組みをしている。
仲間にするには頼もしいが、絶対に敵には回したくない、そんなタイプである。
ふと王国騎士団の控え席を見遣ると、サルエルが何か板のようなものを首から下げているのが気になった。
先程までは持っていなかったはず……だが携帯用のインク瓶まであり、剣の大会で一体何を書き留めるつもりだろうと、ギルは思わず首を捻った。
「どこを見ている。戦いに集中しろ!」
ギルがよそ見をしていることに気付いたファビアンから檄が飛ぶ。
一試合目のように師事する形での試合ではなく、ほぼ実戦形式……ファビアンは声を荒げるなり、思い切り剣を打ちこんで来た。
レナードと比して、ギルはパワー型……だが一打一打がとにかく重く、防ぐだけで精一杯である。
「動きは悪くない。いいところを見せようと気負わず、これだけ打たれても重心が崩れないのは、基礎がしっかりとできているからだな」
必死で剣を受けるギルに視線を落としながら、「そういえば、騎士科の指導教官はサルエルか」と、一人納得している。
……『基礎はジョルジュ様に叩き込まれました!』とは、口が裂けても言えない雰囲気だった。
話しているうちに冷静さを取り戻すと、ファビアンは突如剣を引き、貴賓席へと身体を向けた。
中央に座る国王が、スッと手を上げる。
何の合図だろうか……。
同じく貴賓席に座るイザベラも気付いたようで、国王へと訝しげに視線を送っている。
「……俺は今日、国王陛下から密命を受けてここに来ている」
「み、密命ですか!?」
向き直り、打ち合いを再開すると、今度は軽く剣身が交わる程度に突いてきた。
さすがは前剣術大会の優勝者。
ギルが答えられる程度の余裕を持たせ、だが攻撃する手は緩めない。
「正直、将来のある若者にこんなことをしたくは無かった。だが国王陛下が溺愛するイザベラ様のため、どうしてもと仰られたのだ」
前座を兼ねたこの試合のことでは無さそうだ。
では、一体何だ――?
ファビアンの剣を弾きながら、ギルは思案を巡らせる。
「ひとつ問おう。この婚約に際し、貴族院への不服申し立てをしなかったのは何故だ?」
「……え?」
「望まぬ婚約から逃げるチャンスを、国王陛下直々に与えられたのだ。またとないチャンスだっただろう」
突然の質問に面食らい、その意図を測りかねて目を眇める。
今からでも不服申し立てをし、婚約を諦めろということだろうか――?
「望まぬ婚約などと、思ってはおりません」
思わず語気が荒くなる。
雰囲気の変わったギルに、ファビアンはピクリと眉を動かした。
「そうまでしてフランシス公爵家の後ろ盾が欲しいか? 真面目な顔をして、とんだ野心家だな」
「誰が、いつそんなことを……!? そんなもの、必要ありません」
「本当にそうだろうか。現にジョルジュに師事できるのも、このような場に呼んでもらえるのもすべて、イザベラ様がお前を気に入っているからだ」
ギルの剣を受け流しながら、ファビアンはなおも続ける。
「血筋から言えば、間違っても貧乏伯爵家の三男坊に嫁ぐようなお方ではない。どこかの王族と縁付いてもおかしくない高貴なお方だ」
「分かっています……!」
「イザベラ様の御心がひとたび離れれば、お前は要らなくなるぞ。高貴なお方の気まぐれに付き合って、人生を棒に振る必要はない」
「……気まぐれ!?」
思わず力が入り過ぎ、大振りになったギルの剣を素手で軽々掴み、ファビアンは小声で耳打ちした。
「潔く身を引けば、国王陛下直々に、一生遊んで暮らせるだけの金を用意してくださるそうだ」
「なッ……!?」
貴賓席で国王が頬杖を突きながら、のんびりとこちらを見ている。
視線を逸らすと、先程まで座っていたはずのイザベラが貴賓席からいなくなっていた。
ではどこに……?
慌てて観客席を見廻すと、騎士科と特進科の生徒達がいる赤い垂れ幕のあたりで、塀から身を乗り出すようにして、食い入るようにギルを見つめていた。
距離にして十数メートル……腹から出すファビアンの声はよく通る。
いつもの自信に満ちあふれた様子とは一転、泣きそうに見つめるその姿に、ドクリと大きくギルの心臓が脈打つ。
掴まれた剣を振り払うようにして一度手元に戻し、次の瞬間、叩きつけるようにして振り下ろした。
「……ッ!!」
想定外の衝撃だったのだろう。
激しく剣身がぶつかる音とともに、ファビアンの顔が一瞬歪む。
「イザベラに聞こえたらどうするつもりだ?」
ファビアンに押し戻された剣を、ぐぐ……と再び力尽くで押し返し、低い声でそう告げる。
普段の穏やかな様子からは想像もできないほどの、剣呑な空気がギルを取り巻いた。
「真剣な想いを『気まぐれ』などと言われて、傷付かないとでも思っているのか?」
「お前、急にッ!?」
「例え俺のことを要らなくなったとしても、人生を無駄にしたなんて思わない……見くびるなよ」
怒りでカッと頭に血がのぼり、反射的に剣を振るう。
「……ッ!!」
「一生遊んで暮らせる金……それがどうした。彼女が傍にいなければ、そんなもの何の意味もない」
もはや技巧など関係ない。
相手の軌道を読み取る冷静さなどは既に皆無だが、ジョルジュの訓練のおかげで、脳に届く前に身体が反応してくれる。
「高貴な身分なのは分かってる。でも俺を好きになってくれた彼女を、幸せにしてあげたいと思って何が悪い!?」
止まらない攻撃にファビアンは顔を歪ませる。
控え席で腕組みをしていたジョルジュは、満足そうに唇の端をつり上げた。
ファビアンに対抗するほどの技術を、短期間で習得するのは至難の技……ならばどうするか。
――そう。
無尽蔵の体力である。
一ヶ月の山籠もり中、対ファビアンを想定し、ギルにはさらに特別メニューが課されていた。
それは、訓練前の走り込み。
平地ではない、凹凸のある山道を一気に駆け上がる。
標高が高くなるにつれ、低下する気圧と酸素濃度。
薄くなる空気の密度も相まって、一回の呼吸で体内に取り入れられる酸素量は減少する。
さながら高地トレーニングのように『酸素が少ない環境』へと身体を順応させることで、持続的に高いパフォーマンスを発揮できるようになったのである。
ジョルジュがそこまで考えていたかは不明だが、怒りでリミッターが外れた今、その成果は顕著に表れた。
「優しくて素直で、本当にいい子なんだ」
「クソッ……なんだこの息の長さは!!」
一呼吸ごとの攻撃がとにかく長い。
息が続かず、防戦一方になってきたファビアンの額に汗が浮かぶ。
「あんなに可愛いのに……」
剣が止まらない上、パワー型。
時が経つごとに、打撃音が激しさを増してくる。
「……ぐっ!!」
ついに受け損ねてファビアンの鳩尾に一撃が入り、剣を握るその手が止まる。
すかさずギルが横に回り込み、力任せに剣を叩きつけた。
「後ろ盾なんて必要ない……自分の力で幸せにしてあげたいんだ」
ファビアンの剣が弧を描きながら地に落ちる。
観客席はシンと静まり返り、物音ひとつしない。
ギルはそう告げると落ちた剣を拾い、ファビアンへと差し出した。







